――あの出来事から1週間が経った。
双葉はあの一件以来、自分を責める事がなくなった。
自分に自信がついたのだろう。
いくら代償で心が弱くなっても、
もう自分で解決できるようになったんだ。
僕は嬉しい。
双葉が傷付くがなくなったんだから。
だけど……。
「えへへ……兄さん、こうしてるとピクニックに来てるみたいだね♪」
「……寒いところで呑気でピクニックか。有り得ないな。……双葉、これは任務。遊びじゃない」
「言われなくても、そんな事分かってるよー♪」
「……本当か?」
「本当だよー♪」
僕たちは今、任務で北の地域に来ている。
この任務は列記とした学園の実務授業。
沢山ある依頼書の中から一つだけ選んで、それを成しとければ成績がつく。
僕たちのクラスは一番ランクが高いのでそれなりに難しい。
だけど、任務を成功させれば報酬が貰える。
一種の仕事みたいなもんだ。
今回の依頼内容は魔物の討伐。
何でも、魔物が急に異常発生したらしい。
それを全て討伐すれば、報酬は百万円。
今回は双葉だけではなく、ユキと楓をグループとして連れてきているので、一人あたり二十五万円。結構お金が貰えるんだな。
しかし……。
双葉があんな調子だったら、上手く成功するだろうか?
このグループで、速攻攻撃型は誰も居ないのに。
……。
どうにかなるだろう。
多分。
「最近の双葉ちゃん……何だかおかしいよ。ねえ、葉くん。何かあったの?」
ユキが僕に問う。
理由は知っているが、言えるはずがない。
「そうですね〜、最近の双葉先輩……子供に戻ってるような〜、大人っぽくないような気がします〜」
「ははは……。はぁ」
楓が言う通りだ。
最近の双葉は、幼い頃の双葉そっくりだ。
ただ、僕に甘えてばかりで……。
周囲を気にしないほど甘えてきたんだ。
今もそれと同じ。
「何だか、最近の双葉ちゃんは葉くんに甘えてばかりですね……。良いなぁ、私も甘えたいなー」
「は……? 何でユキまで!?」
「ち、違うよぉ。もう少ししたら、露葵お兄ちゃんと会えるから楽しみなんだよ♪」
「そ、そうですか……」
あー、びっくりした。
そうか。ユキには露葵先輩が居たんだ。
だけどユキのあの喜び様は凄まじい。
持っている杖を秒速5回転、回している……。
それほど、会うのを楽しみにしてるんだな。
だけど、
あの夢は……。
本当に事実なのか?
「きゃう!」
「あ……雪菜先輩〜大丈夫ですか〜?」
ユキがコケた。
しかもダイレクトに頭から。
頭を抑えながら、ユキは立ち上がった。
うぅ〜、と唸りながら口を開く。
「雪が積もってないと、滑って転んじゃうよ〜」
いや待て。
普通は逆じゃないか?
雪があるから滑るんだ。
ユキは何かとも違っている。
すると、突然寒い風が吹いてきた。
吹いてきたかと思うと、次は白銀が宙を舞っていた。
雪だ。雪が降っている。
「……どこに行っても雪かぁ……。そろそろ見飽きたね」
ユキは「あーあ……つまんないな」と、ため息をつきながら呟いた。
「昔は……雪が好きだったのにな……」
そしてユキは黙り込んだ。
地面を向いたまま、顔を上げようとはしない。
僕は疑問に思った。ユキは何故それほどまでに雪を嫌うのか……。
代償のせい……――ではない。
彼女はそんな事で弱気になることはない。むしろ前向きに立ち向かっていくほうだ。
では何故か。一体何が彼女を苦しめているのだろう。
やはり、あの夢。
雪で崩壊した街。
居なくなった家族、友達。
そして独りぼっち。
そのせいで心に傷が付いたのだろうか?
