第二章 遅い朝―AM6:00
〜雪の少女の記憶〜

「しかし……」
「ユキちゃんは心配しなくていいんです!」
「……でも……」
 意識を取り戻すと、何やら言い争っている声が聞こえた。双葉とユキだろう。双葉はやたらと叫んでいるが、ユキは困っているように聞こえる。僕は少しだけ目を開き、双葉たちのやり取りを見た。
「私はユキちゃんに負けず劣らず治癒術の力はありますから!」
「それがいけないから言ってるんだよ?」
「何で?」
「力を使いすぎてはいけないんだよ。だから、お互いにやっていこうと……」
「つまり、ユキちゃんは兄さん一緒にいたいと。そう言いたいんですか?」
「え?……あの、それは……つまり……」
 図星だ。ユキは指摘されると少し動揺してしまう。この事は、双葉も知ってるだろう。
「つまり? 何ですか?」
 双葉が妙な笑顔でユキに問い詰める。
「……うぅ……つまり……」
 ユキは今にも泣きそうな声を出す。
「一緒にいたい?」
「……うん」
 認めた。その答えに双葉はくすくす笑っている。
「な、何で笑っているの!?」
「いやー、兄さんにも恋人出来るんだなって……。そう考えると……いや〜、兄さんに嫉妬しちゃうよ〜」
―ゴスッ、バコッ、グシャ……―
「ぐあっ!」
 双葉が笑いながらバットか何か、僕に打撃系の三連撃を仕掛けて来た。普通の八つ当たりよりかなり質が悪い。
「起きたかな〜? 起きてもらわないと、こっちが困るんですけど〜♪」
 その声は何か楽しんでいるかのように聞こえる。
(この悪魔め……。こうなったらとことん寝たふりしてやる!)
 僕は死んだフリをした。この状況は人が山奥で熊と出会ったときにする行動と同じだろう。まあ、死んだフリしても熊は襲ってくるんで、双葉も多分……
「ん……? まだ寝ているフリをしているなんて、度胸ありますね兄さん」
 逆効果だったみたいだ。
「あの……待って下さい」
 悪魔の後ろから天使の声。
「せっかく治したのに、また血が出ているよ……」
「あ……本当だ」
「ヒールをかけないと……」
 雪菜から温かい蒼白い光を浴びる。少しずつ身体が癒えてきた。
「治療終了。……それにしても、葉くん、男の子なのに……寝顔が可愛いよぉ……」
 可愛いモノを見て嬉しがっているような雪菜の声。これはヤバイ……。雪菜の悪い癖が出てしまった。雪菜は可愛いモノに弱く、可愛いモノを見てしまうと我を失ってしまう。そして今は、僕がターゲットなのだろう。自分が女顔という事を今すごく憎みたい。
「ねぇ、双葉ちゃん? 葉くんを撫でても良いかな?」
 何故か双葉に聞く。
「いいよ! 私も撫でるから!」
 そして妹もおかしかった。そのおかしな妹がぶつぶつ独り言を言い出した。
「…――ライズ」
 突然、身体の自由が奪われたかと思うと、目も動かなくなった。
さっき聞こえた『ライズ』ってもしかしたら……双葉が麻痺の魔術を唱えたかもしれない。僕の妹は本当に質が悪い。
「はぅ〜、葉くんのお顔、すべすべしてる……。それに軟らかすぎるよ……。女の子みたい」
 何で僕の周りの女の子はこんなのばっかりなんだろ……。
「兄さん、実は女の子だったんだよ!」
 違う。断じてそんな事がありえない。この悪魔め、僕が動けないことを理由に言いたいこと言いやがって……。
「そうだったんだ〜。いやー気付かなかった……」
 学園一といわれた美少女は、やっぱり天然という属性が付くのかも知れない。
「なでなで〜♪ ……あぅ〜妹にしたい」
 誰かユキの暴走を止められる奴はいないのか!? 僕の精神的に、もう限界が来ているというのに……。何でこういうときに限って姉さんも降りてこないのだろうか?まさかとは思ったが、姉さんも共犯者……?
「ダメだよ! ユキちゃん! そんな事言っちゃ!!」
 ナイスカバー。さすが、僕の妹。
「兄さんは、私の妹なんだよ!? ユキちゃんは奪ったりしたらダメだよ! それとも〜、養子になるの?」
 ……信じた僕がバカだった。
―トントントントン……―
 階段を誰か下りる音がしている。これは幻聴なのか?
