KEY-18 永遠の天使
Date//2002.7.16(Tue)
空の部屋。
時計の針はもう零時を回っていた。
「何で……こんな事したの?」
俺達が夢現から目が覚めたとき、空からの第一声はこれだった。
それは悲しげに言っているが、心の中では俺を睨みつけている。
そんな声だった。
「いつまでも夢に逃げちゃいけないんだ」
そう俺が答えると、空は何もかもが終わったような感情を抱きながらため息を吐く。
今の空はまるで凍てついてしまった心の様。
俺と最初会った時とは比べ物にならないくらい、表情が沈んでいる。
あの時間が嘘かのように……。
――チク、タク、チク、タク……
時計の針の音だけが響く部屋の中。
一秒一秒、何もしない時間だけが過ぎていった。
「……静かだね」
空がそう呟いた。
窓を開ける。
夜風が部屋の中に入り込み、空色の髪が靡く出す。
夜空に映し出されたのは、欠けた月。
三日月が輝いていた。
そして空はその三日月を見上げながら詩を奏で出した。
その三日月を誰かに例えるように。
――手に届かない遠い月を部屋から見ていた
――手のひらに落ちる一滴の涙
――涙に映るのは弱い自分の姿
――忘れたあの人の背中を探す
――再びその声を夢見た私
――会えることを信じ
――私は再び奏で出す
――私の存在を
――あの人に気付いて欲しいから
――私は永遠に奏で出す
――私の記憶を
一呼吸。
そして空は振り返り俺の顔をじっと見つめた。
何も言わぬまま、ずっと……。
「……夢を見続けちゃ、いけないの?」
空はそう言った。
風があたり空の髪は靡く。
机の上のノートが開き、ページが風でペラペラと捲れている。
その時間さえも長く感じる今。
「翔くんには……この詩の意味、分かるのかな? いや、分からないんだよね……」
空は窓の手をおく。
そしてゆっくりと瞳を閉じて
「この詩を奏でる物語は永遠に終わらない物語。それはこの物語の終点であるフィーネが存在しないから。永遠にダ・カーポを繰り返す。ただそれだけ。だけど、この物語には永遠など存在しないよ。それがたとえ矛盾に満ちた事だとしても、私が言ったことは偽りじゃない」
ゆっくりと瞳を開き、俺の顔を見る。
子どもという無邪気さが消えた空の顔。
空は手を胸にそっと置き、俺に問いかけた。
「私たちの生命は永遠? 違う、私たちの生命には制限、時間がある。寿命という生命の時計が」
薄らかな表情で微笑んだ。
「その時計の針がやがて最終地点に近づく時、私たちは気付くよ。この物語は永遠ではなかったんだって」
しかしその笑みが消える。
そして空は俯いた。
「だけどこの世界は永遠回帰。生命が途絶え、消滅しても、もう一度昔に戻って転生する。これが本当の永遠」
はあ……とため息をつく。
その吐息はこれから言う事は、言ってもしょうがない事かのように。
「永遠は、そう……ただ、ウロボロスの輪のように周りを一周するだけ。終わったはずなのに、気付けば始まりに戻っている。人はただそれが気付かないだけ。だから同じ時間を、同じ過ちを繰り返してしまう」
言いたくない事を言い終えた後の空夢。
よく見ると空の瞳が涙目へと変わっている。
「運命は変わらないと分かっていても……私は……」
雫が流れないように涙を堪えている。
「私は……待ち続けた。探しつづけた。あの人が気付くまで今まで、永遠に。だけど……やっぱりあの人は気付かなかった。私が私である事を。……ずっと私を見てくれなかった」
感情が抑えきれず、空は瞳から涙が零れた。
「だって、そうだよね。運命は変わらないんだもん。同じ事を繰り返しているのに、あの人が気付くはずないんだよね……。だけど、それを分かっているのに……私は待ってしまう。これが、私の過ち……私の罪」
ふぅっ、と一息。
「ゴメンね……翔くん。嫌な話しちゃって……。えへへ、少し話をしたら楽になったけど……少し疲れちゃった……。ゴメン……今は……一人で居させて」
照れながらも疲れた表情を浮かべる空。
そして空は何か詠唱らしきものを唱える。
空の身体は光の粒となり、俺の目の前から消えた。
魔法……のようなものだろう。
何かに耐え切れず俺の前から消えた空。
俺が何もしてやれなかったことが悔いしくてしょうがない。
空の言葉……。
それは俺に対する空の本当の気持ちだったのか、
それとも、兄に対する気持ちだったのか、
それとも、何かの詩だったのかは俺には分からなかった。
ただ分かったことは、
俺に関係があるということだけ。
先程の言葉。
永遠はウロボロスの輪と同じ。
ウロボロスの輪。
それはウロボロスという蛇が自分の尻尾に喰いついて、一つとして繋がっている。
それから例えたのが永遠回帰。
今、この時間を過ごしている俺達が、転生してもまた時間が戻り、同じ時間を繰り返す。
仕草も感情も今と同じように繰り返してしまう。
それが永遠回帰。
ならば、今の時間も永遠回帰に含まれる。
転生しても、俺は同じ時間に空と出会い、今に至っているのだろう。
だが、
空が言っているように、転生前の記憶は無い。
だから、人は同じ時間に気が付かない。
それが過ち。
しかし、少し引っ掛る事がある。
先程の発言はまるで空が永遠を全て見ている様にしか聞こえないからだ。
それとも……本当に空は永遠を見ている?
