先程の出来事。
鏡の世界。
泣いている空の理由。
全て、自分が知らないこと。
もしかしたら関渉したらいけないことなのかもしれない。
あやふやな気持ちで家に着いた。
ここに……空が居る。
全てが……語られるのか。
そんな事を思いながら玄関の扉を引いた。
「翔くん、おかえりなさい」
扉を引いた先には空が立っていた。
先程の出来事が何も無かったかのように。
笑顔の空が立っていたのだ。
「ほらほら早く着替えてきて、もう夕飯の準備は出来ているんだから」
「あ、ああ……」
空の言われた通り、服を着替えに階段を上がり俺の部屋に入る。
……。
空は……一体何を話すだろうか?
空に……一体何があっただろうか?
そんな事ばっかり考えていた。
話さなければいけない理由……。
それだけ、大きなことなのだろう。
空の過去に何があったのかは良い。
俺は……聞いても空を嫌わないつもりだ。
決して……。
そして夕飯。
何事も無かったかのように俺達は食べていた。
……。
無言の食卓。
俺は独りで食べることに慣れていたが、人が増えて会話が無いことがこんなに苦しいことだとは思わなかった。
そう……こんなにも胸が苦しいなんて。
……。
辛い。
…………。
辛すぎる。
…………………。
会話の無い空しさ。
空は一言も言わずにご飯を食べている。
何か言わないと。
俺が壊れてしまいそうだ。
「空……」
「ん?」
何かを言いたいけど、その続きが出てこない。
「どうしたの?」
……。
馬鹿だな俺って。
早く何かを言えばいいのに。
その言葉が言えないなんてさ。
「……? もしかして、私が作った料理、美味しくなかったとか」
「そんな事は無い。ただ……」
「ただ?」
「俺は……普通にしていたい。空の過去に何があったのであろうと……俺は軽蔑しない。空のことは嫌わないからさ……。こんな暗い状態を作るのを止めよう。俺にとったら辛すぎるんだ」
空は茫然としていた。
無理も無い。俺が変なことを言ってしまったからだ。
もしかしたら……嫌われたかもしれない。
けど……これは伝えなけばいけないことだったんだ。
だから……。
「ふふ、あははは……」
突然空が笑い出した。
「翔くん、とっても面白いよ。“運命の子”って何を言い出すか分からないよね」
「はあ?」
俺は空の言葉に唖然とする。
空が言いたい事が分からない。
何で笑っているのかも分からない。
「私の過去に暗い出来事が起こったのは事実。だけど、今はそんな事でめそめそしてないよ」
「はあ……」
「ただ私は、ちょっと料理の味がね。調味料の分量をちょっと間違えたかなって思ってただけだから。別に喋りたくなかったからじゃないんだよ?」
「そうだったんデスカ……」
「そうだったんですよー」
空の笑いはまだ終わっていない。
何だか、馬鹿にされた気分。
「ところで、今日の夕飯の味は何点?」
「ん〜、九十点ぐらいだな。俺が作った飯より美味い」
「ん。それは良かった♪」
これが普通の食卓。
会話があって……
楽しく過ごせる時間。
俺は……このことを忘れていたのか……。
一年前に事故が起こってなかったら……。
もっと楽しかっただろうに。
「それで空……話さなければいけない事って何だ?」
「ん……」
空の表情が少し暗くなった。
やはり聞いたらいけないことだったか。
「それはちょっと待ってて……」
「そうか」
空は話すことでさえも辛いのだろう。
だから今すぐ話せないんだと思う。
「うん。準備が出来た」
はやっ!!
いや、早すぎるだろ?
おいおい、心の準備早いな。
「さて、夜空を見に空中散歩にいこ」
「え?」
何ですと?
空中散歩ってまさか……。
「とうっ♪」
空は大きな翼を広げ、俺の腕を掴み窓から夜空へと飛び出した。
……俺は身動きが取れない状態。
もしじたばたしたら間違ったら落ちてしまうからだ。
空には前科がある。
俺を落としてしまった事件が!
