声が聞こえる。
誰かが僕を呼んでいる声。
それは懐かしくて、
どことなく哀しくて、
そんな美しい天使の声。
けど、
これはなんだろう?
昔から知っている声。
僕が生まれた時から、
隣に居たような感覚がする。
そんな懐かしい声。
キミは一体誰なんだ?
そして、僕はどうして憶えているんだ?
この声を……。
「―――くん! 葉くん! 起きてよ!!」
誰だ?
「傷、治したのに……、まだ目覚めないなんて……」
誰かが泣いている……。
涙が僕の身体に落ちているのが分かる。
僕のために誰かが泣いている。
「お願いだから……目を覚ましてよ! 双葉ちゃんが……! 双葉ちゃんがどこにも居ないんだよ!? 双葉ちゃんを見つけるのは、葉くんしかいないんだよ!?」
『双葉』
その言葉を聞いて、一瞬にして頭が冴えてきた。
双葉が……居ない?
完全に意識を取り戻し、起き上がる。
起き上がって目の前にいたのは、紛れもないユキだった。
ユキは泣き顔から、驚きの表情へと変わる。
そのまま何も言わずに僕に抱きついてきた。
「葉くん、私……私、心配したんだよ?」
僕はその抱きついた来た腕を退けて、
「ユキ、双葉が居ないっていうのは本当なのか!?」
「え……? あ、うん本当だよ」
ユキは戸惑いながらも、僕の方をずっと見つめて答えた。
その目は真剣そのもの。双葉が居なくなったのは本当の事らしい。
「ユキ、手分けして探そう! 双葉はまだこの学園内に居るかもしれない!」
「うん分かった! 葉くんは校内をおねがい。私は校庭を探すから」
そう言うと、ユキは保健室の窓から校庭へと飛び降りた。
5階の窓から飛び降りるって、女の子のやることじゃないが……。
だけど、それほど心配してくれているんだろう。
双葉、お前は……良い親友を持ったんだ。
だから伝えなければならない。
『お前は独りじゃないって』
目の前には大きな扉。
その扉を押すと、目の前は桜色に包まれた。
屋上には十二本の桜の木が、十二芳星の円を描きながら立っている。
僕は双葉を探そうと辺りを見渡したが、その姿は何処にもいなかった。
ここもいないか……そう思い扉に手を差したときだ。
どこからともなく、苦痛の声と血の匂いがした。
間違いない。
双葉はここに居る。
そしてまた、自分を傷つけている。
僕は懸命に探した。
傷付いた少女を見つけるまで。
だけど、その少女は何処にも居ない。
なぜなんだ?
もし自分に姿消滅の魔法でもかけていたら、誰も見つけられない。
もし僕の姿を見ているとしたら……
「双葉!居るんだろここに!? ここにいる事は分かってるんだ! 早く出て来い!!」
僕は大声で言った。双葉に気付かせるために。
「やっぱり……最初に私を見つけるのは……兄さんだね……」
双葉がふわりと、十二芳星の中心から姿を現した。
右手にはカッターナイフを持っていて、
左腕からは夥しいほどの血が溢れていた。
「また……自分を傷つけたのか……」
双葉がこくん、と頷いた。
そしてその顔からは、涙が零れていた。
「また……兄さんを傷つけてしまった……。だから私……いつの間にか手を切っていた……。馬鹿だよね私。手を切ってしまえば、痛いし……兄さんにまた迷惑をかけてしまう……。そんな事分かっているのに、やっぱり何かと繰り返してしまう……」
上手く話せないから、想いが届かない少女。
想いが届かないから、悔やんでしまう少女。
悔やんでしまうから、自分を傷つけてしまう少女。
夢で言っていた少女の事はやっぱり……双葉のことだったか……。
「私、素直じゃないから……また兄さんを傷つけてしまう……。私のせいで……兄さんが……」
「……最低ですね」と呟きながら、双葉は僕に血が流れている左腕をよく見せた。
「どうですか、兄さん? 私の血、よく流れているでしょう? ……だけど、兄さんが負った傷で流れた血なんてこれぐらい何とも無いです」
そう言うと、右手に持っていたカッターナイフを左手に持ち替え、今度は右腕を切った。
「……はあ、はあ……これぐらいも……何とも……ない……です……から」
持っていたカッターナイフを持ち替え、今度は首の動脈を切ろうとする。
だけど、僕がそんなことを黙って見るはずがない。
僕は双葉の右手を抑えた。
その右手をゆっくり下ろしながら、その血が流れている腕を優しく擦りながら、治癒術を唱えた。……女の子に切り傷なんて似合わない。腕を切った跡が見えないぐらい僕は傷を治した。
「もう、自分を傷つけるのは止めろ」
僕は双葉に優しく声をかけた。
すると双葉は苦しいそうに胸を抑えた。
「どうして、そんな事したんだ?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
沢山の涙を零しながら謝った。
その零れた雫には沢山の想いが詰まっているのだろう。
「私には……こんな事でしか償えないんです! ……いくら慕い尽くしても、傷なんて癒えないんです! だから、私……兄さんと同じように自分を傷つけて……!」
「双葉、謝らなくていい。あんなのただの兄妹喧嘩だろう?」
僕は笑いながら言った。双葉を落ち着かせるために。
「だけど……そのせいで兄さんは傷ついてしまった……」
「傷? 妹の苦痛を受け止めるのは兄、僕としての役目だ。別にこれくらい平気だ」
「そんな役目なんて……普通ないよ……」
「僕が勝手にしていることだからな」
そうだ。この役目は誰かから言われてやってるんじゃない。自分の意思でやっていることなんだ。
だけど、その事に双葉は分かっていない。
