学校が終わり、今は家に帰っているところだ。
日が落ちて景色が茜色になっている。
放課後は自由な時間で、のびのびと過ごせる時間帯なんだが……今はそんな気分じゃない。
佳織の親衛隊にからまれるし、
予想外なことに空は転入してくるし、
昼休みに至っては、爆竹で処刑されられるし……。
今日という日は最悪だった。
やっぱ今日は厄日か……?
「今日は……ひどい目にあった……」
「う……。ま、まあ死ななかっただけで良かったと思うよ?」
「良くない!!」
「ひゃう……」
俺は横を歩いている馬鹿天使に怒鳴った。
元はと言えば、空がいけないんだ。
空が了承を取らなかったら、俺は燃えずに済んだんだ。
「いいか空! 今度からは俺に迷惑をかけるような事はするなよ!! 分かったな!?」
「ひゃうぅ……。ご、ごめんなさい……」
空の瞳に涙が滲む。
ダム崩壊警報発令! ダム崩壊警報発令!
このままだと、泣いてしまう恐れ有り!!
「ごめんなさい……」
空の頬に雫が流れた。
ぐはっ……。俺のピュアな心に痛恨の一撃が!!
それに、
《俺のポリシィー第二十三条》
『か弱い女の子を泣かせてはいけない』
に反してしまうじゃないか!!
「す、すまない……。怒鳴ってしまって……」
「ううん、いいの。元はと言えば、私がいけないんだし……」
「そらあっ!!」
「翔くん!!」
両者、瞳をキラキラさせながら、名前を呼び合った。
この展開はもしかして……
「じゃあ、私と契約してくれるかな♪」
「ぬおっ!!」
そりゃあ無いぜ……嬢ちゃん。
「どうしたの? 契約しないの?」
頭にクエスチョンマークを浮かばせながら、空は問う。
どうしたの? って……。
そんなノリで契約するほど俺は馬鹿じゃない。
「契約って……。言ったろ? 俺は最後まで契約しないと」
「でもでもっ……。契約しなかったら翔くん、もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ!?」
空の声は掠れていた。
そして、また空の瞳から涙が滲む。
何でそこまでして俺のことを心配するんだろうこの子は?
何で……?
「翔くん私、最後まで諦めないから。翔くんが契約するまで側にいるから!!」
「空……」
そこまで……俺のことが……。
俺は……
どうしたら良い?
運命に抗って生きるか。
運命に従い契約するか。
どちらにせよ、俺が俺じゃなくなる可能性はある。
もし、抗ったなら空は泣くだろう。
もし、従ったなら空は笑うだろう。
「ありがとう」って言うかもしれない。
俺はその笑顔が見たい。
「空……俺は……」
俺は空の顔を見ながら
「お前の笑顔が見たい。泣き顔なんて見たくないさ」
「じゃあ……」
「ちょっと待った。まだ契約するとは言ってない。まだ、たっぷりと時間はある。少しの間、考えさせてくれ」
「……うん。分かった。最後に……その答えを聞かせて。私、楽しみにしてるから」
空は笑う。
とても無邪気な笑顔。
幼い子供が笑うように、彼女は笑った。
その笑顔に俺は……嬉しかった。
きっと、心の底から笑っているんだろう。
だから俺も嬉しかったんだと思う。
「そうと聞いたら、挨拶しないと。……改めまして、翔くん。最後まで貴方の運命を見届けに来ました鍵天使、天野空です。――貴方の運命に幸せがあることを」
一回お辞儀をして、空は挨拶をした。
「こちらこそ。天野翔、君の望む運命になることを願おう」
俺も軽く会釈をして挨拶をする。
ちょっと、俺らしくなかった挨拶だったが。
空は「そうだね」と呟いて、優しく笑った。
そして、空はこう言った。
「……これから最後の日まで、翔くんの妹に居させてくれませんか?」
「え?」
突然の言葉。
思いがけない言葉。
一瞬、空耳だろうと思った。
「最後まで……妹で居させて下さい……」
でも違った。
さっきの言葉は真実の言葉。
空が泣きながら言う。
これも真実。
どうしたことだろう?
