第六章 舞台の幕開け
〜雪の少女の記憶〜

 ――あの出来事から1週間が経った。
 双葉はあの一件以来、自分を責める事がなくなった。
 自分に自信がついたのだろう。
 いくら代償で心が弱くなっても、
 もう自分で解決できるようになったんだ。
 僕は嬉しい。
 双葉が傷付くがなくなったんだから。
 だけど……。
「えへへ……兄さん、こうしてるとピクニックに来てるみたいだね♪」
「……寒いところで呑気でピクニックか。有り得ないな。……双葉、これは任務。遊びじゃない」
「言われなくても、そんな事分かってるよー♪」
「……本当か?」
「本当だよー♪」
 僕たちは今、任務で北の地域に来ている。
 この任務は列記とした学園の実務授業。
 沢山ある依頼書の中から一つだけ選んで、それを成しとければ成績がつく。
 僕たちのクラスは一番ランクが高いのでそれなりに難しい。
 だけど、任務を成功させれば報酬が貰える。
 一種の仕事みたいなもんだ。
 今回の依頼内容は魔物の討伐。
 何でも、魔物が急に異常発生したらしい。
 それを全て討伐すれば、報酬は百万円。
 今回は双葉だけではなく、ユキと楓をグループとして連れてきているので、一人あたり二十五万円。結構お金が貰えるんだな。
 しかし……。
 双葉があんな調子だったら、上手く成功するだろうか?
 このグループで、速攻攻撃型は誰も居ないのに。
 ……。
 どうにかなるだろう。
 多分。
「最近の双葉ちゃん……何だかおかしいよ。ねえ、葉くん。何かあったの?」
 ユキが僕に問う。
 理由は知っているが、言えるはずがない。
「そうですね〜、最近の双葉先輩……子供に戻ってるような〜、大人っぽくないような気がします〜」
「ははは……。はぁ」
 楓が言う通りだ。
 最近の双葉は、幼い頃の双葉そっくりだ。
 ただ、僕に甘えてばかりで……。
 周囲を気にしないほど甘えてきたんだ。
 今もそれと同じ。
「何だか、最近の双葉ちゃんは葉くんに甘えてばかりですね……。良いなぁ、私も甘えたいなー」
「は……? 何でユキまで!?」
「ち、違うよぉ。もう少ししたら、露葵お兄ちゃんと会えるから楽しみなんだよ♪」
「そ、そうですか……」
 あー、びっくりした。
 そうか。ユキには露葵先輩が居たんだ。
 だけどユキのあの喜び様は凄まじい。
 持っている杖を秒速5回転、回している……。
 それほど、会うのを楽しみにしてるんだな。
 だけど、
 あの夢は……。
 本当に事実なのか?
「きゃう!」
「あ……雪菜先輩〜大丈夫ですか〜?」
 ユキがコケた。
 しかもダイレクトに頭から。
 頭を抑えながら、ユキは立ち上がった。
 うぅ〜、と唸りながら口を開く。
「雪が積もってないと、滑って転んじゃうよ〜」
 いや待て。
 普通は逆じゃないか?
 雪があるから滑るんだ。
 ユキは何かとも違っている。
 すると、突然寒い風が吹いてきた。
 吹いてきたかと思うと、次は白銀が宙を舞っていた。
 雪だ。雪が降っている。
「……どこに行っても雪かぁ……。そろそろ見飽きたね」
 ユキは「あーあ……つまんないな」と、ため息をつきながら呟いた。
「昔は……雪が好きだったのにな……」
 そしてユキは黙り込んだ。
 地面を向いたまま、顔を上げようとはしない。
 僕は疑問に思った。ユキは何故それほどまでに雪を嫌うのか……。
 代償のせい……――ではない。
 彼女はそんな事で弱気になることはない。むしろ前向きに立ち向かっていくほうだ。
 では何故か。一体何が彼女を苦しめているのだろう。
 やはり、あの夢。
 雪で崩壊した街。
 居なくなった家族、友達。
 そして独りぼっち。
 そのせいで心に傷が付いたのだろうか?