だから、自分を傷つけてしまう。
その傷つけた手首を抑えながら、双葉は口を開く。
「……やっぱり私は、兄さんにとっての邪魔者なんだ」
その言葉は僕を哀しませるかのような言葉だった。
僕は双葉のことを邪魔者だと思ってなんかいない。
その逆なんだ。
僕は双葉を必要としている。
双葉が生きているから、僕も生きていけると言ったのに……。
双葉にそのことを伝えるため、懸命に言った。双葉が本当の双葉になるために。
「お前は想いを自分の心の中に抱えすぎだ!! その想いは自分を苦しめつけているだけなんだぞ!? 何故もっと甘えてこない? 何故素直にならない? それは双葉が、他人を傷つけるかも知れないと恐れているからだろ!? 苦痛っていうのはな、どうやって癒えていけると思う? 双葉は自分の心に抱えたままで、癒えていけると思っているのか? 何年も何十年も。ずっと、心の奥に閉まっておくのか!? 僕はそうは思わない。苦痛は想いを伝えてこそ、少しずつ癒えていくものなんだ。何年でもいい。何十年でもいい。自分の想いを伝えればきっと、自分の過ちに気付くだろう。自分の苦しみに共感する人もいるかもしれない。分からないか……? 自分以外の誰かが苦しい思いをしている時に、自分はどのように思う? 少しでも助けたいという気持ちはあるだろう? 迷惑だ、と思いながら普通は助けないだろ? 今の僕もそれと同じなんだ! 双葉を助けたいんだ!!」
双葉は僕の言葉に戸惑いながら、
「で、でも……私は、苦しい思いなんか……して……にゅっ!?」
僕は双葉の頬を両手で摘まんだ。
予想外なことに双葉は驚いている。
「ひたたた……にゃにすりゅんですか!? にぃしゃん!!」
……おもしろい。ずっとこのままでもいいんだが、そんな事していたら双葉がマジでキレてしまうかもしれない。
「にゅ〜〜……」
こうしている内に、双葉の顔がムスッとしてきた。
機嫌が悪くなったので頬を摘まむのを止めると、その後に双葉が怒ると思ったが逆に顔を暗くしていた。
「兄さんは私のことを助けたいと思っても……、本当は嫌いなんでしょ?私のこと……」
「馬鹿!! まだお前は分かっていないのか!? どうしてそんなに独りで居たんだ!? どうして、自分から離れてくれみたいな言い方をするんだ!? お前はもう、独りじゃないんだ!! 皆、側にいるだろう!? いい加減に気付けよ!!」
―パシッ!!―
僕は気が付くと、双葉に手を出してしまっていた。
……一番やってはいけない事をやってしまった……。
双葉はもう、
僕の事を信じなくなったかもしれない。
そしてまた、
双葉が孤独に戻ってしまう。
僕はどうしたら良い?
双葉は僕が叩いたところを抑えて、
僕に向かって……
嬉しそうに……笑った?
そして力が抜けたように双葉は僕の胸に倒れてきて
「ありがとう……兄さん……。私を本気で叱ってくれて……」
そう……言った。
「え……?」
突然の発言に僕は言葉を失った。
「私……兄さんに叱ってもらえなかったらどうしようと思ってたの……。叱ってくれる人が居るから私は独りじゃないよね?本気で叱ってくれるんだから、本当に心配しているんだよね? ……だから私は、もう独りじゃない」
僕はやっと双葉が求めていることが分かった。
「ああ。そうさ。双葉はもう独りじゃないんだ」
「この葉月双葉。独りではないから今、この想いを貴方に伝えます。……ずっとこうしていたい。永遠に抱き合っていたい。だけど、私達は仮にも兄妹。そんなことは許されない。だけど、私は少しだけでも良いから……抱き合っていたい」
初めて双葉は僕に想いを伝えた。
だけど、僕はどう答えたらいいんだ?
妹として……女の子として……恋人として?
パズルのピースが欠けたと同じように、僕の想いのピースも欠けていた。
やっと双葉は伝えてこれたのに、どうして自分が答えられないんだろう。
僕はもどかしい気持ちを抑えることは出来なかった。
「ごめんね兄さん。ワガママ言っちゃって。私はもう別に構わないよ。兄さんに伝えることが出来ただけで幸せなんだから」
しばらく双葉は後ろを振り向き、僕に顔を見せてくれなかった。
泣いているのかもしれない。
僕が……答えることが出来なかったから。
そう思っていると、双葉がやっとこっちに振り向いた。だけど、何だか機嫌が悪そうな顔をしている。
「……兄さんに叱ってもらったのは良いんですが、さすがに本気で叩くっていうのはあんまりじゃないかな? 女の子の顔を平気でしかも本気で叩くなんてね〜」
「うっ……」
その言葉には言い返せない。
事実だし、反論しても無駄だとわかっていたからだ。
「兄さんの妹双葉は、兄さんに対して慰謝料を請求したいと思います〜♪ その慰謝料とは、永遠に忘れない物♪」
瞬間、
双葉の顔を近くなってきて、
それで何か僕の唇に軟らかい物が当たって……、
―チュッ……―
「え……? え? えっ!? な、何を……」
ちょっと待て!
さっきの行動ってまさか……、
キス!?
「えへへ……照れた兄さんもかわいいな〜」
「あ〜〜ちょっと、双葉さん?」
「えへへ……兄さんとキス……。最高の想い出……」
ダメだ。自分の世界にはまっている。
それに自分からキスをしたのに、顔が赤くなっているなんて……。
「これはこれは兄さん。私とのルート確定ですか〜♪ そして、最後には血が繋がっていなかったというベタなシュチレーション……な訳ないか。兄さんと私は血の繋がってる兄妹ですからね……」
……ともかく、双葉が元に戻ってなりよりだ。
もう、これで双葉は分かっただろう。
自分がもう、