key angel-鍵天使〜永遠なる空の彼方で〜 KEY-09 時羽望
KEY-10 この世界の全て
Data//2002.7.10(Tue)

「まだ、完全に天使の事を知っていない様子……。これから、私が全てを話しましょう。もちろん……空の事も」
 時羽はそう言った。
 とても悲しそうな声で。
 この世界の全てを知っているような瞳で。
「まず、空はこの世界の事をどこまで話しましたか?」
「は、はいっ。えっと……この世界は神様の手によって創られた物。そして人の運命までもが創られた物だったこと。だけど運命に逆らう人が出来てしまった。それを関渉、修正するために私たち鍵天使が創られた……。ここまでの事を話しました」
「宜しい。では、まだ他に天使が居ることは言ってないのですね」
「は……はいっ。望様」
 空が緊張しているように見えた。
 多分、空の格と時羽の格が大きく違いすぎるのだろう。
 だからか。
 初めて時羽と出会った時に驚いていたのは。
「さて……何から話しましょうか?」
「あ……あの……」
 俺はある事が気になり、恐る恐る聞いてみた。
「何でしょうか?」
「服……着替えないんですか?」
 いつまで水着姿で居るんだろう、この人(天使)たちは?
 俺にとったら、それが目の保養にしか過ぎないわけで。
 まあ、空のほぼ(9割9分9厘の)ぺったんこな胸を見ても誰も興奮しないけどな……。
「あら……そうでしたね。では、着替えてきましょうか。空」
「は、はい。分かりました」
 二人はそう言って、リビングを後にした。

―俺、妄想中……。
―俺、妄想中……。

「さて、着替えて来ましたので、本題のほうを……」
「ちょっと待てっ! 何だ、さっきの『なうろーでぃんぐ』みたいな区切りは!?」
「あら、何のことですか?」
 時羽が軽く笑い返す。
 空も何言っているの? と言いたそうな顔をしていた。
 まるで俺が間違っている事を言っているようじゃないか。
「いや、何か……とても俺の人柄を間違われるような説明が入ったような……」
 確か、『俺、妄想中……』とか不愉快なことを言われていた気が。
「ふふ、さすが“運命の子”といったところでしょうか。私の“設定変更シナリオチェンジ”の力を見抜くとは」
 俺を見直したかのような口調。
 空は嘘っ!? と言いたそうな表情をしていた。
 空には気付いていなかったのか?
 もしかして、さっきのは事前のテストだったりするのか?
 ってか、何だ? 設定変更って?
 様々な疑問が俺の脳裏に浮かんだ。
「さて……私たち、調天使の話でもしましょうか」
 時羽はコップを片手に喋りだした。
「調天使とは先程言いましたように、この地を保護し、律する天使のことです。この世界で云われる権天使の事ですね。そして、私はいつの日かアナエルと呼ばれるようになった。ここまでは復習ですね。天野君、何か質問は?」
 麦茶を飲み一呼吸。
「えっと……アナエルと言うのはもしかして……」
「アナエルというのは、人が勝手に付けた名ですから気にしないで下さい。本当の名は望です。気軽に望と呼んでいければ良いですよ」
「いや……そういう事では……」
 アナエルというのは権天使の中の指揮官クラスに居た天使の名のはず。
 じゃあ、目の前にいる時羽はすごい人(天使)なのか?
「あなたが思っているほど、私はクラスが高い天使でもありませんよ。だから、気軽に望と呼んで頂ければ良いですよ」
 俺の思ったことを察してか、時羽はにこっと優しい笑顔で言った。
 おお、心が癒される笑顔だ。
 やっぱり、こういうのが天使と言える存在だろう。
 それに引き換え、あのちびっこは。
「ん? どうしたの?」
 どこから見ても天使には見えないな……。
 何というか……従妹が遊びに来ているよう見える。
 今にも何か我侭を言いそうな雰囲気だ。
「さて、質問も無いようなので、次の課題へと移りましょうか」
 ……。
 どうも、慣れないな。今の時羽の口調は。
 いつもの時羽なら、「質問は無いのかなー? じゃあ、次いこっかー♪」なハイテンションの口調で進んでいくんだからな。
 これが天使面というやつなのか?
