―ジリリリリリッッ!!―
AM4:30。目覚し時計が鳴り響く。何故、こんな時間にセットしたのだろうと思いながら、目覚ましを止める。眠い……。あまりにも眠すぎる……。どうしてこんな時間に目覚ましをセットしたのだろうか?そうだ、もう一度寝よう。
「お休みなさい……」
くー、くー……。
くー、くー……。
くー、とたとたとた……。
くー、ばたばたばた……。
ドンドンドンドン!!……くー。
「兄さん!!早く起きてください!いつまで寝ているんですか!?」
「くー?」
「『くー?』っじゃ、ありません! いつまでも寝ぼけてないで、さっさと着替えてください! ……って、こんな事してる場合じゃなかった。姉さんも起こさないといけないんだった〜!」
少女は慌てながら部屋を出た。
寝ぼけながら時計の針を見る。時計の針は五時を差していた。気のせいだろうと思い、もう一度目を凝らしてよく見た。本当に五時だった。正確には五時三分二十八秒。
(間に合うかな……?)
僕は慌てて制服に着替えた。
僕の名は葉月葉。高校二年生だ。今まではすっかり夏休み気分で過ごしていたのだが、今日から二学期が始まるのだった。ま、この学園では夏休みは休みではないのだが……。そんな事はどうでもいい。今は早く着替えなくては。学園の遅刻の厳守が七時と少しばかりきついから、四時に起きているのにどうしてか知らないけど、僕たちの朝は遅い。
制服に着替え、一階へと降りた。リビングに入ると、包丁とにらみ合っている少女がいた。さっき僕を起こしに来てくれた少女だ。
「む〜……。ん? あっ、おはようございます。兄さん」
「おはよう、双葉」
この少女の名前は僕の妹、双葉。僕の自慢が出来る妹だ。成績もトップクラス。運動もそこそこ出来て、料理も得意。こんな妹は他にいないだろうと言う位の妹だ。ただ、いないだろうと言う言葉の中には、もう一つの意味がある。それは……、
「主人公が朝起きると、キッチンに妹が朝ご飯を作ってくれるシュチエーションなんて、滅多に見ないほど希少価値ですよ兄さん? だけど、そのオチみたいなもので料理がすごく不味いという方式が結構あるんですけど……。でも、私の料理は美味しいですよ。こんな妹がいて、兄さんは幸せ者だな〜♪」
究極のゲーマーであること。しかも、ギャルゲー大好き。兄である僕に向かってギャルゲーを一緒にやろうと言った妹である。その他の勲章は、ある格ゲーの全国優勝保持者。誰もこいつに勝った事はない。一度、永久ループにはまってしまうとこっちの負け。後はKOを待つだけだ。双葉とはあまりゲームをしたくないのが本音である。
「で、何がいいたい?」
「少しばかりは妹に感謝しないと♪」
双葉のご機嫌を取らなければならない。双葉がご機嫌ななめになった時はもう誰にも止めれないからな。……この世界が崩壊するかも。
「……今度何か買ってあげるよ」
「さすが兄さん♪ 私が慕っているだけはある♪」
慕ってなかったら一体なんだろう……? それよりも、僕のことをこいつはカモと思っているのではないか? 何だか妹に不満を抱いてきた。
「それと兄さん、どう思いますこの包丁? やっぱり、この包丁は緑黄色野菜専用ですよね〜。淡色野菜を切っちゃうと、緑黄色野菜の味が混ざって不味くなっちゃいます」
果たして、包丁に緑黄色野菜専用はあるのだろうか?その前に、緑黄色野菜も淡色野菜も同じ野菜ではないのか? やっぱりこの妹、何かおかしい。
「おはよ〜、マイシスターズ♪」
「で、誰が一葉姉さんの妹なんですか……? 僕はれっきとした男です」
「どうして? こんなに女顔で可愛い弟なんて、世界中どこ探してもいないと思うけど……?」
クスクスと笑いながらショートヘアーの少女が笑う。僕の姉の一葉姉さんだ。女子の中で学園一を誇る運動能力を持っている。陸上で全国一位。水泳でも全国一位。そのせいか、男子にも女子にもモテている。まったく、どうして僕の周りには全国一位クラスが多いんだろう? 僕は全国一位レベルではないのに……。一応僕の成績は弓道、全国二位。一位は僕のクラスメイトが取っている。
「それと……、双葉は何悩んでるの? また包丁?」
