KEY-19 決意の日
Data//2002.7.16(Tue)

――キン、コン、カン、コン……
 昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「じゃあ、今日はこれまで」
 長い文(訳もわからない公式)を書いていたチョークを止め、先生はそう告げた。
 また中途半端な書き方を……。
 長い文章を書き終える事無く、途中で止めたのだ。
 この学習の仕方でテスト時、どれほどの犠牲者を出したかは言うまでもない。
 その張本人は笑みを浮かべながら、閻魔帳を閉じている。
 ま、この先生(担任)のいつもの事だが。
「起立っ! 礼っ!!」
 気合の入った号令。
「「「今回も有難う御座いました、マイティーチャー!」」」
 毎回の如く、うるせぇ奴らだ……。
「おう、しっかりと昼食を取るんだぞ」
 そしてそれを普通かのように扱う我らが担任。
「「「御意っ!!!」」」
 手を胸に当てて了解を表す野郎ども。
 ここは何処の組織だよ……?
 俺は毎度の様に呆れて溜息を吐く。
 そして一気に教室から駆けて行くハイエナ野郎軍団。
 いつもいつも、購買パンでお粗末さまで。
 俺もそんな時期があったが、もうそれは無い。
 俺は今日も空の手作り弁当。
 ふふふ、これぞ優越感。
 思わず笑みがこぼれてしまう。
「はい、兄さん」
 俺に手渡される水色の包みの弁当。
 しかし少女にはいつものような笑顔はなかった。
 喜色満面の笑顔が何処にも……。
「いいなぁ、いいなぁ。私も空ちゃんのような妹欲しいなあ」
「なら佳織さん♪ 私がそのお手伝いをしようかな?」
「いえ……結構。望、あなた何か企んでいるでしょう?」
「えー、残念♪ せっかく、面白いことになると思ってたなのに……」
「……望の考えることはワンパターンよ」
 そう楽しく会話している横で、一人陰気になっている空。
 それもそのはず。
 今日が俺の未来を決める日だからだ。
 最も、空のこの状態は夜中からなのだが。
「いいなぁ、いいなぁ。俺も空ちゃんのような妹欲しいなあ」
 佳織の言葉により、瞬もでしゃばって来る。
「黙れ、ロリコンっ」
「へばぶっ!」
 佳織の椅子攻撃により、瞬は名の如く一瞬で撃沈した。
「言葉を慎みなさい、この脳内妄想変換ロリコン野郎っ!」
「……佳織さん、少しやりすぎー」
「う〜ん……、つい加減するのを忘れてた。大丈夫かな?」
 いやきっと大丈夫じゃないから。
 でも、よくやった佳織。
 これで安息の昼食が取れるってもんだ。
「……」
 無言のままで、弁当を食べている空。
 そのいつもとは違う姿を見て、親友二人は心配していた。
「空ちゃん、いつもより元気が無いわね……」
「……そうだよね」
 その原因を知っている時羽にとって、それは凄く辛いものだと思う。
 私ではどうにも出来ない、助けてやれない。そう思っているのだろうか。
(これは俺達の問題だから)
 そう俺は時羽に呟いた。
 時羽が小さく頷く。
(任せましたよ。空のことを……)
 ああ。と、そう俺は頷いた。
 もう、時間は戻らない。
 後には引けない。
 今日が最後なんだと。
 そう胸に思い聞かせた。





 帰りのホームルームが終わり、二人一緒に帰る俺と空。
 空と二人して帰る帰り道はどこか切なく、虚しい気分でいっぱいだった。
 ……少なくとも俺だけは。
 こんな虚しい気分を浸っている俺に対して、空は呑気にヘッドホンで音楽を聞いているではないか。
 って、とても高価なMP3プレーヤー持ってるな。このちびっこ。
 くっ、そんな高価な物を買えない俺にとっては、目に毒だぜ……。
 ほらそれに何だ。空は呑気に鼻歌を歌っているし……。
 まあ、空と出会ってからたった一週間ぐらいしか経ってないし、空にとって俺は多寡が運命の子一人だし。
 何だかな……畜生っ!

――永久に忘れない約束の場所へ〜♪

 ほら。
 こんな俺を無視して、詩を歌ってる。
 詩を歌うことが空の趣味だから別に構わないけどさ。
 だけど、俺の存在自体無視されるのはちょっと寂しい……。
 俺の存在を認めてくれっ!!
 頼むっ!!
「ん? 翔くん」
 やった!
 ちびっこ天使に俺の思いが通じた!
「いつからそこに居たの?」
――グサッ。
 なんですとーーっ!?
 俺の硝子の心に銀のナイフが刺さった感じがするぜ……。
 ふっ、所詮俺の存在はそんなもんだ。
「冗談だって。そんなに落ち込まなくても。そうそう、今思い出したんだけど……」
 ヘッドホンを外し、落ち込んでいる俺を慰める空。
 落ち込んでいる時に慰めされると……何だか涙が出る自分。
 くっ、夕日が眩しい。
 涙が滲んで前が見えないよ。
「って何で泣いてるの? 早く帰らないと、間に合わないから。ほら私の手に捕まって」
 何を言ってるんだ? このちびっこ……。
 慰めているのか、急いでいるのか。
 それとも慰められたというのは俺の勘違いか?
 訳がわからないよ。
 くそ……。
 無能な俺が憎い。

――バシュッ!!



