KEY-04 騒々しい昼休み
Data//2002.7.8(Mon)

――ゴクリ、
 現在の時間、十二時四十九分十九秒。
 残り四十一秒でチャイムが鳴る。
 教室は朝のHRが嘘のようにしんと静まり返っている。
 他の野郎どもも考えることは同じ。
 数少ない食料の争奪戦の事しか考えてないのだろう。
 この学校の売店はいつも何故か百個しかパンを置いていない。
 そのため、その数少ないパンをめぐって、激しい争奪戦が起こる。
 実は安全にランチの食券が買える。しかしランチは多額の出費を出してしまう。
 お金のない学生さんにとっては、厳しい現状なのだ。
 俺も、お金がない学生さんまっしぐら。
 くーっ、現実ってキビシイ!!
――ゴクリ、
 残り二十六秒。
 争奪戦には、速攻が必須。
 遅れた場合には、ジ・エンド。
 空腹のまま、午後の授業を受けなくてはならない。
 ふ……自殺行為もいい所だぜ。
 俺は一度も昼飯を抜いたことのない猛将。
 俺の楽しみを邪魔する奴は全て、この拳で打ち砕いてきた。
 俺に勝てる者はこの学校には居ない!!
 ふはははっ!!
 おっと、笑ってる場合じゃない。
 残り十五秒しかないじゃないか。
――ゴクリ、
 さあ、カウントダウンの始まりだ。
 十、九、八、七、六、五、四、
 三、二! 一!!
――キン、コン、カン、コーン……
「今日はここまで」
「「「起立、令、終わりましょう!!」」」
 野郎どもが教室から飛び出した。
 中には、窓から飛び降りる奴も。
「よっしゃあ! 終わったああ!!」
 俺も他の野郎に続いて駆け出しようとした。
 が、俺は何かに躓いて、顔がそのまま床へとダイブ。
「ぐはっ!!」
 そして、そのまま転がりながら身体を壁にクリティカルヒット!
「かはぁっ!!」
 ……。
 ぬおぉぉ……。
 こんな所で、負けてたまるか。
 争奪戦王者の名にかけて!!
 俺は、全身の痛みを堪えて立ち上がる。
 そして、前に進みだすが俺の足は一歩も動かない。
 何故だ!?
 俺は何かの違和感に気付き、後ろを振り返る。
 そこには空が分厚いノートに頑張って書いている姿。
 やはりお子様だ。
 高校の勉強レベルについていけなかったのだろう。
 まだ前の黒板を一生懸命写してるじゃないか。
 しかしあのノート……どこかで……。
「って、それは俺の本じゃないかああああああ!!」
 そう。あのノートは紛れもなく俺の運命が書かれた“定めの本”だ。
「お兄ちゃん、うるさいよ。いくら昼休みだからって、ハイテンションにならないでよ」
「俺は、その事を言ってるんじゃない!!」
 俺の運命が書かれた本に何を書き込んでいるというのだ!?
「う・る・さ・い!! いくら、私の弁当が待ちどうしいからって、はしゃがないでよ」
「はしゃいでなんかいない!! ……何? 空の弁当!?」
「そうだよ。さっきから吠えてないで、椅子に座る」
 空はそう言って、俺の本を机の中に片付ける。
 そして小さい鞄の中からピンク、水色の包みの弁当箱を取り出した。
「私はね、お兄ちゃんと学校で一緒に昼ご飯を食べるのが夢だったんだよー♪」
 そう言いながら、空は弁当箱のふたを開けた。
 学校で一緒に昼飯を食べるのが夢って……どこまで妹キャラを作ってるんだ?
 別に誰も聞いてないから、言わなくても良いと思うんだが……。
「翔、一緒にご飯食べよっか。聞いたい話もあるしね」
 椅子を持ってきて佳織が言う。
「天野くん、席くっつけても良いかな?」
 自称クールビューティー美少女、時羽がにこにこしながら言う。
「ああ。いいぞ」
「じゃあ、合体♪」
 がしゃーん♪ とかそういう効果音を発しながら、時羽は机をくっつけようとする。
 まず、クールビューティーはそんな事言わない。
 最後に、ちゃきーん♪ というありきたりな効果音で机の移動終了。
 ふ、時羽よ。キミは間違いなく不思議系美少女だ。
 間違いない。
「さてさて……翔、これは一体どういうことかな?」
 佳織が空のほうを向いて言う。
「ああ。俺もびっくりだ」
「……嘘ね。どうせ翔のことだから、空ちゃんと組んで私を驚かそうとしたんでしょう?」
「すごーい。さすが佳織お姉ちゃん、分かってる♪」
 またこの馬鹿天使がいらない事を言って……。
 話の流れが混乱するじゃないか。
 そもそも、どうして空と佳織が前に会っている事になってるんだ?
 これも空の仕業か?
 ……分からなくなってきた。
 天使が環境を設定できるはずがない。
 ……いや、神なら運命を変えられることも出来るか。
 だが、運命とは何なんだ?
 昔に起きたことが運命と言えるのか?
 運命じゃなくて、歴史なんじゃないか?