俺は夢でも見ているのか?
空が泣いている。
理由も分からずに。
そして突然の言葉。
『妹で居させて下さい』
この言葉は……一体?
何を意味しているのだろう?
そして、
空は何故泣いているのだろうか?
意味も分からず、場が何も無いような静かさになる。
まるで俺達以外が居ないように。
俺達二人しか居ない世界のように感じた。
夕焼けが落ちている帰り道。
いつも通っている通学路が、
まるで別世界のように変わる。
そう、これは鏡の世界。
何もかもが矛盾している世界。
その世界に俺は迷い込んでしまった。
出口は……どこだ?
この世界の終わりは。
どこにあるんだ?
「――キミが望んだ世界など存在しない――」
どこからか声が聞こえた。
間違いなく、空の声。
近くに居るのに……遠い気がした。
だって、目の前に……
「え?」
居ない。
隣に居たはずの空が居ない。
なぜだ?
ここは……俺が居た世界なのか?
茜色に染まっている空。
ここはいつもの通学路。
なのに……。
「どうして、人気がないんだ!?」
そう、人が居ない。
俺しかいないような……世界。
これは俺の感じ方じゃない。
事実だ!
周りを見渡した。
いつもの建物。
いつもの道。
いつもの川。
なのに……。
「人が居ないっておかしいじゃないか!?」
ここは俺が居た世界なのか?
それとも……これは俺が想い描いた世界なのか?
この世界は……一体。
「――運命から逃れた人間なんていないから――」
空の声。
「――運命に逆らえば消える運命――」
またも空の声。
空は一体どこに居るんだ?
「――ならば、運命に抗わなかったら良いよ――」
……。
空の声……じゃない。
空の声であるけど……これは、
詩だ。
詩を奏でている。
空が……詩を。
「――だから、気付いて――」
その詩には想いが込められていて、
「――キミの過ちを――」
その詩には願いが込められている。
「――キミの在るべき未来を――」
不思議だ。
空が言っている意味が分かる。
これも、俺が“運命の子”であるからであろうか?
「――だから、誓って――」
空の声が、強くなる。
「――キミは私の側を離れないって!――」
―パリン!!―
突如、風景が硝子が割れたかのように砕け散った。
そしていつもと変わらぬ風景へと変わる。
今のは……何だったのだろう。
何事も無かったかのように、目の前には空が居た。
空は……やはり泣いていた。
すると、空は俺のほうを向いた。
何かに気付いたかのように。
「―――の世界を……」
何を言っていたか、聞こえなかった。
「翔くん、心配させてごめんなさい。……翔くんも感じたでしょ? 世界じゃない世界を。そう、矛盾した世界を」
それは俺が言っていた鏡の世界。
在るはずの無い世界。
つまり、矛盾した世界。
「この事は帰ってからに話すから……。必ず話すから……!!」
そう言うと空は、羽根を出して飛んで行った。
取り残された自分。
この世界は虚しく感じた。
だけど……何かおかしい。
これは、初めて起きたことなのに、新鮮さが無いのだ。
何でだ?
そうだ。今までもそうだった。
空と会う事も。
昼休みで騒ぐことも。
そして、さっきの出来事も。
何で……、普通に思えるんだ?
それに……空と最初あった時も……天使って分かったら、普通驚くだろ?
確かにあの時は驚いたけど……驚き方が足らないと言うか……。
足りないって事は、まさか俺って適応力ある?
馴染みやすかったっけ……俺?
ああもう。どうでもいいや。
とにかく俺は、普通じゃないことに慣れているって言うことか?
だけど……新鮮さが無いというのもおかしいよな。
なんというか……他の言葉で言うと、
『
ような……。
ん? 懐かしい?
何で俺、そんなこと考えたんだ?
『――それは