KEY-20 戻る世界
Data//2002.7.16(Tue)

 二人だけの世界。
 ウタカナというただ静かで周りは闇しかなく下を見ると、ぽつんと月が浮かんでいる。そんな儚くて孤独を表すかのような世界で、俺と空はただ静かに見つめ合っていた。
 その静かさから断ち切るように、空の口が開く。
「ウリエルというのは、私のもう一つの名前。ウリエルには詩を司る天使という意味がにあるんだよ」
 一息。
 静かさのあまり、空の声は木霊となってウタカナの世界に響き渡る。
「あまり、私はウリエルと呼ばれるのは好きじゃないけどね。だって……私の名前じゃないんだよ? 空っていう、親から大切な名前を貰ってるのに。……まるで、私自体を偽っているようで嫌なんだよ……。翔くんはどう思う? 翔くんにもし、ロリコンというニックネームが出来たら?」
「……真剣な目でそんな事言うなよ……」
「くすっ、そうだね」
 空は微笑む。
無邪気で小さな笑みをしていた。
「空、お前がこれから何をするかは大体予想がつく」
「うん。翔くんが思っていることだよ……」
「空、護ってもらって悪いんだが……俺の意思は……」
「うん。知ってる。分かってるから……」
 ……。
 そして無言。
 何も音が出ない世界は気が狂いそうだ。
「この世界は全て神が創った空想で出来てるから……。そう、ここで私と会話するのもシナリオ通り……」
 と、唐突に空はそう言った。
 俺には分からない。
 この天使の少女の言っている意味が……。
 今さら、そんな話をしてどうなるというのか。
「私たちは脚本通りに動いてるだけ。役者みたいにね……」
「俺たちが脚本通りに動いているのか、分からないだろう!? 役者だって時にはアドリブの時もある!!」
「翔くん……運命の子は神に抗ったらいけないんだよ。全知全能のこの世界を創作した神に抗えばどうなるか分かってるの? 神が創作したこの世界、この世界自体が神の理想。邪魔なが物があれば消さなくてはならない。当然、この世界に異端者が現れば、削除される。運命の子は神にとっての異端者だからっ! もう……何回言えば気が済むの!?」
「空には運命の子の苦しみというものが分からないだろう? この世界の現実を知ってしまって、何も出来ない事に対しての苦痛が!!」
「分かるよ」
「え?」
「だって……私は――――全てを知ってしまった天使だから」
「……」
 何も言えなかった。
 空には空なりの意思があるから。
 それに訴えるほどの権利は俺にはない。
「だからね……私はまた、同じことをするんだ」
「同じこと……?」
「ゴメンね、翔くん……。私には止められない。私はこれから、キミをこの今の世界・・・・から消さなくちゃいけないんだ……」
 空は、鍵のついた本を取り出し鍵を差した。
 その瞬間、俺の身体が熱くなってくる。
やはり、その本は俺の……魂そのものだとわかった。
「空っ! 鍵天使は運命を導く存在じゃないのか!?」
 空は、涙を拭いて俺に笑顔を見せた。
「だからだよ……。また運命が変わった。だから私はキミを導く。過去へと・・・・

神具構造マテリアル

 空の手に懐中時計が生まれた。
「……翔くん、ゴメンね。だけど翔くんは“運命の子”。きっとキミはまた神に抗うから。存在は消えても、想いの概念が残っていたら、翔くんはまた私に会うから……。私と翔くんのお話は、永遠に終わらないお話。読んでも読んでも、終わらないから……だから……。これは別れじゃない……、再会だからね……」

―ピシッ

 世界の終わりを告げる音。
 月、星、夜空に罅が入った。
「――流れよ時間、交差せよ世界、奏でよ永遠」
 崩れ落ちる世界。
 星空や月が割れた硝子のように飛び散り、破片が暗い闇の世界へと落ちる。
 この地面ももたないだろう。
「――天野空、鍵天使の名の元に於いて、天野翔、貴方を空間消滅させます」
「そらぁーーーー!!!」
 暗闇の世界に落ちる。
 がむしゃらに手を伸ばすも、そこには何もない。ただの無。
 そして俺は……消えた。

