 裏表が激しすぎる……。
「今回は調天使について話しましょう。……では、空。調天使について答えてみて下さい」
「ふ、ふぇっ!? ごほごほ……。 わ、私ですか!? ごほごほ……」
 麦茶を飲んでいた空は、時羽に急に指名されてしまい、咽てしまった。
 今も空は顔を赤く染めて喉を抑えている。
 ってか、何だかこれって学校の先生とその生徒みたいな風景だな。
「そ、そうですね……。調天使はその地、つまり管轄範囲内のバクを修正する役目が与えられていたと……思いますけど。どうでしょうか?」
「宜しい。ほとんど合っていますよ、空」
 空は良かったと、一安心する。
「先程の事を簡単に述べますと、オプションの修正・修復・削除が調天使の役目なのです」
 時羽が丁重に言ってくれるが……いや、俺には全く理解不能。
 簡単に述べてないし、オプションが何を指しているか分からない。
 この事を言おうと思っても、口に出ないな……。もし言ったら怒られそうだし。
 ほら、優しい人が怒るとものすごく恐いじゃないか。
 あれと一緒だよな……今の時羽って。
「オプションというのは……、ゲームのオプションと同じ意味ですよ」
 よく、俺が考えていることが分かることで。
「ゲームのオプションと?」
「環境設定と思えば分かりやすいと思います」
 環境の設定……。
 文字のメッセージスピード。
 文字のフォントスタイル。
 キーコンティグ。
 グラフィックオプション設定。
 スキップモードは概読か未読か。
 ……オプションというのは考えただけで、いっぱいあるじゃないか。
「あと、もう一つ……死天使というのがあります」
 時羽は麦茶を飲み一呼吸。
「死天使とは簡単に言えば……“死神”でしょうか。人の概念AI……つまり“人の魂プログラム”を完全消滅させる役目なのです」
 死神……か。
 聞こえはあまりよくないな。
 死天使……それだったら堕天使のように聞こえることもない。
 だけど……。
 一つ気になることがある。
「運命の子を削除するのは鍵天使の役目ではないのか?」
「あれ? 私、翔くんを削除するって言ったっけ?」
 空が「あれー?」と呟きながら、頭を掻く。
 ……どうだっただろうか。
 言ってたような言って無かったような。
 ああ、頭の中が混乱してきた。
「鍵天使とは運命を見届ける者。運命から外れないように導く者。つまり、管理・修正を扱う天使ですよ」
 時羽が俺に優しく教えてくれた。
「そうだよっ。私は修正するために来たーって言ってたよ?」
 空が不機嫌な顔で俺に抗議する。
 何なんだ? この天使の差は?
「さて……一通り天使を言いました事ですし……。まとめておきましょうか」
 ……分かったからまとめなくても良いよ。
 と言ったら間違いなく怒るだろうな〜……。
「まずこの世界の中のキャラクター、それが天野君です。だけど、天野君はシナリオ通りに動いてくれないどうしようもないキャラです。そしてそのキャラを管理・修正するために創られた鍵天使。鍵天使というのはサポーターの役割ですね」
 時羽は笑顔でそう言った。
 いや、笑顔で言っていたのは良いが、さっき微妙に毒舌を吐かなかったか!?
 こえぇ……。恐いよ時羽さん……。
 俺は今、あなたの素顔が一番知りたいですよ……。
「そして、その運命の子によって狂わせた環境設定を修正・修復・削除するのが、調天使の役目です。簡単に言えば、アップローダーでしょうか」
 微妙に世界観がパソコンになっているのは気のせいか?
「死天使とは最後まで諦めなかった“運命の子”を削除する者。つまり、コンピュータウィルスを撃退するワクチンソフトと言えばいいでしょうね」
 完全に世界観がパソコン内ですな。
 最初のキャラとかはいつの間にかウィルスになってるし……。
 俺はウィルスじゃないって!
 そう言うと、キレそうだな〜……時羽。
 ……さっきから、こればっかりだ俺。
 俺って、女の子より弱い存在なのか?
「あら、どうかしましたか?」
 時羽が笑顔で俺の顔を見る。
 あの笑顔には……逆らえない。
「いや、なんでもないっす……」
 決定。
 俺は女の子より弱い。しかし他の野郎どもより強い。
 野郎ども以上女の子未満的な存在の俺。
 野郎には厳しく、女の子には優しいというプラス点。
 そして一生、女の尻に敷かれるかもしれないというマイナス点。
 ……俺っていつも損な役だ。
 どうせ俺は女の子より弱いんだ……。
「あ、翔くんがしょげてる」
「あらあら」
「どうしておきますか?」
「放置しておき――」
 時羽は何かをひらめき、「んー」と呟いた。
 そしてにっこり。
「偶然にも良い提案が浮かびました」
 時羽のその笑顔の裏には何かがありますよという顔をしている。
 とても分かりやすい。
「空、ちょっと耳を貸して下さい」
「何ですか?」
 時羽は空に何かを吹き込んだ。
 何かを。
「ええっ!? でも……私も恥ずかしいですよぉ」
「いつもやっていることじゃないですか」
「そんなぁ……急に言われても」
 空は顔を赤く染めてためないながら言った。
「天使法令12条、5番、《天使は何事にも動揺せず、愛しい者のために最善を尽くすこと》です」
「12条に、5番ってありましたっけ?」
 さっきからこの人たちは何をやりとっているんだ?