「翔、聞いてる? ……もしもーし。翔ー……? 起きろーー! ……無反応」
 ……考えすぎて、分からなくなってきた。
 考えを一度戻そう。
 あの運命が書かれた“定めの本”は、これから起きることを見れるんだろう?
 もし……内容が変えれたら……。
 だが本当に運命が変わる?そんな馬鹿な。
 仮にもこの俺は“運命の子”だ。
 運命を抗って生きてきている。
 多分運命に抗っているはずだ。
 ……空が言っていたんだから多分な。
 しかし……俺以外の事との出来事ならどうなる?
「お兄ちゃん、お花畑に逝ってるみたいですね」
 もし、始めから空が妹という設定だとしたら……。
 幼馴染の佳織と会っているという事になる。
 という事は初対面じゃなくなる……か。
 ……だよな。実際、空と佳織は面識がある。
 しかも仲が良いと見た。
 昔、一緒に遊んだことがあるような会話だったし……。
 だが……、本当に昔のことを変えれるのか?
「……空ちゃん、どうするこの馬鹿?」
「……お兄ちゃん、お花畑からまったく戻ってこないね」
 ……変えているから、初対面じゃないんだろ?
 だけど、俺は運命に抗って生きているはずだ。
 なのに運命は変わった。
 どういうことだ?
 いや、逆転の発想をしてみよう。
 空の運命を変えたらどうなる。
 天使から俺の妹に運命を変えたなら。
 ……微妙だな。
 それなら、俺の運命にも関わってくるはずだ。
「佳織さん、空ちゃん、これ使ってみてはどうかな?」
「望、グッジョブ。いい仕事してるじゃない」
「……ん〜、危ないけど、妹である私が許可します。望お姉ちゃん、思いっきりやっちゃって下さい♪」
「了解♪ 翔くん、覚悟〜♪」
 ……まったく分からん。
 直接、空に聞いたほうが早いか。
 そうだな……って、あれ?
 ……なんか、身体が熱いんですけど?
 気のせい……か?
 いや、気のせいじゃない!!
「あつっ! ……って何じゃこりゃーー!!」
 俺の身体にある物が巻きついてきた。
 ……いや、俺はある物に縛られていた。
 そのある物とは爆竹だった。しかも爆破十秒前ぐらい。
 この爆竹って時羽が持っていた物じゃないのか!?
「やっと気付いた? 翔」
 妙な笑顔の佳織。
「はぁ……。お兄ちゃん、縛っていることに気付かないほど、何を考えてたの?」
 頭を抱え、呆れている空。
「翔くん、衝撃的シーンまで後五秒。わくわく」
 瞳をキラキラさせている時羽。
「そらあっっ!! 今すぐ、水持って来い!!」
「無理です。お兄ちゃん、ご愁傷様」
 空が俺の顔を見て合掌する。
 て、天使が合掌するなあああああああ!!
 妙にリアルが出て、怖すぎる!
 俺は……死ぬのか!?
 死ぬんだな!!
 時間というものは止まらない。
 無残にも、火の勢いは止まらなかった。
 火種に着火。
―バチ! バチバチバチバチ!!―
「ぬわああああああああああああっっっ!!」
 全身に痛みが走った。
 痛みが快楽に変わる。
 そんな事はありえねえ!!
―バチバチバチバチバチ!!―
「し、死ぬうううううううう!!」
 その衝撃はまだ終わらない。
 ……俺はここで朽ちてしまうのだろうか?
『爆竹で、高校生焼死。原因はちょっとした火遊びか!?』
 ……嫌だな。おい。
 良い子のみんな、真似しないでね!!
 ……もちろん、天使もな!!
―ぷすぷすぷす……―
 そして、爆竹の刑は終了。
 火薬がなくなり燃え尽きたのだ。
「お兄ちゃん、すごい。見事、罰ゲームに耐えたよ。世界チャンピオンだね♪」
 空はぱちぱちと、拍手をした。
 ……この天使、後で憶えとけよ……。
―キン、コン、カン、コーン……―
 予鈴が鳴った。
「っ!! もう、昼休み終わりか!? あまりにも早すぎるだろ!?」
「お兄ちゃんが勝手に騒いでいたから。時間には気付かなかったんでしょ?」
 そうだとしても、時間の流れがおかし過ぎる。
 まさか……!!
「全ては空が仕組んだことじゃないのか!?」
「ち、違うよぉ〜。勝手に決めないでよ〜」
 図星だ。
 ……何か、かなり分かりやすいな。
 正直者が仇となったか。
 この天使、やはり今の内に成敗するべきか?
―グゥ〜〜〜〜―
 俺のお腹が鳴る。
「はっ!! 俺、まだ飯食べてなかったんだ!!」
「……もう、授業始まっちゃうよ? しかも次、移動教室だから、食べる時間内と思うよ?」
「お、俺の……午後は……終わった」
「ん? 何言ってるの? 戯言と言ってないで、早く化学室にいこ」
 空に引き摺られ、化学室へと向かう。
 俺の腹の中はSOSサイン。
 腹が減って、胃酸だけが胃の中をぐるぐる回ってるよ……。
 ジ・エンド。
 その言葉が俺の頭に浮かんだ。