……いや、付いてないほうがおかしい。
誰だって雪のせいで知人が死ねば、その事がトラウマになる。
だから、雪が嫌いなのかもしれない。
だけど、ここに着てから……何かユキの様子がおかしい。
何かに怯えてる……そんな気がする。
そして今だ俯いたままのユキを心配そうに見つめていた楓は、
「暗い顔なんて、雪菜先輩に似合いませんよ〜。もっと元気にいきましょう〜!」
と、ユキを励ますかのように言う。
「……ありがとう、楓ちゃん。そうだね、私が弱気になっちゃいけないよね」
ユキは手をグーにしながら、「良しっ、頑張るぞー」と掛け声を掛け、いつも通りの明るい笑顔を取り戻した。
「ふん、まさかあいつ等がここに来るとはな……。まあ、丁度良い、あいつ等は我が儀式の邪魔だからな……」
暗い地下室のような所で、映像を見ながら男は言う。その映像に映し出されていたのは葉たちだった。
「そこに居るのは分かっているぞ。紅の式、こちらに来い」
男の背後から、てへへ、と照れくさそうに誰か出てきた。
少女だ。
しかもまだ、十歳ぐらいような顔立ちと身体をしている。
どこにでも居る小学生にしか見えない。
「マスター! 百々にはちゅんとした名前、『百々』という名前があるんだから、そっちで呼んでよー」
「……百々、お前に次の命令を教えてあげよう」
「なに? それって、なーにー? とっても楽しい事?」
百々は首を傾けながら聞く。
「そうだよ。楽しい事だ。あれを見てごらん」
男は映像の方へと指を指した。
百々はわくわくしながら映像の方を見る。
「映像にお姉ちゃん達が見えるだろう? あのお姉ちゃん達が今度、百々と勝負する相手だ」
「わぁーい。百々、戦い大好きー」
百々ははしゃぎながら喜んでいる。
「でも、百々、弱い人きらーい。だからマスター、獣さんたちを連れて行ってもいい?」
百々は小動物のようなうるうるした目で男に頼み事をする。
こんな目をされて問い掛けられたら、誰もダメとは言えないだろう。
「良いぞ。でも、しっかりと倒して来るんだぞ」
「はぁーい。わかったよーマスター♪」
わぁーい、と言いながら、百々はこの部屋から出て行った。
どれくらい歩いたのだろうか?
歩き始めてから一時間は経っていた。
しかも、同じ景色を何回も見ているような……
「双葉、後どれくらいで合流地点に着くんだ? さっきから歩きっぱなしだぞ」
「う〜ん、ゴメン兄さん。道を間違ってしまいました〜。てへっ♪」
双葉は可愛い声と、可愛い素振りを見せて、その場を乗り越えよとした。
「何が『てへっ♪』だよ!?じゃあ僕たち、迷ってる事になっているのか!?」
「イエッサー、隊長。我々は道に迷っているのであります!」
「双葉……。こういう時こそ真面目になろうよ……」
「えー? 何で? 山奥の遭難って、ゲームみたいで良いじゃないですか♪」
双葉は嬉しそうに言う。
今の双葉に何を言っても無駄だな……。
さて、どうやってこの森から――
その時だ。
妙に変な感じを憶えた。その感じはまるで時空が歪んだ異変。
この近くで誰かが、瞬間移動を使った。
しかもそれは魔力が高いところから大型の瞬間移動。
だとすると……。
敵の可能性がある。
「……邪気を感じる。魔獣が現れるよ!」
気配を感じ取った双葉は皆に向かって言う。
さっきまでの双葉とは違うようだ。
これなら任務は順調に物事が進むだろう。
しかし、僕の能力属性は朱雀。速攻攻撃型ではない。
本来、速攻攻撃型の白虎属性が居れば良いのだが、このグループには一人も居ない。
僕は補助強化型の朱雀。双葉とユキは護衛回復型の玄武。楓は妨害策略型の青龍。
大軍で来られると少々きつい。
……。
しんといた場。
その場に突如、爆風が襲い掛かった。
「くっ……」
僕は上空を見上げた。
そこには炎を纏った鳥が数え切れないほど飛んでいた。
「火ノ鳥……?何でこんな地域に居るんだ?」
火ノ鳥。南や火山のある地域に出現する魔獣。
だけど、ここは北の方。火ノ鳥は寒い地域には出現しないはず。
なのに何故か?
異常発生した原因に関係あるのだろうか?