「何だ何だ? 下が騒がしいと思ったら……雪菜、来ていたの?」
 女神降臨。この辛い戦いから、やっと終止符が付けられるのか。
「はい。おじゃましています」
「……で、お前達は何をしてるの? 葉で」
「それは秘密です」
「秘密ねぇ……。んっ? 葉に何か掛かってる……」
 一葉姉さんがぺちぺちと僕の顔を叩いた。
 ……ぺちぺちの表現はおかしい。音にしてみるとバチンバチンだ。
 ものすごく痛い……。
「何で、葉にパラライズが掛かってんの? しかも何か起きてるし」
「えっ!? 兄さん起きてるの!?」
 双葉は驚愕した。その演技は他人を騙すぐらいの勢いだ。僕を麻痺させたのは双葉というのに。そして、ユキは肯くまっている。よほど恥ずかしかったらしいのか、顔と耳までもが赤くなっている。
 じゃあするな、と言いたかったが、今はそんな状況ではなかった。双葉がバットを持って、ぷるぷる震えていた。その目は怒っているように見えたが、これはあくまで演技だ。その表情の内側は喜んでいるか、笑っているかのどっちかだろう。
「兄さん……。これから三つの選択肢を言います。どれか選んでください。尚、ノーコメントは無し、タイムチャート方式ですから早く答えてくださいね♪」
 ここで選択肢を間違えればバットエンディングに直行?
「1、負けを認めて死を償う 2、私に好きな物を買ってあげる 3、そのまま逃げちゃう♪ ――3、2、…」
 何て理不尽なタイムチャート方式なんだろうか。あまりにも早すぎる。しかし、ここで迷ってはいれられなかった。
「2! 双葉に好きな物を買ってあげる!!」
 僕は必死に言った。これはゲームじゃないんだ。迷っていたら本当に殺される。
「さすが兄さん。私が言いたい事が分かってる♪」
 双葉の高感度がアップ。これでバットエンディングに行く事はない――
「さて、何を買いたいのか分かります?」
 ……はずだった。頭の中にはそんな事を考えている余裕はなかった。ただ、さっきまでは生か死かを彷徨っていただけなのに。そして、双葉が言ったあの痛恨の言葉。分かるはずがない。
 音の無い空間が、刻々と針を刻んでいた。
「分かりませんか? しかたない、ゲーム、ケーキ、ゲームのサントラ。さあ、どれです?」
 双葉は今、買いたいゲームは全て買っていた。そして、サントラも全てコンプリート済み。
 ならば……
「ケーキだ!」
「はずれー! ケーキじゃないんだよねーこれが♪」
 バットエンディング直行!?
 双葉が大きくバットを振りかざした。
「正解はー、新しい包丁なのでしたー!!」
「そんな、反則……」
 ―ゴスッッ!!グシャァ……バタッ!!―
 双葉にバットはまさに鬼に金棒だろう……。僕はバットにクリーンヒットし宙を舞い、その後どんどん気を失っていった。

「うわぁ……葉くん、目を開けたまま気絶してますよ。いいの?」
 雪菜はみじめな葉の姿を見て絶句した。それは言葉では表せられないほど、すごい状態だった。そのみじめな葉の姿を見て双葉は、
「いいのいいの、女の子を泣かせた罪は大きいの♪ 兄さんには悪いけど、そこで反省してもらいましょ♪ 今のうち朝ご飯を作っちゃいますから、ユキちゃんもいる?」
「はい。いたただきます」
 朝ご飯がまだ作られていない事を知った一葉はがっかりした。あれから一時間も経ったというのに作られていないとは。
「朝ご飯ってまだなの〜?しかたない、部屋に戻るとするか」
 部屋に戻ろうとした瞬間、誰かに服の衿を捕まえられた。双葉だった。
「逃がしはしませんよ、姉さん。手伝ってもらいますからね」
「えぇ〜、やだよ〜」
「手伝ってもらいますよ」
 双葉は持っていた包丁を一葉の首筋に当てた。一葉の額からは冷や汗が出る。そして一葉は両手を上げながら、
「はい。手伝わせてもらいます。何なりと申して下さい」
「さすが姉さん、頼りになるー♪」
 どうして、いつも双葉のマイペースぶりに巻き込まれるなんだろう?と、そう思いながら一葉はため息をついた。外を見てみると、日が昇ってなかった空がいつの間にか日が上がっていた。
「どうして、いつもこんなに支度が遅いの……」