……。
これってある意味拉致ですか?
……。
今にも落ちてしまいそうで恐いんですが……。
「んー♪ 今日の月も綺麗♪」
俺は恐くて仕方ないんですが。
「こんな月にはもってこいだね♪」
「何がだ?」
「詩」
「詩?」
「そう。詩」
詩か……。
空が謳っていた詩。
想いが込められていた詩。
それを思い出す。
あの時の空は……とても哀しい顔をしていた。
「さて……創りますか」
「何を?」
「ウタカナの世界を」
「?」
ウタカナ?
何だそれは?
天使の専門用語か?
そう俺が考えているうちに空は瞳を閉じて何か……呪文のような言葉を唱え出した。
「――Spell reciteting to the holy world・・・」
その呪文は英語のようだった。
ワタシ、英語わからないアルねー。
英語の実力は……空のほうが上だな。
しかし、こんなお子様に負けるとは……。
俺って一体……。
「――Organization!」
呪文が終わる。
すると一瞬にして夜空が凍結した。
風景が結束していくかのように、夜空は鏡のような物に侵食されていった。
そして……普通の夜空へと変わる。
いつもの……夜空。
どこも変ではない夜空。
さっきの鏡のような物は一体?
「さてさて翔くん。この世界は私と翔くんしか居ない世界になってしまいました」
「俺達しか居ない世界?」
「そう。その証に……翔くん、ここは何処でしょう?」
「夜空に決まってるだろう」
空に腕を掴まれてここまで来たんだ。
っていうかいつ翼が消えてしまうのを考えてしまうと恐くてしょうがないんだが……。
「翔くんは鈍感だなー。ほらほら私を見て」
空が両手を振る。
危なっかしいやつめ……。
そんな事したら、俺が落ちて……あれ?
「俺と空……手を握ってない……って言うか俺、浮いてる!?」
「やっと気付いた? ほんと、鈍感って言うか馬鹿だねー」
あはは、と空は笑った。
ほんと俺って馬鹿だ。
「あと、下を見たら分かるよ。ここが違う世界だと言うことが」
俺は下を見る。
そこには綺麗な月が映っていた。
そうとても綺麗な月。
あれ……? 何で俺の下に月がある?
「ここは月の上で詩を奏でる世界。通称、ウタカナ」
なるほど。
だからウタカナの世界なのか。
詩を奏でる世界。詩奏。
ここは一体どういう世界なんだ?
「あ、疑問に思ってるね。この世界は一体どういう世界なのかって」
何で空は俺が思ったことが分かったんだ?
「ここは私の心の世界。私に許された者だけが入れる世界だよ」
ここは……空の心を映した世界?
とても神秘的なものだな。
てっきり俺……真っ暗な闇の世界だと思ってた。
「そして、全てが私に於いて形成されているから……翔くんが考えてる事も筒抜け」
「マジで!?」
「うんマジ。だって天使ですから」
「いや、だから笑顔で天使ですからって言うなよ……」
という事は、俺が考えてることは全て空に聴こえてる?
「うん」
「いや、いきなり思ってることに対して言われるとびっくりするんだが……」
「そう?」
という事は……!!
空たんハァハァ……
「……変態」
「一種の嫌がらせとでも思ってくれ」
「何でそんな事考えるかな?」
「何となく」
空はうぅ〜、と唸りながら、
「ロリコンあーんど幼児虐待者!!」
と俺に叫ぶ。
「誰が幼児虐待者だ!!」
「じゃあ、ロリコンは自覚してるの?」
「俺はロリコンでもない!!」
「じゃあ、何なのかなー♪」
「俺は普通で健全な高校生だ!!」
「うっそだー」
「嘘じゃない!!」
平凡だけど楽しい日常。
二人きりの世界で、
いつまでも過ごせればいいなと思った。
けど、必ず来るものだろうと思っていた。
空の過去が語られる時が……いつか、
詩を奏でる月の上で……。