「これが異常発生の原因……。討伐には時間が掛かりそうだね。だけど!」
ユキは持っていた杖を空に掲げた。
「貫け! 氷牙のアイスニードル!!」
ユキが放った氷の刃は数匹の火ノ鳥に当たり、その火ノ鳥は光の粒となり消滅するが、後方にいた火ノ鳥は無傷であり逆に火炎弾を吐き出してきた。
「あ……しまった」
詠唱後は身動きがすぐには取れない。
火炎弾は無情にもユキに近づいてくる。
「フィールド展開っと」
双葉が手を前に出し、力を込めた。
すると火炎弾は打ち消され、4人を包み込むバリアが出来た。
双葉のPAの絶対結界。
どんな攻撃でも決して破れない結界。
しかし、強力な攻撃を受け続けたり、長時間使ってしまうと命に関わってしまう。
「兄さん、ふーちゃん。後は任せたよ♪」
双葉は笑った。
だけど僕には分かる。
これはやせ我慢であることが。
PAは多くの精神力を使ってしまう。
だからこの戦い、早く終わらせたい。
――双葉のためにも。
「楓、僕は左翼の火ノ鳥を倒す。楓は右翼の火ノ鳥を頼む!」
「了解です。先輩!」
楓は詠唱を唱えだす。
そして僕は、MWを具現化する。
MW(Mind Weapon―マインドウエポン)
MWは魔術師の心の中にある武器。その型は魔術師によって違う。
双葉の霊樹鎌《グランディ・フローラ》もMWだ。
僕は聖蒼刃弓《アスハ》を具現化した。
聖水で清められた蒼い刃が付いている弓。
放った矢は時空を越えると云われるMWだ。
そして使い慣れた弦を引き僕は詠唱を唱えだす。
「我が望むは月の女神、ルナの力――希望の光に月の祝福を――闇を照らし宇宙を駆ける――白銀の光、その目に刻み込め!」
光の矢が現れ詠唱を完成させるに連れ、その輝きが増す。
「聖光のシューティングスター!!」
光の矢を放つ。
光は拡散する光。それは流れ星の如く。
華麗に彎曲し、場は光の舞台。
光は火ノ鳥へと狙う。
しかし火ノ鳥は光を回避する。
だが、追撃。
もう一本の光が火ノ鳥を襲う。
光は火ノ鳥を射抜く。
そして火ノ鳥は光の粒へと変わった。
火ノ鳥は消滅したのだ。
「集結」
そう唱えると、散っていた光が集まり一つの球となる。
その光は火ノ鳥の集団へと向かって加速する。
「拡散」
そう唱えると、光は爆発した。
光は火ノ鳥が居た辺りを包み込んだ。
そして左翼には何もなかったかのように、空が見えてきた。
「こちらもいくよ〜」
楓は《クローバー》を天に掲げながら詠唱を唱え出した。
「力の師、アトラスよ――力無き物に己の無力さを――弱き者を絶対的に縛る――絶望の鎖、特と味わえよ」
唱えながら銃先で力の印を書き描く。
印はぽおっと紫色の光を放ちだした。
「束縛のロックオン」
右翼の火ノ鳥たちにルーン文字が縛る。
それはいくら抵抗しても逃れない。
魔力を使って解除できるが、魔力をあまり持たない火ノ鳥はじたばたしてるだけだ。
これを機に楓はMUを具現化する。
楓のMWは変形銃《クローバー》
その名のとおり、変形が出来る大型銃。
「クローバー・重撃の型、バスター」
楓はそう叫び、トリガーを引いた。
その刹那、重力の電磁砲が発射されたかと思うと、その電磁砲が消えた後には何も無かったかのように、空が見える。
一瞬にして火ノ鳥を蹴散らしたのだ。
楓は銃を下ろし、ため息をついた。
「悲しいけど……これも運命なのです……」
楓の口から意味不明な言葉が出てきた。
疲れのせいか?
それとも僕の聞き間違いか?
「これで良いですか〜? 双葉先輩〜」
「良し!! 良くやりましたね、ふーちゃん♪」
原因は双葉か!?
やばいな……楓がどんどん二次元の世界へと――
「いいなぁ……私もカッコよく決めてみたいな」
雪菜もか!? 双葉ウィルス恐るべし……。
「兄さん、戦いに勝利した時には決めポーズが必要不可欠だと思います」
「僕はそんな恥ずかしい事はやらない」
「やるって言ったら、やるの!!」
双葉が一度我侭を言い出したら止まないからな。
だけど、どうして僕がこんな恥ずかしい目に……。
しかたない、やる――――
「わー、お姉ちゃんたち、つっよーい!!」
「「ん?」」
僕たちは声がした方を向く。
そこには十歳前後の少女が立っていた。