 頭の回転が遅い俺には理解不能だ。
「無いです。私が先程決めちゃいました」
 時羽は笑顔で言う。
 何ていう理不尽さ。そしてその笑顔。
 絶対に切り抜けれない連鎖コンボではないか。
 ……それにさっきからずっと見ていたけど、瞳を開けてないじゃないか。
 瞳を閉じたまま、ずっとにこにこしながら。
 もしかして瞳を開けたら、地球が崩壊しちゃうんじゃないか。
 ……可能性はある。
 だって、時羽だもんな。
「さあ、実行は早く済ますほうがいいですよ。心の傷はとても深いのですから。さあ、ぐっさりと心に癒しの風を」
 時羽は慈悲の言葉をかける。
 慈悲の言葉……か?
 そして、俺の前に空が寄ってきて。
 頬を赤く染めながら、
 小さな身体をぷるぷる震えさせながら。
「兄さん、心の中に苦しみを一人で抱え込まないでいいよ。私も兄さんと一緒に居るから……、私にも苦しい気持ちをぶつけていいから……」
 ……。
 空が変な事言っている。
 っていうか、台詞が恥ずかしい。
「だから、私は――」
 空の意識が朦朧としていた。
 起きなくちゃ、と思っても目の前がぼやける。
 疲れが今頃きたのか、
 それとも恥ずかしい台詞に拒絶したのか、
 それとも眠たいだけなのか、
 空は何かを言おうとしてそのまま俺の膝に蹲り眠った。
「ありゃ……?」
 本当に眠った。
 頬をぷにぷに突いても、起きない。
 頭を撫でても起きない。逆に気持ちよさそうな顔をしている。
「あら、本当に仲が良いのですね。それほど縋りたがるなんて」
「いや……これは何というか……」
 あなたが仕向けたんじゃないんですか?
 そう言いたいけど、言えない俺。
「鍵天使というのは……」
「え?」
 今までに無い、真剣な声。
「鍵天使というのは、“定めの書”を持つことによって、その対象者に大量の力を注ぎ込んでしまいます。それ故に、体力の消耗が激しいのです。この意味が分かりますか?」
 ああ分かる。苦しいほど分かる。
 だってその意味は……、
 空の身体を壊していると同じ意味と聞こえてしまったからだ。
「元々体力がなく、小さな身体です……空は……」
 時羽の言葉はとても真剣で、
 俺に警告しているかのように聞こえた。
「それでもあなたの事が心配で、強い素振りをしています。本当はとても弱いのに……」
「時羽……俺はどうしたら良いんだ?」
 俺に出来ること。
 それは契約をして、空を助けたい。
 空の喜ぶ顔を見たい。
 だけど……、
 その選択肢は止めろと俺の中にある何かが呼んでいる。
 もう二度と空に逢えなくなるような気がするんだ。
 すると迷っている俺を時羽は優しい笑顔で
「それは天野君が決める事。私が指図する義でもないのです。運命の輪の中心はあなたですから」
 そう言ってくれた。
 膝で寝ている空を見る。
「くー……」
 とても気持ち良さそうに寝ていた。
 俺は……空にしてあげることが何も出来ない男だ。
 けど……
「必ず、俺は運命から逃れてみせる。そして、最高の結末を掴んでみせます」
 これが俺の意思だと思う。
「そう、それがあなたの意思……。なら、最後まで抗いてみせなさい」
 そう言うと時羽は立ち上がった。
「もう帰るんですか?」
「ええ。長居をし過ぎたようですので……。それに仕事もありますし」
 大きく広げていた翼を、隠すかのように小さくした。
「あ、少し忠告しておきますね」
「何ですか?」
 時羽の妙な笑顔。はっきり言って恐い。
「空を可愛がって下さいね。ちゃんと接してあげないと、その子壊れちゃうかもしれない。……だって誰も孤独は好きじゃないと思いますから」
 孤独。
 俺と会うまではそれが普通だった少女。
「あと……」
「後?」
「傷付いたら、責任とって下さいね」
「ぶはっ!!」
 飲んでいた麦茶を思わず吐き出してしまった。
 何てこと言うんだ? この人(天使)は?
「ふふっ、冗談です。では、また逢いましょう。天野君」
 そう言い去って、後に残ったのはもどかしい気持ち。
 何だかな……。
 俺は下を向く。
「むにゃむにゃ……」
 幸せそうな顔をしている空。
 その笑顔はいつまで続くのだろう。
 俺に残された時間は残りわずか。
 この平和の時間がいつまであるのだろう。