――キン、コン、カン、コーン……
「今日はここまで」
「「「起立、令、終わりましょう!!」」」
野郎どもが教室から一斉に飛び出した。
バカみたいに窓から飛び降りる奴もいる。
見慣れた風景。昼休みの奮闘。
さて、俺も何か買いに行くか……と、立ち上がろうとする。
だが、やはり立ち上がれない。身体が鎖に拘束されているかのように。
そう、昨日と全く同じ現象。
そして俺の隣の席で、弁当箱を二つ出している空。
ピンク色の包みと青色の包み。
多分、俺の分も入っていると予測できる。
そしてまた空が俺に何かをしたと推測ができる。
「翔、一緒にご飯食べよっか」
椅子を持ってきた佳織が言った。
「天野くん、席くっつけても良いかな?」
自称クールビューティー美少女、時羽がにこにこしながら言う。
だが、「くっつけても良いかな?」と言う前から、席がくっついていたことはスルーですか?
何か矛盾しているんですが時羽さん……。
「かちゃ、かちゃ、がしゃーん♪ ちゃきーん♪」
しかもくっついているのに、また妙な効果音言ってるし……。
その前に、お前たち二人の行動パターンは一つしかないのか?
昨日行った事と一緒だ。
だが、今日は昨日と違うことが一つある。
それは……
「よお、翔。俺もその楽園に混ぜてくれ」
瞬が居る。しかも、事前に買ってきていたパンを持って。
楽園というのは、このクラスの美少女たち(女神)が揃っているからで。
俺にとったら、『腐れ縁の幼馴染+不思議系少女+ちびっこ天使』にしか過ぎない。
と言う事は、俺の彼女でもない訳で。
「どうぞ。俺はいつでもフリーだ」
今なら恋人募集中だ。
……分かっていると思うが、野郎は対象外だ。
「なら、空ちゃんは俺が頂く」
そう言って妙なスマイルで空に近づく犯罪者A。
それを俺がみすみす逃すはずが無い。
「却下」
俺は空に近づいている瞬の顔を手で止める。
「何故!? この完璧までに仕上がったこの俺に何を求めるのだ!?」
お前が完璧ならば、俺は神だな。というツッコミを言いたいところだが、本当のところを俺は話す。
「空のタイプは、自分より背が小さい人だそうだ。残念だったな瞬」
「くうぅぅぅ!! 俺があと、37センチ小さければ!!」
その発言は止めたほうがいい。
目の前にその対象者がいるんだぞ?
「悪かったですね。私の身長が131センチしかなくて瞬先輩?」
瞬先輩のところのトーンを上げて言う空。
その発言は、かなりダメージが大きい。
瞬が焦っている。
「や、やだなぁ空ちゃん。さっきのは軽いジョークだって……」
「冗談ならば、より質が悪いです」
「ぬぉぉ……」
おお、瞬の顔が崩れている。
これはかなりのダメージがきているようだ。
「空……」
俺は空の方を軽く叩き、ひそひそ声でこう言う。
(瞬は、ああ見えてピュアな心の持ち主だ。だから、これ以上子悪魔的な発言を言うと、いつか壊れてしまうかも知れん)
(そうなの? だったら、もうそろそろ止めておくね)
(いや、壊しても構わん)
(え? ……壊しても良いんだ)
空はクスッと笑い、瞬の方をへくるっと振り向いた。
「ゴメンなさい、瞬先輩。意地悪なこと言って」
「へ……?」
瞬は予期せぬ言葉に驚いた様子。
「これから、ずっと良い友達で居ようね♪」
『友達で居ようね』
その言葉は未来永劫、恋人になる気はないって事だよな。
空も天使の癖に子悪魔的な発想をお持ちで。
だが……その言葉が瞬に効くとは思えないのだが。
ほら、瞬のあの顔……。
さっきまでの崩れ去った顔が、いつの間にか太陽のように輝いてるぞ。
「そうか! 友達では居てくれるんだな!!」
以外に精神的に強いやつ……。
「恋人はまずは友達からと言うじゃないか!!」
以外にポジティブ思考なやつ……。
「と言うわけで、翔! 今からお前のこと、お兄様と呼んでも良いよな!?」
「昨日よりやばくなってるじゃないか。却下」
昨日は確か、『お兄さん』だったはずだ。
「そんな事を言わないで〜。お兄様」
「気色悪い!! 今すぐ止めろ!!」
瞬は「何だ、つれない奴だな……」と呟きながらパンを齧る。
って、さっきのは冗談だったのか? 本気に聞こえたんだが。
「えっと……そういえば空ちゃん」
弁当を食べながら佳織が言う。
「なーに? 佳織お姉ちゃん?」
「明日、水泳の授業あるけど、空ちゃんは水着持ってるの?」
「えっ? 明日プールがあるの!?」
あ、忘れてた。と思っていそうな空の驚いた顔。
何をそんなに驚いてるんだが……。
「もしかして……水着持ってないとか?」
「……うん」
「じゃあ、今日の放課後に水着を買いに行きませんか?」
放課後の予定を立てる時羽。
そして水着が買えるのは、うちの学校の水着は指定してないからである。
別にスクール水着じゃないなくても良いのだ。
……ただ、スクール水着じゃないと嫌だと抗議する野郎どもがいるが……。
「でも、私……、そんなにお金持ってないし……」
「大丈夫だよ。お金は私が全部出してあげるからね」
そう時羽は言った。
おごりとは時羽も利くな。
確か、噂では時羽の家は金持ちらしい。
そして暴力団体のボスの娘という噂もある。
そこだけは謎に満ちた少女だ。
「でもでもっ、私……」
何でそんなに遠慮したがるんだ?