だけど、この運命の物語には永遠があるのか?
神によって創られた運命。
今、この時の空間、時間も神の手によって。
だからこそ、この物語には永遠は存在しない。
永遠など、存在してはいけない空間のはずだ。
くそっ、分からない。
一体この世界というのは何なんだ?
けど、戻ってきた空に聞いても返答は無いと思う。
考えろ。
俺の脳を一気にフル活動して、何かを考えるんだ。
このキーワードの中で。
永遠、運命、ウロボロス……。
永遠回帰、詩、神……。
空、鍵天使、天使の能力……。
何だ?
何が足りない。
それとも、何かが矛盾しているのか。
――空の記憶は……永遠
「っ!?」
何だ?
さっきの言葉……。
――ダ・カーポが全ての鍵
これは……夢現の時の声?
それとも、俺が誰かの声を無理やり思い出そうとしているのか。
ダ・カーポが全ての鍵と言われても、
そのダ・カーポが思い出せないから、この頭のもやもやが晴れない。
ったく、どうしたらいいんだ?
とりあえず、何か思い出せ自分!!
俺は頭を抑えながら、記憶の糸を辿った。
『この世界は全て神が創った空想で出来ています。そう、ここで私と会うのもシナリオ通りなんです……』
……俺が初めてこの世界の姿を知った空の言葉。
あれ?
何か違う気がする……。
何だ?
この感じは……。
私は家の屋根で夜空を見ていた。
綺麗な三日月が映っている夜空。
でもその美しさは罪のように感じる。
この前の時もこの三日月は綺麗だった。
そして今日も綺麗。
何故、この前と同じ綺麗である事が出来るのだろう。
少し、憎い。
ずっと綺麗であり続ける月が。
でも、それは分かっている。
私が永遠を奏でる天使だから。
鍵天使でも何でもない。
永遠の天使なのだから。
だから同じ永遠も見ている。
この三日月もこの前と同じ。
今日の翔くんもこの前と同じ。
そして……、
「こんな事、考えていても意味は無いよね」
そう呟き、私は翼を広げた。
夜空に映る大きな空色の翼。
翼を大きく広げると、少し気持ちいい。
大きく背伸びをしたような感覚がするから。
身体全体を伸ばし、深呼吸をする。
「ふぅ……。気分が落ち着いたかな?」
そう言ってみると、少しは気分が良くなった気がしてきた。
さて、これからどうしようかな。
――チク、タク、チク、タク……
時計の針の音が聞こえる。
ああ。そうだった。忘れていた。
≪神具構造≫
そう詠い、私の手のひらに一つの懐中時計を呼び出した。
これはこの世界でたった一つの物で、
この物語で私しか持たない私だけの相棒。
「一日に一回は掃除してあげないとね♪」
懐中時計を開け、その内部をハンカチで綺麗に拭く。
――チク、タク♪ チク、タク♪
針の音は喜んでいるように聞こえる。
いや、聞こえているんじゃない。
実際に声として音を刻んでいる。
この時計は生きている。
私が生まれた時から。
ずっと。
「明日は何を奏でくれるの? 永遠を刻む時計……」
私の相棒に語りかける。
そしてこの子は返事をしてくれる。
――チク、タク♪ チク、タク♪
機嫌のいい針の音が夜空へと奏でた。
明日は……あの日。
って、もう零時を過ぎているから、今日なのか。
何をしたら、運命から避けられるのだろう。
私は夜空を見上げながら考えた。
それが変わらない運命だとしても。
「ウリエル……ついに時が来てしまったのですね」
後ろからの突然の声。
この出来事も私は知っていた。
そして、
「そうですね……アナエル様……」
また、同じ一言を私は言った。
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