「―――て」
――んん……。
眠い。
今は何時だろうか?
「――きて」
……?
何か聞こえる。
目覚ましの音か?
取りあえず……止めなきゃ……。
目覚まし、目覚まし……。
俺は意識を朦朧としながら、目覚ましのスイッチを探した。
「ひゃ……」
……?
何かにぶつかった。
そしてそれを懸命に触る。
何か大きな物体の感覚……。
ん……あった。
――ふにゅ、
「にゃ……」
ふにゅ?
……目覚ましのスイッチってこんな感触だったっけ?
しかも何か声が聞こえたような……?
……気のせいか?
まあ、良い。
「後、五分……寝てても良いよな」
「……って、いい加減に起きてよ!!」
―バコッッ!!
「ぐあっ!!」
突然、俺の頭に強い衝撃が!!
頭に激痛。悶える俺。
そして誤ってベットから落ちる始末。
散々だ。
俺は何事かと、目を開ける。
すると俺の目の前には目覚まし時計を持った空が立っていた。
まさか……それで俺を殴ったのか?
恐ろしい……。
人(天使)との関係が近くなると、その人(天使)は性格が変わるんだと、ようやく分かったよ親父。
しかし……なにやら、様子がおかしい。
俺の顔を見ては大して膨らみのない胸を抑えて顔を赤く染めている。
どうしたんだ。このちびっこは?
朝から俺の神々しい姿を見て胸キュンか?
ふっ、俺って罪な男だよな。
「随分、衝撃的な起こし方だったが……まあ、おはよう、空」
「む〜〜〜……」
返事もなく、唸り続ける空。
朝から機嫌が悪いのか?
そしてその顔は俺を睨んでいるようにも見える。
一体どうしたんだというんだ?
何秒か経って、空は吐息。
その顔は何かを諦めたかのように見えた。
「朝ご飯が出来てるから、早く着替えて降りてきてね」
「おう」
空は俺の部屋の扉を開ける。
扉を閉めようとした時、動きを止め俺の方をじっと見つめた。
何故か頬を赤く染めながら。
さっきから、一体何なんだ?
「あ、あの……」
空は口をパクパクしながら言葉を出す。
「そ、その……」
「どうした? 何か言いたい事があるんじゃないのか?」
「……感想」
「はあ?」
空の言っている意味が分からない。
感想だって?
……一体何のだ?
今日の朝の起こし方か?
そうだな……
「衝撃的だったな」
「――っ!??」
空の顔が茹でたタコのように、一気に赤くなった。
「あれは俺的には痛かったぞ。だからもう少し……優しくって言うか、小さく?」
……ん?
空がその場で固まっていた。
拳がぷるぷる震えている。
も、もしかして、お怒りモードですか?
「……もう少し小さくって、これ以上小さく出来ない事分かっているのに!! 翔くんのばかぁ!! 翔くんのロリコン!!」
そう言って、扉を強く閉めて空は部屋から出て行った。
一瞬、あの時泣き顔にも見えたが……。
空は一体どうしたんだ?
だけど、多分俺が変なこと言ったから怒ったんだろう。
いや、これだから乙女心は分からないね。
これ以上、小さく出来ないか……。
じゃあ、俺は毎日あの衝撃的な起こされ方をさせられるのか。
……地獄が続きそうだ。
しかし……なぜ最後の言葉、ロリコン。
その意味がわからない。
取りあえず、今分かったことは。
俺の心がズタボロっていうこと。
俺のハートは硝子より脆く、弾力性がゴム並みですから。
……何か矛盾している気もするが。
制服に着替えて空の居るリビングに向かう。
リビングに入ると、さっきよりさらにご機嫌斜めな空がこっちを睨む。
「む〜〜〜……」
しかもパンを齧りながら唸っていた。
小さな怪獣だな、これは……。
「翔くん? 何か私に言いたい事は無いの?」
俺が言いたいことか。
空は俺に謝れと言っているに違いない。
だけど、俺が謝る理由が分からないんだ。
「空の機嫌が悪い理由を言って欲しい」
正直なところ、一番言いたいのはこれだ。
ま、言わないと思うけど。
「む〜〜〜……。わかってるくせにー。そんなに私を虐めて楽しい?」
「いや……まったくもって虐めてないんだが」
「うぅ〜〜、幼児虐待だー」
「聞こえが恐ろしいから止めろ!」
お決まりのパターン。
まったく……うちの小娘ときたら。
何かがあれば『幼児虐待』だからな。
「何かがあれば幼児虐待と言うと思ってるね? それは翔くんが意地悪なことしてるからだよ!」
なっ……。
ここはウタカナの世界でもないのに、俺の心が読まれている!?
空はやはり超能力者か!?
「……だから違うって。翔くん、思ってることが声に出てるよ」
「うっ……」
つい思ってることを口に出してしまっていたのか……。
正直者も困ったもんだ。
だからか。
空が妙にニヤニヤしているのは。
「ま、そういうところが兄さんのいい所なんだけどね」
兄さん……か。
「あ……ゴメンなさい。また翔くんのこと兄さんって言っちゃって……」
自分が言ったことに気が付いたか、早々と謝った。
別に謝らなくても俺は構わないのだが。
「そんな事は良いさ。俺は質問に答えて欲しいだけだが」
「質問? ……何かあったっけ?」
空は「んー」と呟きながら悩みこむ。
悩むこと一分。
返答は返ってこない。
一向に思い出せないらしい。
「何で空はそんなに機嫌が悪いのか……だ」
「あー、そういえばそんなこと言ってたね」
納得。
そして考えること数十秒。
再び、空の顔が怪しくなってきた。
THE・不機嫌である。
言わないほうが良かったか?