――それは運命の歯車が軋んで出来た空間から放った、歪んだ世界の始まりの音。

――そう、これが本当の永遠の始まりだったかもしれない。



 背後から変な音がした。
 何かを斬るような音。
 それは瞬間だった。
 後ろを振り向くと、そこには仮面を被った人が居て、
 背中には黒い翼があって、
「運命の子、天野翔を発見。神の命令より貴様を永劫削除する」
 そう言った。
 死天使かっ!?
 そう思った瞬間には既に引き金は引かれていた。
 鋭く尖った刃先が俺に向けて襲い掛かる。
 くっ、もう駄目か。
 はは、こんな形で死ぬなんてな。
 やっぱ俺って呆気ねえな……。
 そう思い諦めて目を瞑った。

障壁の回旋曲シーリング・ロンドっ!》

――パンッ!!
 刃物が弾かれる音。
「え……?」
 目を開けると、俺の周りには蒼い光で包まれた壁があった。
 これは……?
「ふぅ……ウリエル、やはりお前は私を裏切るのだな」
 ウリエル?
 一体誰のことだ?
 その疑問に遮って空は口を開けた。
「ミカエル様……ごめんなさい。だけど……この人を誰にも殺させはしない」
「ウリエル、この一言が最後だ。私の命令に従ってそこを退いて許してもらうか。私の命令に叛き反逆者の名、堕天使となって私の手によって殺されるか。どっちがいいっ!?」
 死天使は刃先を空に向けて叫ぶ。
「それでも……私の決意は変わりません。私にはこの人を護る義務があります」
「ふっ……そうか。ならば、裏切り者の名を受け……ここで果てるがよいっ!!」
 死天使は足を蹴る。
 それに伴い、空も後ろへと身体を引いた。
「ミカエル様にはそれが出来ない事を、私には分かっています。だから……」
 空はそう呟き、俺に手を伸ばした。
「翔くん! 私の手を掴んで!!」
 訳もわからないまま、空の左手を掴んだ。
 空は右手で絵を描く。
 襲い掛かる死天使の攻撃。
 空が素早く空中に4本の線を入れると、その線は蒼白く光りだした。
 青く光る壁に罅が入り、一瞬にして割れた。
「何をもたもたしている? これで最後だっ!!」
 一振り。
 刃先がスロー再生のように、ゆっくりと振られていく剣。
 空は焦る事無く、冷静に線へ数々のルーン文字のような物を入れ、最後の一振りが終えると、
記憶の接続曲メモリーズ・メドレー
 空のそう言った瞬間、周りの景色が一変した。
 過去の記憶(フィルム)を辿っていくかのようにパラパラと。
 いつもの通学路から、
 最初に渡る橋に変わり、
「何だこれ……?」
 気が付くと、家の前に着いていた。
 一種の瞬間魔法なのだろうか。
「空、何が起こっているんだ?」
「質問は後にして。今は時間がないんだよ? 月がまだ昇ってないから、ウタカナの世界は創れない……となると……」
 空は翼を広げ、手を差し伸べた。
「さあ、行こっか。私の過去の原点、永遠なる空の彼方へ」





「逃げられたか……」
 翔たちを襲った死天使、ミカエルは溜息をついた。
 持っていた剣を下ろし、仮面を外す。
 仮面を外すと、その裏側の顔は美しい白い肌。
 そう、ミカエルは女性であった。
「逃げられたんじゃなくて、逃がしたんだよね? 死天使リーダー、ミカエルさん♪」
 ミカエルの背後から声がした。
 振り向くとそこには制服姿の少女、時羽望が立っていた。
「ん? 何だ、アナエルか……。どうしたんだ? 茶化しに来たのか?」
「いやいや。私は茶化してないよー? 暇を弄びに来ただけ♪」
 にこにこしながら、望は言う。
「だったら、その変なモードを止めろ。こちらの調子が狂う」
 ミカエルは頭を抱えながら溜息をついた。
「だって♪ いつもこのような会話をしてるじゃない♪ ……天使じゃない時はね」
「ふぅ……何が望みだ?」
「天使モードを解除♪ と、いうのはどう?」
「ちっ、私はこちらのモードが好きなのだがな……」
「ふふふ……私は天使じゃない時が好きなんだな♪ ねぇ、竹村佳織さん♪」
「ったく、望には敵わないよ……」
「……やっぱり、追わないの?」
「私はただ神から翔を永劫削除せよと命令されただけ。そして私はその命令を失敗した。それだけのことだよ」
「ふふ、優しい人ー」
「ば、ばかっ。そんなのじゃないって」
 佳織の顔、耳までもが赤くなっていた。
 よほど恥ずかしかったのだろう。
「私がやった事は……ただ、あの子らのお姉ちゃんとしての義務みたいなものだから」
 佳織はオレンジ色に染まる夕暮れの空を見ながら言う。
 その夕暮れの空に何かを思いながらずっと見ていた。





「ここは……」
 空に連れられて来た場所は、月見ヶ丘という山の頂上。
 そしてこの街の一番大きな樹がある場所。
「ここは私一番のお気に入り場所っ♪ そして、ここは本当の私を知っている場所」
 空が微笑みながら言った。
「もう……さよならだね」
「え?」
 風がふわっと吹く。
 空の髪は靡き、その姿は幻想的なものに見えた。
 今の状況が何かとぶち当たる。
 見たことがある風景。
 確か、あれは……。
 ■年■の■■■■の夏■■■事……。
 ……微かに過ぎる文字。
 やっぱり思い出せないか。
 だけど何だか懐かしい……。
 そんな気がした。
「少し運命は変わっても、やっぱり最後は同じなんだよね……」
 空の弱い声が聞こえる。
 そして俺は今の現状に目を瞑った。
 何かから逃げるように。