 ……いや、付いてないほうがおかしい。
 誰だって雪のせいで知人が死ねば、その事がトラウマになる。
 だから、雪が嫌いなのかもしれない。
 だけど、ここに着てから……何かユキの様子がおかしい。
 何かに怯えてる……そんな気がする。
 そして今だ俯いたままのユキを心配そうに見つめていた楓は、
「暗い顔なんて、雪菜先輩に似合いませんよ〜。もっと元気にいきましょう〜!」
 と、ユキを励ますかのように言う。
「……ありがとう、楓ちゃん。そうだね、私が弱気になっちゃいけないよね」
 ユキは手をグーにしながら、「良しっ、頑張るぞー」と掛け声を掛け、いつも通りの明るい笑顔を取り戻した。

「ふん、まさかあいつ等がここに来るとはな……。まあ、丁度良い、あいつ等は我が儀式の邪魔だからな……」
 暗い地下室のような所で、映像を見ながら男は言う。その映像に映し出されていたのは葉たちだった。
「そこに居るのは分かっているぞ。紅の式、こちらに来い」
 男の背後から、てへへ、と照れくさそうに誰か出てきた。
 少女だ。
 しかもまだ、十歳ぐらいような顔立ちと身体をしている。
 どこにでも居る小学生にしか見えない。
「マスター! 百々にはちゅんとした名前、『百々』という名前があるんだから、そっちで呼んでよー」
「……百々、お前に次の命令を教えてあげよう」
「なに? それって、なーにー? とっても楽しい事?」
 百々は首を傾けながら聞く。
「そうだよ。楽しい事だ。あれを見てごらん」
 男は映像の方へと指を指した。
 百々はわくわくしながら映像の方を見る。
「映像にお姉ちゃん達が見えるだろう? あのお姉ちゃん達が今度、百々と勝負する相手だ」
「わぁーい。百々、戦い大好きー」
 百々ははしゃぎながら喜んでいる。
「でも、百々、弱い人きらーい。だからマスター、獣さんたちを連れて行ってもいい?」
 百々は小動物のようなうるうるした目で男に頼み事をする。
 こんな目をされて問い掛けられたら、誰もダメとは言えないだろう。
「良いぞ。でも、しっかりと倒して来るんだぞ」
「はぁーい。わかったよーマスター♪」
 わぁーい、と言いながら、百々はこの部屋から出て行った。

 どれくらい歩いたのだろうか?
 歩き始めてから一時間は経っていた。
 しかも、同じ景色を何回も見ているような……
「双葉、後どれくらいで合流地点に着くんだ? さっきから歩きっぱなしだぞ」
「う〜ん、ゴメン兄さん。道を間違ってしまいました〜。てへっ♪」
 双葉は可愛い声と、可愛い素振りを見せて、その場を乗り越えよとした。
「何が『てへっ♪』だよ!?じゃあ僕たち、迷ってる事になっているのか!?」
「イエッサー、隊長。我々は道に迷っているのであります!」
「双葉……。こういう時こそ真面目になろうよ……」
「えー? 何で? 山奥の遭難って、ゲームみたいで良いじゃないですか♪」
 双葉は嬉しそうに言う。
 今の双葉に何を言っても無駄だな……。
 さて、どうやってこの森から――
 その時だ。
 妙に変な感じを憶えた。その感じはまるで時空が歪んだ異変。
 この近くで誰かが、瞬間移動を使った。
 しかもそれは魔力が高いところから大型の瞬間移動。
 だとすると……。
 敵の可能性がある。
「……邪気を感じる。魔獣が現れるよ!」
 気配を感じ取った双葉は皆に向かって言う。
 さっきまでの双葉とは違うようだ。
 これなら任務は順調に物事が進むだろう。
 しかし、僕の能力属性は朱雀。速攻攻撃型ではない。
 本来、速攻攻撃型の白虎属性が居れば良いのだが、このグループには一人も居ない。
 僕は補助強化型の朱雀。双葉とユキは護衛回復型の玄武。楓は妨害策略型の青龍。
 大軍で来られると少々きつい。
 ……。
 しんといた場。
 その場に突如、爆風が襲い掛かった。
「くっ……」
 僕は上空を見上げた。
 そこには炎を纏った鳥が数え切れないほど飛んでいた。
「火ノ鳥……?何でこんな地域に居るんだ?」
 火ノ鳥。南や火山のある地域に出現する魔獣。
 だけど、ここは北の方。火ノ鳥は寒い地域には出現しないはず。
 なのに何故か?
 異常発生した原因に関係あるのだろうか?
