KEY-16 夢現〜ゆめうつつ〜
Data//2002.7.15(Mon)

「――さん」
 ん……。
「兄さん、朝だよ?」
 う……。
 誰かに起こされている。
 俺は眠いのに。
 誰だ? 俺を起こしているのは?
 ……誰であろうと構わない。
 俺は眠いんだ。
 俺は騒音から逃れるため、布団に潜り込んだ。
「……はぁ。いい加減起きないと、不幸なことが起きるよ?」
 その声の持ち主は、俺に何かを警告した。
 まるで何かしますよ。みたいに。
「それでも……俺は眠い」
「そうですか」
 声の持ち主がそう呟いた。
 それは意味深な言葉だった。
―ガチャ、
 ドアを開ける音がした。
 多分、俺を起こしていた者が廊下へと出たのだろう。
 それからというもの、俺を起こしには来ない。
 まったく起きない俺に呆れたのか? それとも俺に恐れを成したのか。
 まあ、良い。
 これで俺のエターナルスリーピング、つまり快眠が出来るという訳だな。
 ふぅ。寝ることは心地よい。
 ふかふかのベットと、風を涼しく通す上布団。
 これはベストマッチと言えようか。
 まさに寝具の中の神具!
 そして俺に優しく眠気を襲ってくれるアイテムでもある。
「ビバ、俺の快眠……」
「いっそのこと、永眠でもすれば?」
 誰かの声がしたかと思うと、その刹那
「――っ?? がふぁふぇいお!?」
 声が上手く言えないほど、俺の額に何か冷たい物が当たった。
 冷たさはいっきに痛みと変え、
 熱さへと変わる。
「ぎゃーっ!!」
 飛び起きてみると、上布団には氷がたくさん転がっていた。
 いや……気化している。ドライアイスかっ!?
 まったく、何だって言うんだ……。
 俺を火傷、若しくは窒息死にする気だったのか?
「やっと起きたね♪」
 俺の姿を見て笑う者が一人。
 言わなくても分かる。そいつは俺の妹。
「空? 何で、俺の深い夢の世界への誘いを邪魔するんだ?」
「だって、暇なんだもん」
 笑いながら、そう言った空。
 暇だから起こした?
 たまったもんじゃないぜ。
 俺の日課は寝ることから始まって、寝ることに終わる。
 これが俺の素晴らしき生活!
「頼む、俺に眠らせてくれ……」
 俺の人生が終わってしまうんだ。
「はぁ……そんな廃人生活、私が黙っているとでも?」
 そんなことは分かってる。俺は言われなくても廃人だ。
「頼む、黙っていてくれ……」
「折角の夏休みなのに……」
 空はしょんぼりする。
 何か楽しみにしていた物を、突然中止された時みたいに。
「そう、がっかりするのは止めてくれ……」
 ものすごく、罪悪感を感じる。
「兄さんが悪いんだよ……?」
 つぶらな瞳がこちらをずっと見続けている。
 少しだけ、瞳がうるうるしていた。
 おいおい……。
 俺の弱点だと知って、わざとやっているのか。
 それとも……
「分かったから……。起きてやるから、そうめそめそするな」
「ん♪ じゃあ、私はミルクでも飲んでいるから、そのうちに兄さんは着替えておいてね♪」
 空はそう言って部屋から出て行った。
 ああ。さっきのは嘘泣き決定。
 どうも、男というのは女の子の泣き顔に弱い。理性のせいか?
「ったく……」
 不機嫌ながらも、俺は早々私服に着替える。
 寝間着のままで、二度寝という選択肢もあるが、それをやると空の機嫌がかなり悪くなるので不採用。
 ああ……。俺って、妹に手が上がらないよな……。
 このままでは、兄の威厳が……って、もともと無いか。
 ラフな格好に着替え、鏡を見た。
 うむ。今日の俺も決まっているではないか。
 髪の毛も跳ねてないし、清潔感漂う格好。
 パーフェクトだぜっ。
 ……後は洗面所で顔を洗うぐらいか。

 顔を洗って、リビングへと入る。
 そこにはテレビを見ている空が居た。
 テレビに集中しているのか、俺が入ったことに気がついていてはいない。
「ふふっ。あははー」
 面白い場面なのか、空は笑っていた。
 人を散々弄んで……当の本人はそれか。
 ……今がチャンスだな。
 さきほど空には、夢への誘いを邪魔されたんだ。
 今度はこっちが脅かしてやる番だ。
 こんな事もあろうかと、リビングには素敵アイテムを仕組んでおいていた。
「ちゃかちゃかちゃん。玩具のゴキさん〜」
 某、青い○型ロボットの声真似をし、俺が出したのは玩具のゴム製のゴキ。
 そして玩具の癖に、ゴキを素晴らしく精密に再現。触覚も動いているという優れもの。
 勿論、ゴキさんというのは、みんなの恐怖の大王、あの黒い物体である。
 これを作った人はまさしく神だろう。
 だが、これを何の為に作ったのかは知らないが……。
 このゴキを今使わずにいつ使う!?
