KEY-17 泡沫〜うたかた〜
Date//2002.7.15(Mon)

 温かい……。
 何もかもが温かい。
 俺は優しい風の中に包まれている。
 これほど心地よいと思ったことは無い。
 全てが……忘れそうなほど。
 嫌な事が……忘れそうなほど。

――逃げるの?

――全てを忘れて、また逃げるの?

 誰かの声がした。
 少し幼く感じる女性の声。
 だけど、今の俺にはどうでもいい事だ。
 この優しい風が全てを忘れさせてくれている。

――その快感に身を任せるの?

 ……うっとうしい。
 どうして、そんなにも俺にかまうんだ?
 苦しく生きるのは、誰も望んではいないはずだろ?

――また……同じ過ちを繰り返すの?

 悲しげにその声の持ち主は言った。
 何だっていうんだ?
 俺が何をしたって言うんだ!?
 過ち?
 そんなもの、俺はしていない!!

――そう。そしてまたあの子を忘れるんだね。

 あの……子?
 『あの子』というキーワードが俺の脳裏に引っかかった。
 何だ……この寂しさと違和感は?
 頭の中で何かの風景が思い浮かぶ。
 そして大きな木の下で、
 一人の少女が立っていた。
 しかし、顔がぼやけていてはっきりと見えない。
 誰だ?
 誰なんだ? あの子は?

――泡沫。

――泡沫のように儚い夢は、全てを忘れさせてくれる。

――何もかも……全てを。

――そして、現実から目を背き、

――儚い夢のように消え去ってしまう。

 声が俺を問い詰めている。
 泡沫のように消えてしまうのか。
 それとも、
 全てを忘れて、楽になるのか。
 これからどうするのかと。
 何なんだよ……。
 俺は……何を忘れようとしているんだ?
 何を!?
 考えても、何も思い出せない。
 全てが『無』となっていた。

――考えただけでは、何も出来ない。

――行動。

――真実を掴むため、行動をしなければならない。

 行動……。
 俺に何が出来る?
 何も分かってはいないのに……。

――だから、私がいる。

 ……お前は、誰だ?
 何で俺を知っているんだ?

――もうすぐ、夢が覚める。

 おいおい。俺の言葉はスルーかよ。

――だけど、これは夢の中の夢。

――この夢から覚めても、また夢の始まり。

――夢に逃げないで。現実を見て。

 ん?
 ここは夢の中だろ?
 何で夢から覚めたら、現実じゃないんだ?

――それは、貴方が言う現実は『夢現』だから。

――さあ、夢から覚めて。

――この夢を忘れないように……。


 ……。
 夢から覚めると、俺の横には空が寝ていた。
 頭がぼおっとしている。
 何か、凄く大切な事を忘れているような……。
 ――思い出せない。
 今、何時だろう?
 テーブルの上にある時計を見た。
 『9:24』
 ……3時間も寝ていたのか。
 ……。
 とりあえず、起きよう。
 俺はソファから立ち上がった
「んにゃ……兄さん?」
 空が目を擦りながら顔を上げる。  どうやら、空を起こしてしまったようだ。
「……?」
 何か変だ。
 この世界は……変だ。
 どうしたんだろういきなり。
 こんなことを思うなんて。
「兄さん、どうしたの?」
 空が寝ぼけながら聞いてきた。
 空の目は虚ろだ。
 俺の姿だけは見えているようだが、周りは見えていない様子。
「いや……起こしてすまなかったな、空」
 そう言って、俺は空の頭を撫でた。
「……ん」
 撫でられた空も嫌そうでもなく、撫でられていることに嬉しそうだ。
 気持ちいいのか、空は目を閉じている。
 また、空が眠りそうな感じがする。
「えへへ……兄さん」
「ん?」
「こんな幸せな時間、いつまで続くのかな?」
 空の言葉に不審を抱いた。
 違和感。
 その理由が今分かった。
「嘘だな……」
「うん? 兄さん?」
「この世界は嘘だらけだ」
「あ……。兄さん……」
 空が悲しそうな顔をする。
 まるで空がこの世界の全てを知っていたかのように。
 この世界は、何かと間違っているんだ。
 そう、この状況もみんな。
「空……夢に逃げちゃダメだ」
「なんで……? なんで夢を見ちゃいけないの!?」
 さっきまでの空が嘘かのように空は凶変した。
 空はこの世界の否定を訴えている。
「私は……兄さんがいないとダメなの! どうして? どうしてこの世界に居てはダメなの!?」
「空……言え。俺はお前の兄さんじゃないんだ!!」
「嫌! それ以上言ったら、この世界が崩壊しちゃう!」
 この世界は『夢現』。
 意識がはっきりしていない世界。
 夢だけど、現実のような世界。
 この世界の過ちそれは。
「俺の名は天野翔! 運命の子フェイタリィ・チルドレンだ!!」
「あ、あぁ……」
 俺が“運命の子フェイタリィ・チルドレン”であり、空は……
「空は“鍵天使キーエンジェル”だろうが!!」
「……ばか」
 空は決して、二人きりのときは俺のことを『兄さん』とは言わない。
 それが、一番間違っていたこと。
「翔くんの……ばか……」
 そして世界が崩れた。