「あれ……?」
 私は何か違和感を感じた。
 翔くんが過去に戻ったのに、私という存在が過去へと戻ってない。
 今までにない現象だった。
「ど、どうしたのかな……」
 私は焦った。
 何か、間違えただろうか。
 もし、間違っていたとしたら……。
 不安が募る。
「また、運命が変わった?」
 私の相棒を少し突く。

――カチ

 何か、音がした。
 その音と共に私の身体が薄くなっていく。
「良かった……作動した」
 ほっと一安心する。
 私の身体は完全に消えて、意思だけが闇の世界へと彷徨った。
「さて……翔くんは……と」
 下を覗くと、私の探している人が居た。
 蒼く光っている球体が見える。それが翔くん。
 ……今は魂の概念だけど。
 うん。ちゃんと、寝てる。
 それは当然のこと。
 この世界で寝ずに目覚めている事が出来るのは、私だけ。
「うん……。もうすぐ到着だね」
 たった一週間を戻ることは速い。
 一分も経たないうちに、私の身体が再構成される。
「あれ……?」
 変だ。
 翔くんの魂が元の身体へと再構成されてない。
「ちょっと……何処まで行くの!?」
 蒼い魂はびくともしない。
 まるで、深い眠りについているかのように。
「永遠を刻む時計! データ更新っ!!」
 ピピッ、と私の前に文字が映し出される。
『環境設定
 マスター:2002年7月7日
 現対象者:2000年7月7日』
 ……嘘。
 そんなはずがない。
 これは何かの間違い?
 もう一度、私の相棒に問い掛けた。
「永遠を刻む時計! データ更新っ!!」
 ピピッ、と私の前に再度文字が映し出される。
『環境設定
 マスター:2002年7月7日
 現対象者:2000年7月7日』
 ……嘘。
 嘘だと信じたい。  こんな状況、認めたくない。
「こんなことって……ありえるの?」
 ……在りえるはずがない。
 今まで、こんなことがなかったのに……。
 もし本当だとしたら、だってその時の私は……。
『………………』
 冷たい笑みの少女を思い浮かんだ。
 思い出したくない過去。思い出したくない日常。
 ねぇ……永遠を刻む時計……。
「物語は変わらない……はずだよね?」

――チク、タク、チク、タク……

 相棒は何も答えてはくれなかった。
「永遠を刻む時計! データ修正っ!!」
 ピー、と警告音がして文字が映し出される。
『警告、共有反応が出ました。設定を変更することが出来ません』
 ……何それ?
 初めて見る警告に悩んだ。
 共有反応って……私以外の使用者なんて居るはずがないのに。
 笑っちゃうな。
 ……もう、何も言えない。私には何も出来ないから。
 私の身体は再構築され、薄い色から元の色へと戻っているのに、翔くんは一向に再構築されない。
 こんな事、本当に在りえるはずがない。私の永遠は連鎖の永遠。同じ過ちの繰り返しなのに……。
 これがもし……“運命の子”の力としたら……私は……。
「アナエル様……もう一度、夢を見てもいいですか?」
 その言葉は懺悔かもしれない。だけど、また夢を見たくなった。この異端の事態、これが最初で最後かもしれないから。
「永遠を刻む時計……、主の再構築を停止。以降、設定を変更。時間は2000年7月7日……」
『設定の変更を確認』
 これが、最後のチャンスなら。
 私は……もうあの人の手を離さない。
 あの温もりを忘れたくないから……!!
「待っていて、兄さん・・・!」
 そして私は運命と違うことを言った。









〜次回予告〜




――永遠。

それは私が望んだ物語。


「兄さん、ゴメンね……。今まで嘘をついてて……」


――記憶。

それは失ったはずの鍵。


「嘘だろ!? 嘘だと言ってくれ!!」


――共鳴。

次第に思い出していく記憶。


「……キミは誰?」


あの七夕の日に起きた事件は永遠に消えない物。

過去に起きたことは二度と消えない。

だけど、いずれはみんなの記憶から消えてしまう。

私が私であることも・・・忘れて。


そして運命は思わぬ方向へと進んでしまう。

偽りの現実に語られなかった全ての真相が今・・・。

次回、第二部〜鍵天使過去編〜『da capoダ・カーポ



「それは私が奏でた過去の物語……」