――ゴクリ、
現在の時間、十二時四十九分十九秒。
残り四十一秒でチャイムが鳴る。
教室は朝のHRが嘘のようにしんと静まり返っている。
他の野郎どもも考えることは同じ。
数少ない食料の争奪戦の事しか考えてないのだろう。
この学校の売店はいつも何故か百個しかパンを置いていない。
そのため、その数少ないパンをめぐって、激しい争奪戦が起こる。
実は安全にランチの食券が買える。しかしランチは多額の出費を出してしまう。
お金のない学生さんにとっては、厳しい現状なのだ。
俺も、お金がない学生さんまっしぐら。
くーっ、現実ってキビシイ!!
――ゴクリ、
残り二十六秒。
争奪戦には、速攻が必須。
遅れた場合には、ジ・エンド。
空腹のまま、午後の授業を受けなくてはならない。
ふ……自殺行為もいい所だぜ。
俺は一度も昼飯を抜いたことのない猛将。
俺の楽しみを邪魔する奴は全て、この拳で打ち砕いてきた。
俺に勝てる者はこの学校には居ない!!
ふはははっ!!
おっと、笑ってる場合じゃない。
残り十五秒しかないじゃないか。
――ゴクリ、
さあ、カウントダウンの始まりだ。
十、九、八、七、六、五、四、
三、二! 一!!
――キン、コン、カン、コーン……
「今日はここまで」
「「「起立、令、終わりましょう!!」」」
野郎どもが教室から飛び出した。
中には、窓から飛び降りる奴も。
「よっしゃあ! 終わったああ!!」
俺も他の野郎に続いて駆け出しようとした。
が、俺は何かに躓いて、顔がそのまま床へとダイブ。
「ぐはっ!!」
そして、そのまま転がりながら身体を壁にクリティカルヒット!
「かはぁっ!!」
……。
ぬおぉぉ……。
こんな所で、負けてたまるか。
争奪戦王者の名にかけて!!
俺は、全身の痛みを堪えて立ち上がる。
そして、前に進みだすが俺の足は一歩も動かない。
何故だ!?
俺は何かの違和感に気付き、後ろを振り返る。
そこには空が分厚いノートに頑張って書いている姿。
やはりお子様だ。
高校の勉強レベルについていけなかったのだろう。
まだ前の黒板を一生懸命写してるじゃないか。
しかしあのノート……どこかで……。
「って、それは俺の本じゃないかああああああ!!」
そう。あのノートは紛れもなく俺の運命が書かれた“定めの本”だ。
「お兄ちゃん、うるさいよ。いくら昼休みだからって、ハイテンションにならないでよ」
「俺は、その事を言ってるんじゃない!!」
俺の運命が書かれた本に何を書き込んでいるというのだ!?
「う・る・さ・い!! いくら、私の弁当が待ちどうしいからって、はしゃがないでよ」
「はしゃいでなんかいない!! ……何? 空の弁当!?」
「そうだよ。さっきから吠えてないで、椅子に座る」
空はそう言って、俺の本を机の中に片付ける。
そして小さい鞄の中からピンク、水色の包みの弁当箱を取り出した。
「私はね、お兄ちゃんと学校で一緒に昼ご飯を食べるのが夢だったんだよー♪」
そう言いながら、空は弁当箱のふたを開けた。
学校で一緒に昼飯を食べるのが夢って……どこまで妹キャラを作ってるんだ?
別に誰も聞いてないから、言わなくても良いと思うんだが……。
「翔、一緒にご飯食べよっか。聞いたい話もあるしね」
椅子を持ってきて佳織が言う。
「天野くん、席くっつけても良いかな?」
自称クールビューティー美少女、時羽がにこにこしながら言う。
「ああ。いいぞ」
「じゃあ、合体♪」
がしゃーん♪ とかそういう効果音を発しながら、時羽は机をくっつけようとする。
まず、クールビューティーはそんな事言わない。
最後に、ちゃきーん♪ というありきたりな効果音で机の移動終了。
ふ、時羽よ。キミは間違いなく不思議系美少女だ。
間違いない。
「さてさて……翔、これは一体どういうことかな?」
佳織が空のほうを向いて言う。
「ああ。俺もびっくりだ」
「……嘘ね。どうせ翔のことだから、空ちゃんと組んで私を驚かそうとしたんでしょう?」
「すごーい。さすが佳織お姉ちゃん、分かってる♪」
またこの馬鹿天使がいらない事を言って……。
話の流れが混乱するじゃないか。
そもそも、どうして空と佳織が前に会っている事になってるんだ?
これも空の仕業か?
……分からなくなってきた。
天使が環境を設定できるはずがない。
……いや、神なら運命を変えられることも出来るか。
だが、運命とは何なんだ?
昔に起きたことが運命と言えるのか?
運命じゃなくて、歴史なんじゃないか?