「そう、また包丁……」
包丁の件は今回だけではなかった。すでに包丁の数は一般家庭ではありえないほどの数になっていた。その数、五十以上……。一つ一つ、種類、形、重さが違う。刺身、肉、果物ナイフなら分かるが、双葉はいも類専用、きのこ類専用、海藻専用……などと訳がわからないほど所持している。大手企業の料理長じゃあるまいし、……もしかしたらそれ以上かもしれない。
まあ、双葉の料理は美味しいから、それで構わない。しかし、いつまでもこうしていられたら時間が間に合わない。
「双葉……悩むのやめたら? 包丁はいくつもあるし、時間もないし……」
僕の意見に不満でも思ったか、双葉は頬を膨らます。
「む〜、兄さんには包丁の素晴らしさが分からないのですが!? 三つ子なのに、同じ思考回路じゃないんですか!?」
「いや、普通に違うと思うけど」
実は僕たちは三つ子だ。そのせいか、僕はいつも女の子と間違えられやすい。クラスメイトからもどこから見ても女の子らしい。そのため、双葉と一葉姉さんに似ていて区別がつきにくいため、僕は髪にヘアゴム、リストバンド。双葉はペンダント。一葉姉さんはヘアピンをしている。それと僕が女の子に見えるのはやっぱり、背中まで伸ばした髪の毛のせいかも知れない。髪を切りたいけど、双葉が切ったらダメといつも言ってくるからだ。何やら、亡くなった母に僕たちの中で僕が一番似ているらしい。……母との記憶なんてまったくないけど。
本当のことを言うと、実は僕、記憶喪失なのだ。魔術を得る時に契約の代償を払わなければならない。その時に僕が払ったのは『記憶』。
文字どおり記憶だから、過去の思い出を一生思い出すことは出来ない。
しょぼーん……
「わっ、な、何だ? この重い空気は……?」
「そうですか……。兄さんには包丁の素晴らしさが分かってもらえないんですか……。はぁ……」
花が萎れるかのように双葉はしょぼんとしていた。
初めのうちはがっかりとしていたのだが、時間が経つに連れ、その顔が怒っているように見えてきた。声もため息から、ふふふふふ……、と不気味な声になっている。何だか怖い……。
「あ……荷物。まだ用意していなかったな〜。朝ご飯が出来たら教えてね、葉♪」
僕に「あたしは巻き込まれたくはないから」と呟いて、二階にそそくさ上がって行った。
間違いなく、姉さんは逃げた。双葉があっちのモードに切り替わると、姉さんでも、僕でも止めることは不可能だ。これは人類最大の危機である。
今の双葉の状態は野球で言う満塁サヨナラのピンチである。ここは何が何でも抑えないといけない。
「あ、あのさ……双葉……」
「……」
無言。ワンストライクを取ったかも。
「双葉……僕が悪かった! ゴメン!」
「…――くす」
わ、笑った?何だか怪しい感じ……。ツーストライク?
「あの〜双葉さん?」
「何でしょうか? 哀れな葉……?」
『これは大きい! 入るか? 入るか? ……入ったー! 満塁サヨナラホームラン!!』
僕は思わずがっくしと崩れ落ちる(ガッツポーズを決めながら)。時はすでに遅かったのだ。ああ、神様は僕に味方してくれなかったのだ?僕にはもう、未来はない……。
―三つ子の権限そのいち―
姉妹兄弟の立場を変えることが出来る。
つまり、この状態は僕が弟。双葉が姉という理不尽な立場になっている。ただでさえ僕が兄の時でも、立場が違うんじゃないかと言うぐらいおかしいのに……。怒っている状態(鬼モード)になった双葉は危険すぎる。いつもは素直で甘えの優しい人柄なのに、この鬼モードの時は暴言?を連呼する。かなり壊れた時には意味不明なことも言い出すことがある……。
「ふふふ……なんて、可哀相なんでしょう……。包丁の素晴らしさが分かってないが為に、私が作った弁当と晩御飯が食べられないなんて……。おなかを空いてしまって、苦しそうな葉……。ああ、そんな可哀相な弟を、私は見てられない……。そして、揚句の果てには餓死してしまうのね……」
双葉、暴走中。その前に『私は見てられない』って、自分でやっているくせに……。そして、揚句の果てには僕は死んでしまうのか?