 作戦開始!
 空に気付かれぬよう、忍び足で空へと近づく。
 ……今考えて見ると、少し空が可愛そうな気が……。
 ……絶対泣くな。マジ泣きしそうな予感がする。
 だけど、やられたままというのも、俺のプライドが廃れる。
 心を鬼として、例のゴキさんを空の肩へと置いた。
「んっ?」
 肩に何かが当たった感触で、こちらに気付く空。
 そして自分の肩に何かがあることに気付く。
「…………」
「…………」
 その時、時間が止まった。
 空の見つめる方向には、玩具のゴキさん。
 そのゴキさんの触覚はゆらゆらと動いている。
 空の顔が硬直する。
 そしてぷるぷると体が震え……
「――っ、○x▽@Sf□?!!!」
 言葉にならないほど、空は驚いた。
 空の肩からゴキさんが床へと落ちて、ゴキが空へと向かい再び動き出す。
 って、動くのかよ!?
 素晴らしい出来上がりに思わず心で突っ込んでしまった。
「兄さんっ、ゴキっ!! ゴキさんがいるよ!? 早く退治してよ!?」
―カサカサカサ……
 ゴキさんは空へと向かい動いている。
 まさか俺の念力(熱いスピリッツ)が、こいつを動かしているのか!?
 ……な訳ないか。
「にゃあーーー!? 何でこっち来るの!?」
 顔を赤く染めて、涙目の空。
 俺に速く退治しろと、アイコンタクトをしている。
 だが無情にも、空へと近づくゴキさん。
 俺には、こいつを止めることは出来ない。
 だってこの状況、一生に一度に有るか無いかだ。
 もう少し楽しもう。
「兄さん……、早く……早くぅ……退治してぇ……」
 身体に力が抜けたのか、へなへなと床へと座り込む空。
 ……だんだん、可愛そうに見えてきた。もともと、分かっていた状況なんだが。
 仕方ない。あれを出すか。
「……ん?」
 俺が出した物。それは、ドッキリ成功と書かれている板。
『ドッキリ成功。どうだ、参ったか?』
 裏返す。
『ちなみに、そのゴキは玩具です』
 それを見た空は、唖然とする。
 そして……
「ぅ、ぅぅ……」
 泣き出した。
 マジで!?
 本当に泣き出した!?
「お、おい……空……」
「兄さんの……ばかぁ……」
 本当に泣かせてしまったのか。
 そんなつもりはなかったけどな……。
「ご、ごめんな……。出来心で……」
「ばかぁ……」
 空はそう言いながら立ち上がり、ふらふらと歩き出した。
 そして、
「痛い目に会わないと……許さないから……」
 ちょうど、そこには大きな置時計があって。
 それを空は手に取った。
「おいおいおいおい……。マジかよ」
「ばかぁ!!」
 俺に向けて振りかざす。
「あ……れ……?」
 当たってない。
 残り数センチの所で、時計は止まっていた。
―ゴツッ!!
「いてぇ!!」
 時間差かよ!?
 と心の中で突っ込んだ。
―ドサッ
「およ?」
 何かが倒れた音。
 見ると、空が倒れていた。
「空っ!? どうした!?」
 俺はすぐさま空の身体を抱き上げた。
「すぅ……すぅ……」
 と寝息が聞こえた。
 もしかして、寝た?
 こんな状況下で?
 試しに空の頬を摘んでみた。
「……にゅう」
 呆れた。心配して損した。
 うちの妹はちゃっかりと熟睡中です。
 そういえば、どんな時でも空はすぐに寝ることがあるよなぁ。
 きっと泣き疲れて、寝たんだろうな。
 小さな身体をソファへとゆっくり置いた。
「ふぃー……」
 気持ちよく寝てるし……。
「ったく……」
 俺も何だか、眠たくなってきた。
 今、何時だ? テーブルの上にあったデジタル時計を見る。
『6:22』
 そう表示してあった。
「眠いはずだ……」
 俺たちは朝からそんな事していたのか?
 相も変わらず、暇人だったな。
「……にふぅ」
 空の手が俺の腕に絡んできた。
 ……拘束されたな。
 この事態はある意味異常だが……。
「ふぁぁ……。眠い」
 俺も眠気には勝てなくて……
「おやすみ、空……」
 再び、夢の世界へとついた。