「って、それは翔くんが悪いんでしょ!?」
「だから、俺が何をしたっ!?」
俺がそう言うと、空は大して膨らみのな(以下略)。
「だからっ……、その……、む、む……む……」
「む?」
「む、胸をもっと小さくしろとか言わないでよっーー!! ただでさえ、小さいこと気にしてるのにっ!!」
……。
……幻聴か?
空がとてもおかしなことを言っていたような。
「すまん。もう一回言ってくれ」
俺がそう言ったら、何かブチンって糸が切れる音が聞こえたような……。
空は顔を疼くませ、拳をグーっと握っている。ぷるぷる……って空の手が震えているよ。
その不機嫌さも最高潮に達している。
よ、余計なこと言ったかな……俺?
「ええ、そうだよ! 私の胸は小さいですよーだっ!!」
空は赤く染めながら、涙目で大して膨らみのない胸を張って言う。
「いや、その前を言ってくれ」
「だ・か・ら、胸はこれ以上小さく出来ないよっ!? 何馬鹿げた発言してるのっ!?」
「だから何の話だ!?」
「感想の話だよっ!!」
「感想って、今日の起こし方のことだろ? 何で胸の方へと話がずれるんだ!?」
「お、起こし方……? え? え……? はぅわっ!?」
空は何かに気付いたらしく、悲鳴とも言えないような言葉を発し頭を抱え座り込む。
多分とてもショックを受けている。
何か他の単語で例えると、カルチャーショックだな。
しかし、感想のことで思い違いしていたことをぎゃーぎゃー暴れるなんて。
とんだじゃじゃ馬お姫様だな……まったく。
だが、どうして胸の感想なんか聞いたんだ……?
う〜む……。
何一つ分からないぜ!!
って言ってもなぁ……。
そしてやっと挫折から逃れたらしく、空が立ち上がった。
「……今日のことは忘れて」
ぼそっと空が呟いた。
もちろん俺は聞き取ることが出来なかった。
「はい?」
「違う、今日のことを忘れさせたら良いんだよね……」
「空〜?」
「えっと……“定めの書”っと」
空は呟きながら、俺の本を出した。
一体何をする気だ?
そのまま本の鍵を出し、鍵穴に鍵を差し込んだ。
そのとき、俺の身体が何だか熱くなったような気がした。
「空……何をする気だ?」
「ん〜、ちょっと私的に今日のこと憶えてもらってたら、困るから。それに馬鹿にされるし……」
そう言いながら、本のページをぺらぺら捲る。
何をしているか覗き込むと、そこには俺の運命が書かれた内容がびっしり。
今、空が見ているのは過去に起こったことばかりだ。
しかもその過去とは、今日起きたこと。
『7時00分 空に強烈なアタックで叩き起こされ起床する』
確かに強烈なアタックだ……。
『7時10分 空がご機嫌斜め。どうしたらいいか迷う』
これはさっきのことだな……。
『7時16分 空が何だか思い違いをしていた』
ん?
そのさっき起きた出来事からは何も書かれていない。
そう、空白が続いていた。
これが運命を書かれている本の内容なのか?
何も書いてないじゃないか。
……俺が“運命の子”だからか?
だから、未来には何も書かれていないのか?
……何だかさっぱり分からないな。
このことは……空に聞いたほうが良いな。
一方、その空は本と睨みあっていた。
どうしようかな、と。
「翔くん、翔くんは熱いのが好き? それとも、痛いのが好き?」
「俺はそんな痛いのが好きな変態じゃないぞ……」
「じゃあ、熱いのが好きなんだね」
空がそう言うと、ページをビリッと破る。
その瞬間、俺の胸に大きい痛みが走った。
「――っ! 空、一体何を……」
「この紙切れを燃やすつもりだよ」
「は? まさか、空……」
「ちょっと熱いけど、我慢しててね」
「ま、待て! 空!!」
空はキッチンに行き、ガスコンロを置いているところで止まる。
そして、火力調節スイッチを捻った。
その瞬間、身体中が熱くなる。
火刑されている……そんな熱さだ。
いや、俺は実際に火刑されたことないけど、何となく今の俺は囚人の気分だ。
「熱っ!! 空、止めろ!! あつうぅ!!」
「止めてって言っても……そんなの無理だし」
空はにこっと笑い、
「ゴメンね♪」
そう俺に言い放した。
「空、玄関閉めたか?」
「今閉めてるとこ。さ、翔くん学校にいこっ♪」
空は玄関を閉めて、俺の隣(定位置)へと縋る。
空の機嫌はよさそうだ。
だから今日も何だかハプニングが起こりそうな予感がする……。
昨日みたいなことにはならないで欲しいが。
しかし……何か引っかかる。
「なあ、空」
「なーに?」
何か……朝に、ハプニング的なことがすでに起きていたような……。
「……今日の朝、何かハプニング起きなかったか? どうも、朝のこと憶えてないんだ」
「何も起きなかったよ。もう、寝ぼけてるの?」
「……そうか」
どうやら俺の勘違いだったみたいだ。
寝ぼけてるとはいえ……変なことを思っているとは。
空がドタバタしているハプニングがすでに起きていることが。