「ふ、双葉……?」
「……双葉?」
双葉は何かしら双葉という言葉にアクセントをつけて言い返してきた。しかも、僕のことをかなり睨んで。確か、今の立場は双葉の方が上だったんだ。
「双葉姉さん、包丁の素晴らしさは理解できたから……。その……怒るのは身体に良くないよ……」
「本当に!?やっぱり兄さんはいい人だよ〜」
そして、立ち直りが早いのも特徴的である。双葉の顔色が元の笑顔に戻った。ご機嫌が治った双葉は再び朝ご飯を作り出した。
にこにこしながら、双葉は僕のほうに振り向く。
「で、兄さんは包丁のどの部分が素晴らしいと思いますか?」
予想外のことを突かれた。余計な事を言ってしまえば、そのにこにこな笑顔がまた悪魔と化していまう。
その双葉のにこにこがより怖さを上げている。
「えっと……」
「もしかして……さっき言ったことは嘘なんですか?」
「いや……これは……」
『双葉機、暴走まで残り二〇秒を切りました!!
全艦退避!
艦長!もう間に合いません!!
いや、まだ間に合う!体勢を立ち直すんだ!
ダメです! 身体が動きません!
くっ……、ここまでなのか!?』
ああ……、ついに僕も壊れだしてきたよ……。もう限界かも。
「……嘘なんですね兄さん……」
そして双葉が考え込みだして、そのまま動かない。双葉の両手には切り味のいい包丁が二本持っている。
対して僕の装備品は、素手である。この光景を簡単に言うと、レベル1でラスボスと戦っていると同じみたいなものだ。さて、ここからどのような闘いが繰り広げるだろうか?これは、コンテニューのない一発勝負だ。真剣にやらなければ殺られるだろう。先ほど使った手はもう通じない。一体どうすればここを阻止できるのだろう? 僕の脳裏には四つ戦術がある。
1. たたかう
2. にげる
3. あやまる
4. アイテムをつかう
もし闘ったなら、百パーセント負けるだろう。
逃げる……ことなんて出来ないよな……。だって相手はラスボスだし……。
謝る……しか無いように見えるが、効果は期待しない方がいいだろう。
アイテムか……そんなもん持ってたら始めから使ってるし。
結果、勝つ確立……ゼロに等しいと判明。素直に負けを認めよう……。
双葉はひらめいたかのように、突然立ち上がった。そして、双葉の瞳から涙。一体何故!?
「ふ、双葉……どうしたんだ……?」
「…――つき」
「え……? な、何……?」
「お兄ちゃんのウソつきーーー!!」
「はああっっ!!?」
―双葉の理解不可能行動その1―
突然泣き出しては僕のことをお兄ちゃんと呼ぶこと。お兄ちゃんと呼ぶことによって、僕に精神ダメージでも与えようと思ったのだろう。大丈夫。僕はシスコンじゃない。お兄ちゃんと言われて、萌え〜とか言わない。僕らの中で言うのは双葉ぐらいじゃないか?