「これが異常発生の原因……。討伐には時間が掛かりそうだね。だけど!」
 ユキは持っていた杖を空に掲げた。
「貫け! 氷牙のアイスニードル!!」
 ユキが放った氷の刃は数匹の火ノ鳥に当たり、その火ノ鳥は光の粒となり消滅するが、後方にいた火ノ鳥は無傷であり逆に火炎弾を吐き出してきた。
「あ……しまった」
 詠唱後は身動きがすぐには取れない。
 火炎弾は無情にもユキに近づいてくる。
「フィールド展開っと」
 双葉が手を前に出し、力を込めた。
 すると火炎弾は打ち消され、4人を包み込むバリアが出来た。
 双葉のPAの絶対結界。
 どんな攻撃でも決して破れない結界。
 しかし、強力な攻撃を受け続けたり、長時間使ってしまうと命に関わってしまう。
「兄さん、ふーちゃん。後は任せたよ♪」
 双葉は笑った。
 だけど僕には分かる。
 これはやせ我慢であることが。
 PAは多くの精神力を使ってしまう。
 だからこの戦い、早く終わらせたい。
 ――双葉のためにも。
「楓、僕は左翼の火ノ鳥を倒す。楓は右翼の火ノ鳥を頼む!」
「了解です。先輩!」
 楓は詠唱を唱えだす。
 そして僕は、MWを具現化する。
 MW(Mind Weapon―マインドウエポン)
 MWは魔術師の心の中にある武器。その型は魔術師によって違う。
 双葉の霊樹鎌《グランディ・フローラ》もMWだ。
 僕は聖蒼刃弓《アスハ》を具現化した。
 聖水で清められた蒼い刃が付いている弓。
 放った矢は時空を越えると云われるMWだ。
 そして使い慣れた弦を引き僕は詠唱を唱えだす。
「我が望むは月の女神、ルナの力――希望の光に月の祝福を――闇を照らし宇宙を駆ける――白銀の光、その目に刻み込め!」
 光の矢が現れ詠唱を完成させるに連れ、その輝きが増す。
「聖光のシューティングスター!!」
 光の矢を放つ。
 光は拡散する光。それは流れ星の如く。
 華麗に彎曲し、場は光の舞台。
 光は火ノ鳥へと狙う。
 しかし火ノ鳥は光を回避する。
 だが、追撃。
 もう一本の光が火ノ鳥を襲う。
 光は火ノ鳥を射抜く。
 そして火ノ鳥は光の粒へと変わった。
 火ノ鳥は消滅したのだ。
「集結」
 そう唱えると、散っていた光が集まり一つの球となる。
 その光は火ノ鳥の集団へと向かって加速する。
「拡散」
 そう唱えると、光は爆発した。
 光は火ノ鳥が居た辺りを包み込んだ。
 そして左翼には何もなかったかのように、空が見えてきた。
「こちらもいくよ〜」
 楓は《クローバー》を天に掲げながら詠唱を唱え出した。
「力の師、アトラスよ――力無き物に己の無力さを――弱き者を絶対的に縛る――絶望の鎖、特と味わえよ」
 唱えながら銃先で力の印を書き描く。
 印はぽおっと紫色の光を放ちだした。
「束縛のロックオン」
 右翼の火ノ鳥たちにルーン文字が縛る。
 それはいくら抵抗しても逃れない。
 魔力を使って解除できるが、魔力をあまり持たない火ノ鳥はじたばたしてるだけだ。
 これを機に楓はMUを具現化する。
 楓のMWは変形銃《クローバー》
 その名のとおり、変形が出来る大型銃。
「クローバー・重撃の型、バスター」
 楓はそう叫び、トリガーを引いた。
 その刹那、重力の電磁砲が発射されたかと思うと、その電磁砲が消えた後には何も無かったかのように、空が見える。
 一瞬にして火ノ鳥を蹴散らしたのだ。
 楓は銃を下ろし、ため息をついた。
「悲しいけど……これも運命なのです……」
 楓の口から意味不明な言葉が出てきた。
 疲れのせいか?
 それとも僕の聞き間違いか?
「これで良いですか〜? 双葉先輩〜」
「良し!! 良くやりましたね、ふーちゃん♪」
 原因は双葉か!?
 やばいな……楓がどんどん二次元の世界へと――
「いいなぁ……私もカッコよく決めてみたいな」
 雪菜もか!? 双葉ウィルス恐るべし……。
「兄さん、戦いに勝利した時には決めポーズが必要不可欠だと思います」
「僕はそんな恥ずかしい事はやらない」
「やるって言ったら、やるの!!」
 双葉が一度我侭を言い出したら止まないからな。
 だけど、どうして僕がこんな恥ずかしい目に……。
 しかたない、やる――――
「わー、お姉ちゃんたち、つっよーい!!」
「「ん?」」
 僕たちは声がした方を向く。
 そこには十歳前後の少女が立っていた。