「翔、聞いてる? ……もしもーし。翔ー……? 起きろーー! ……無反応」
……考えすぎて、分からなくなってきた。
考えを一度戻そう。
あの運命が書かれた“定めの本”は、これから起きることを見れるんだろう?
もし……内容が変えれたら……。
だが本当に運命が変わる?そんな馬鹿な。
仮にもこの俺は“運命の子”だ。
運命を抗って生きてきている。
多分運命に抗っているはずだ。
……空が言っていたんだから多分な。
しかし……俺以外の事との出来事ならどうなる?
「お兄ちゃん、お花畑に逝ってるみたいですね」
もし、始めから空が妹という設定だとしたら……。
幼馴染の佳織と会っているという事になる。
という事は初対面じゃなくなる……か。
……だよな。実際、空と佳織は面識がある。
しかも仲が良いと見た。
昔、一緒に遊んだことがあるような会話だったし……。
だが……、本当に昔のことを変えれるのか?
「……空ちゃん、どうするこの馬鹿?」
「……お兄ちゃん、お花畑からまったく戻ってこないね」
……変えているから、初対面じゃないんだろ?
だけど、俺は運命に抗って生きているはずだ。
なのに運命は変わった。
どういうことだ?
いや、逆転の発想をしてみよう。
空の運命を変えたらどうなる。
天使から俺の妹に運命を変えたなら。
……微妙だな。
それなら、俺の運命にも関わってくるはずだ。
「佳織さん、空ちゃん、これ使ってみてはどうかな?」
「望、グッジョブ。いい仕事してるじゃない」
「……ん〜、危ないけど、妹である私が許可します。望お姉ちゃん、思いっきりやっちゃって下さい♪」
「了解♪ 翔くん、覚悟〜♪」
……まったく分からん。
直接、空に聞いたほうが早いか。
そうだな……って、あれ?
……なんか、身体が熱いんですけど?
気のせい……か?
いや、気のせいじゃない!!
「あつっ! ……って何じゃこりゃーー!!」
俺の身体にある物が巻きついてきた。
……いや、俺はある物に縛られていた。
そのある物とは爆竹だった。しかも爆破十秒前ぐらい。
この爆竹って時羽が持っていた物じゃないのか!?
「やっと気付いた? 翔」
妙な笑顔の佳織。
「はぁ……。お兄ちゃん、縛っていることに気付かないほど、何を考えてたの?」
頭を抱え、呆れている空。
「翔くん、衝撃的シーンまで後五秒。わくわく」
瞳をキラキラさせている時羽。
「そらあっっ!! 今すぐ、水持って来い!!」
「無理です。お兄ちゃん、ご愁傷様」
空が俺の顔を見て合掌する。
て、天使が合掌するなあああああああ!!
妙にリアルが出て、怖すぎる!
俺は……死ぬのか!?
死ぬんだな!!
時間というものは止まらない。
無残にも、火の勢いは止まらなかった。
火種に着火。
―バチ! バチバチバチバチ!!―
「ぬわああああああああああああっっっ!!」
全身に痛みが走った。
痛みが快楽に変わる。
そんな事はありえねえ!!
―バチバチバチバチバチ!!―
「し、死ぬうううううううう!!」
その衝撃はまだ終わらない。
……俺はここで朽ちてしまうのだろうか?
『爆竹で、高校生焼死。原因はちょっとした火遊びか!?』
……嫌だな。おい。
良い子のみんな、真似しないでね!!
……もちろん、天使もな!!
―ぷすぷすぷす……―
そして、爆竹の刑は終了。
火薬がなくなり燃え尽きたのだ。
「お兄ちゃん、すごい。見事、罰ゲームに耐えたよ。世界チャンピオンだね♪」
空はぱちぱちと、拍手をした。
……この天使、後で憶えとけよ……。
―キン、コン、カン、コーン……―
予鈴が鳴った。
「っ!! もう、昼休み終わりか!? あまりにも早すぎるだろ!?」
「お兄ちゃんが勝手に騒いでいたから。時間には気付かなかったんでしょ?」
そうだとしても、時間の流れがおかし過ぎる。
まさか……!!
「全ては空が仕組んだことじゃないのか!?」
「ち、違うよぉ〜。勝手に決めないでよ〜」
図星だ。
……何か、かなり分かりやすいな。
正直者が仇となったか。
この天使、やはり今の内に成敗するべきか?
―グゥ〜〜〜〜―
俺のお腹が鳴る。
「はっ!! 俺、まだ飯食べてなかったんだ!!」
「……もう、授業始まっちゃうよ? しかも次、移動教室だから、食べる時間内と思うよ?」
「お、俺の……午後は……終わった」
「ん? 何言ってるの? 戯言と言ってないで、早く化学室にいこ」
空に引き摺られ、化学室へと向かう。
俺の腹の中はSOSサイン。
腹が減って、胃酸だけが胃の中をぐるぐる回ってるよ……。
ジ・エンド。
その言葉が俺の頭に浮かんだ。