時羽がお金を出しても良いって言うんだ。素直に行くと言えば良いものを。
「空は泳げなかったっけ?」
俺がそういうと怒った顔でこちらを睨む。
「違うよ! 私、泳げるもん!!」
「なら、何で買いに行かないんだ?」
俺がそう言うと空は困った顔をする。
そしてひそひそ声で
(翔くん。私、天使っていうこと忘れてない?)
そう言った。
は?
空が天使であることを忘れてないかだと?
忘れるはずがないじゃないか。
あのリトルウィングを見せられたのだから。
ん?
天使……。翼……?
まさか!!
(空、まさか……翼を隠せないとか言うのか?)
(一応、隠せることは出来るけど……。いつ、力が解けるか分からなくて……)
(空の翼って、そんなに力を要るのか?)
(そうだよ……。隠すのにも神経使うし、飛ぶのにも神経使うんだよ? 小さな翼の時が一番楽な姿勢なんだよ……)
(そうか……なら休むか?)
俺がそう言うと、空は「んー……」と唸り、黙り込んでしまった。
何をそんなに迷っているのか……。
そして、放課後。
空は決断できず、そのまま水着を買いに行くことに決定。
佳織は「ゴメン、用事が出来た」と言って、帰ってしまった。
俺と空と時羽で水着を売っている店に行く。
当然もって、俺は店の外で待っていてと言われる。
そして俺が居る理由が分からない。
……もしかして、俺って荷物持ち?
これも男の定めってやつですか?
……。
…………。
………………。
遅いな。水着を選ぶのには時間はとても掛かるのは分かっているが……。
俺にとったら、いつ時羽に空が天使だとばれるか心配で……。
「おまたせー。さあ、天野くん帰りましょう」
いつの間にか店から出てきていた時羽。
そして後ろに紙袋を持っている空。
というか『帰りましょう』って時羽の家は俺の家とまったく正反対なんだが。
「大切な用事もあるし……ね」
「へ……?」
大切な用事?
俺に何か用事でもあったか……?
それとも……空の?
「空……ばれてはないよな……」
「うぅ〜〜……」
何も言い返さない空。
そのまま涙目で唸っているだけ。
も、もしかして……ば、ばれたのか!?
「なあ、時羽。用事って何だ?」
俺は何かを確かめるように聞いた。
「それは天野くんが一番に知っておかないといけないこと。もちろん、空のことのね……」
空っていう事はやっぱり……ばれたんだな。
力が……解けたんだな。
大きな騒ぎになっていないということは……時羽にだけ……か。
その前に、空は何も言わなかったのか?
これはアクセサリーだって。
その前に、時羽は何で分かったんだ?
普通、良く出来た装飾品だと思うはずだ……現実的な人は。
時羽は……不思議系少女だから仕方ないか……。
―もちろん、空のことのね―
……あれ?
何か違和感を覚えたが気のせいか……?
……何だろうこの違和感。
分からない……。
そして、俺の家の玄関。
俺と空、そして時羽のプラスアルファ。
確か……時羽は俺の家に入るのは初めてだったよな。
「おじゃまします」
「どうぞ。麦茶かジュース、どっちが良い?」
「麦茶で良いですよ」
「了解した」
俺はキッチンへと向かい、三人分のコップを出す。
そして冷蔵庫から麦茶が入った容器を取り出し、3つのコップに注ぐ。
……あれ?
また違和感……。
一体、何の……?
頭のもやもやが晴れるまま、俺は麦茶を持ってリビングへと向かう。
だが、そこには空と時羽の姿は無い。
あの二人は何処に行ったのだろうか?
……。
―とたとた……―
階段を下りる音がする。どうやら、空の部屋で何かしてたらしい。
そして……
「天野くん、じゃーん♪ 水着の晴れ姿なのだー♪」
俺の目の前に映ったものは水着姿の時羽。
……何で、家の中で水着?
「ほら、空ちゃんもこっちにおいでよー」
「うぅ〜〜……」
そして、水着姿の空も出てきた。
フリフリと羽根みたいな物が付いている水着。……より子供っぽく見えるのは気のせいだろうか?
……。
あれ? フリフリに混じって、羽根って……?
あれって……翼だよな……。
「何で、翼を出してるんだよ!!」
「ひゃう……。だって、だって……疲れるんだもん」
「って、思いっきりばれるだろうが!!」
「こらこら。空を虐めない」
「あ……」
時羽が居ること忘れていた。
って、何で時羽は冷静なんだ?
あれ……?
もしかして……この違和感。
「ふぅ……。この程度の事で、騒いではいけませんよ。フリフリの水着を選んだのは、カモフラージュのためですから」
あたかも空の正体を知っていた口調。
時羽って一体……。
「私に疑問を御持ちのようですね。……これで御分かりでしょう」
時羽はそう言って瞳を閉じる。
その瞬間、
―バサァ!!―
時羽の背中にはエメラルドグリーンの色をした大きな翼が。
「な……」
俺は予想していなかった事に声が出ない。
「私はこの地を護り、律する天使。即ち、この世界で
時羽が……天使?
そんな事があって良いのか?
「まだ、完全に天使の事を知っていない様子……。これから、私が全てを話しましょう。もちろん……空の事も」
時羽であり時羽じゃないような天使はそう言った。
とても悲しそうな声で。
この世界の全てを知っているような瞳で。