「お兄ちゃんはボクのこと、騙したんだね! ……酷い、酷過ぎるよ……。お兄ちゃんはボクのたった一人のお兄ちゃん代わりのお兄ちゃんなのに!!」
―双葉の理解不可能行動その2―
何故かキャラがボーイッシュ系であること。
「お兄ちゃんはボクのこと、好きじゃなかったの!? ねぇ、答えてよお兄ちゃん!!」
―双葉の理解不可能行動その3―
やっぱり、お決まりの恋人関係であること。今考えてみれば、彼女がお兄ちゃんと呼ぶ彼氏は相当やばい奴ではないかと思ったりしてしまう。
双葉の潤んだ瞳&幼く聞こえる声。それは、少しずつではあるが、僕の心が痛くなってきた。
だけどいつまでもやられてばかりではいけない。少しばかりは抵抗しないと。
「僕とお前は……血が繋がった実の兄妹なんだ……」
秘義、想定外アドリブ攻撃。これで双葉も慌てるだ――
「嘘……。そんなの嘘だよね!?」
全く効かなかった。双葉は何もなかったようにキャラを演じていた。
「僕も信じたくはなかったさ!! ……だけど、これが真実なんだ」
追加コマンド。これで返せたなら、女優も夢ではない。
「……じゃあ、ボクはお兄ちゃんの恋人にはなれないんだ……。ボク……もう誰も信じなくなっちゃった……」
さすがはゲームの女王。アドリブ攻撃など一切効かない。むしろ逆効果か?
「おい……」
「ダメ! ボクに何も声をかけないで……。ボクの決心を惑わすことなんてしないでよ……。サヨナラだね……ボクが大好きだったお兄ちゃん……」
次の言葉が出てこない。ここで決定的なセリフを思い浮かばないと僕は勝ち負けとかは関係なく、プライドを傷つけてしまう。売られた喧嘩は当然買う!!
「お前のことが嫌いになったんじゃないんだ……」
「え……?」
双葉は予想外のことに戸惑った。これは勝ったな。
「妹でも何でもいい! お前が妹だったとしても、僕は一人の女の子としてお前のことが好きなんだ!!」
案の定、双葉はキョトンとしていた。
次に浮かぶ台詞が出てこないのだろう。
勝った!! ついにラスボスに勝った!! ……嬉しさのあまり、何だか涙が出てきた。
ん? ……ちょっと待て……。こんなこと考えているのは良いけど、いつの間にか双葉のペースに巻き込まれているんじゃないか? しかも、さっき言ったセリフって……恥ずかしすぎる!!! なんてこといたんだあああああああああ!! 僕はああああああああ!!
「お兄ちゃん……」
僕は正気を取り戻した。そして何故だか知らないが、双葉の目がウルウルしているのである。
「ボク……お兄ちゃんのことが……」
ついにクライマックスか。そういえばクライマックスって『感動の頂点』という意味なのだろうか? 英語も奥が深いよな……。
「大好きだよー!!!」
―グサッ!!―
強引に抱きついてこられた。始めからコレが狙いだったかも知れない。まったく、訳がわからない妹だ。さっきの『グサッ!!』という音も気になるが、今は……
「それに……胸が当たってる!! 離れろ!今すぐ離れろー!! こんな光景、友達か誰かに見られたら誤解されて―――――」
―ドサッ―
後ろから何か、物が落ちる音がした。
「あ……」
それと、女の子の声。僕はすぐに後ろに振り向いた。
そこにはショートヘアーの少女が立っていた。幼馴染でクラスメイトの朝霧雪菜だ。何故、キミがここにいる!?
「……よ、葉くん……」
終わった……。何もかも……。全てはこの、バカ妹のせいで……。
「あの……その……包丁が」
あえてそっちなのか!?
……ん? 包丁……? そういえば、双葉が持っていた包丁ってどうしていたんだっけ?
たしか、そのまま持っていたような……。
「刺さってるよ?」
ユキが怖い言葉を言っていた。
僕は双葉が持っていたはずの包丁を探した。ちゃんと双葉は包丁を持っていた。……僕の身体に刺さった状態で。そして、おびただしいほどの血の量。
「何だか……フラフラしてきた……」
―ばたっ!!―
「に、兄さん!?」
「葉くん!?」
これは意識不明の……重傷?
「待ってて。今、治癒術をかけるから!」
ユキの焦っている声がどんどん聞こえなくなってきた。
やばいな、と思ったが、時は無情にも過ぎていき目の前が真っ白になった。