key angel-鍵天使〜永遠なる空の彼方で〜 KEY-12 ロストページ
KEY-12 ロストページ
Data//2002.7.11(Wed)

「兄さん、起きてってば!」
 ――ん。
 誰かに起こされる。
 ……だけど眠い。
 この涼しいクーラーが、俺に睡魔を与えてくれる。
 ……。
「……お休みなさい」
「さっさと起きろー!!」
「ぐえっ!!」
 俺の頭に何ともいえない痛みが走る。
 誰かに殴られた。
 ものすごく強い力で。
「いてててて……」
 頭を上げる。
 目の前には、空と佳織の姿。
 殴った強さからして、佳織がやったと推測した。
「学校、終わったわよ」
「はい?」
 佳織の口から思わぬ発言。
 何だって?
 学校が終わっただと?
「What time it is now?」
 俺はちびっこにそう言ってやった。
 ふふ、ちびには分かるまい。
「4 PM. It is after school now.」
 空はスラスラと英語を喋る。
 しまった。空は英語マスターだったんだ。
 しかも、何言っているか分からない。
 俺、英語は「今何時ぐらい?」しか覚えてないんだった。
 自分の哀れさにノックダウン。
「英語分からないの? 今は四時だよ。四時」
 四時?
 そんな馬鹿な。
 さっきまで俺は――
「あれ?」
 何をしていたか覚えていない。
 確か……水泳……やってたよな、俺達。
 それで……それで……。
 ああっ! 記憶が曖昧だ!
 どうしたっていうんだ? 俺は……。

――そして、またページを失う――

「――っ!?」
 聞き覚えのある声。
 俺の記憶の片隅に残っている誰かの声。
 誰だ……?
 俺を苦しめているのは?

――これは輪廻――

 頭に響き続けるその声。
 その声は切なくて、

――繰り返される永遠――

 虚しく聴こえた。
 俺を呼んでいるのは……誰だ?
「さっさと帰ろうよ、兄さん」
「え? あ、ああ……」
 空の声を聞いて、やっと我を取り戻した。
 そんな俺の行動を見て、空は不思議に思っている。
「変な兄さん……」
「翔は元から変よ」
「それもそうだね」
 空と佳織は楽しそうに話している。
 俺の話をしていたみたいだが、構う気力も残ってない。
「……やっぱりおかしいよ。今日の兄さん」
「翔っ! アンタ、何か変な物でも食べたの!?」
「いや……」
 そんなの食べるはずがない。
 食べたといえば、空が作った弁当ぐらいだ。
「兄さん、大丈夫?」
 空が心配そうな顔をして、俺を見る。
「大丈夫だ……」
 本当は大丈夫じゃないんだけど。
 これ以上、空には心配を掛けたくない。
 負担を掛けたくないんだ。
「佳織お姉ちゃん、今日の予定は……」
「分かってるって。今日はその馬鹿を休ませて頂戴」
 空の言いたい事が分かったか、佳織は空にそう言った。
「ありがとう。佳織お姉ちゃん」
 空は佳織に礼をして、俺の腕を掴んだ。
「さ、早く帰るよ」
「俺は大丈夫だって……」
「そんなの嘘だよ。私、分かるもん。兄さんが嘘をついてるって」
「空……」
 何で、俺をそんなに構うんだ?
 こんな俺を……。
 空の方が苦しいっていうのに……。
 どうして……俺なんかに……。

――それは、あなたが心配だから――

 この俺をどこかに導くような声……。
 一体、誰なんだ?
「さて、周りに人も居ないみたいだから……」
 空は周囲を見渡し、人が居ないか確認した。
 人が居ないことを確認すると、「すぅ……」と深呼吸をする。
 背中に力を込める。
 刹那。
 背中には大きな空色の翼が。
「今日は飛んで帰ろ? ねっ?」
 俺の手を優しく掴む。
 その小さな手で。
 そして飛ぶ。
 広大なる空へ。
 果てしなく永遠に広がる空へと。

――ロストページ――

――失ったページは元には戻らない――

 また……声がする。
 この声は……詩なのか?

――あの頃の記憶も――

――あの時の思い出も――

 これは……
 詩を……奏でているのか?
 一体誰が? 何の為に?
「空……」
「んー? どうしたの? 翔くん?」
 空はここにいる。
 詩は奏でていない。
 空じゃなかったら、一体誰が?
「どうしたの?」
「詩が……聴こえるんだ」
「詩?」
 空は頭を傾げた。
 どうやら、空には聴こえてないらしい。
 聴こえているのは俺だけのようだ。
「どんな詩?」
「……とても哀しい詩だ。ロストページは元には戻らない。そんな詩」
「……そう」
 空はそう呟くと、黙り込んだ。
 何を考えているのかは分からない。
 もしかすると、空は何かを知っているかもしれない。
 だって、空も“詩を奏でる者”だからだ。
「……知ってるのか?」
 空に問う。
「……私の口からでは言えない。それは、翔くんが気付かないといけないものだから」
 空は知っているんだな。
 この声の持ち主を。
「そうか。なら良いんだ」
「うん……。ごめんね。頼りにならなくて」
「十分に頼りになったよ。今度は俺だけで見つけないといけないな」

――それが、求めてない真実でも?――

 また声が聴こえた。
 その声は否定。
 来るなと言っているかのような声。

――それが、認めたくない事実でも?――

 それとも……。
 これは……。
 俺を試している?
 分からない。
 それに……頭がぼおってしてきた……。
 視界が揺らぐ。
 世界が回っているようで気持ちが悪い。
「翔くん?」
 空の声。  だけど、俺には……上手く届かず。
 俺は……
「翔くんっ!?」
 ……声が聴こえる。
 それが誰の声か分からない。
 ただ、声が聴こえる。

――ロストページ――

――ページを失えば、記憶はなくなる――

――だけど、ページがない理由には意味がある――

――知られたくない内容がそこにある――

――消しゴムで消しても、跡が残る――

――だから燃やす――

――永遠に残らないように……――


「兄さん……お願いだから……起きてよ」
 少女の声がする。
 その声は掠れていて。
 その声は訴えていて。
 俺の身体に水滴が零れた。
 これは……涙?
 少女は泣いているのか?
「兄さん……」
 少女の声が虚しく響いた。