KEY-03 謎の転入生
Data//2002.7.8(Mon)

―ピピピピピ……、―
 カチッ。
 目覚し時計を止める。
 ……静かだ。
 昨日の出来事がまるで嘘のように。
 ……。
 あの天使は俺を起こしに来てくれるのだろうか?
 ゲームのシュチエーションなら来るんだが……。
 ……。
 来ないな。
 ……6時か。
 お子様はまだ寝ている時間だな。
 きっと寝ているのだろう。
 ……制服に着替えるか。
 俺はクローゼットから制服を取り出し、それに着替えた。
 特に変わったことがない普通の制服。
 目立たないと言えば目立たないだろう。
 しかし、一つだけ変わっている所と言えば、制服以外に作業服があることぐらいかな。
 何せ、俺が行っている高校は工業校だからだ。
 ……工業校?
 確か俺の科は……女子が2人しか居なくて、後は飢えた野郎どものみ。
 ……これは空が危ない。
 この事を空に伝えなければ。
 そう思い、真っ先に空の部屋へと向かう。
 そして、空の部屋の前。
 部屋のノブを回そうとしたその時、俺に二つの思想が闘った。
『彼女はまだ寝ているかもしれないんだぞ!? 勝手に女の子の部屋に入ろうとは言語道断! ……もしかしたら、着替えているというシュチエーションも有り得るじゃないか!!』
 天使的な俺の思想。
『良いじゃないか。開けちゃえよ。着替えてても良いじゃないか。こういうシュチエーションは滅多にないんだぜ? もう空は居候。家族と一緒。妹と一緒だろ? ほらほら、お姫様に会うために開けちゃえよ』
 悪魔的な俺の思想。
 寝ているか、着替えているか……。
 どっちにしろ、ここは女の子の部屋なんだ。
 ちょっとばかり、抵抗があるんだが……。
 だけどもう俺の妹みたいなもんなんだ……開けて良いよな?
 しかし、それで嫌われたら嫌だからな……。
 しかたない。ノックするか。
 俺はノックしてから部屋に入ることを決意した。
「空、入るぞー……ってあれ?」
 部屋の中は蛻の殻。
 部屋に荷物とか置いているって言ってたのに、そこには何もなかった。
 そう、前のまま。空き部屋だった。
 そして部屋から出て、リビングに向かう。
 そこも人が居る気配はない。
 この家の部屋を調べても空は居なかった。
 ……と言うことは今、この家は俺しか居ない。
「夢……だったのかな?」
 昨日の出来事は全て夢だったのか?
 ……そうだ。きっとそうだ。
 この世に天使が存在しているはずがない。
 あれもきっと俺の妄想……、
 って、俺はロリコンじゃないはずなのに!!
 ああ……、何だか朝っぱらから疲れたな。
 さっさと朝飯食っていくか……。
 俺は朝飯のパンを食べ、学校へと向かった。
 しかし、登校中はもどかしさでいっぱいだった。
「ヘンな夢だったな……。妙にリアルで……」
 そして、あの綺麗な翼を思い出す。
 果てしない空をイメージするかのような翼を。
「やっぱ、天使は可愛いのかな……? 空みたいに」
「何ぶつくさ独り言言ってるのよ? 翔」
 妄想に浸っていると、俺の背後から俺を呼んだ声がした。
 振り向くと、俺の学校と同じセーラー服でショートヘアーの少女。
 それは俺の知った顔。
「ん? ……何だ、佳織か」
「何だ、とはじゃないでしょ!? せっかく工業校では珍しい可愛げな少女が挨拶しているって言うのにー!!」
 この朝からうるさい少女は、俺の幼馴染の……というより幼稚園からの腐り縁である竹村佳織。俺の科の女子の一人であり、野郎どもからかなりの人気があるらしい。……昔からの付き合いだから、可愛いとか思ったことが俺にはない。でも、外見はどちらかというと可愛いに分類されるだろう。
 しかし、佳織は他の男と話すことがないのに、俺に向かっては話してくる。だから、他の野郎どもから俺は目をつけられている……。
 なんと言うか災難だ。
「どーしたの翔? 何か朝っぱらから疲れているみたい……。夜更かしでもしたの?」
「いや、ヘンな夢見たからさ……ちょっと」
「……ヘンな夢? どんな夢なの? ……まさかえっちな夢とか言うんじゃないでしょうね?」
「そんな夢じゃないさ。なんと言うか……不思議な夢だよ」
「ふーん……。ま、朝っぱらから元気ないと今日という日を無駄にしちゃうよ? さー、元気に行こう!!」
 元気だな……。
 俺は元気じゃないというか……そんな気分じゃない。
 だけど、こいつの顔を見ていたら、いつも無理やり元気になってくるんだよな。
「おー? 元気になったみたいね。うんうんそれこそ翔だよ。あ、そうそう翔知ってるー?」
「知らない」
 佳織が知ってるー? と聞いてきた時はいつもろくな事がない。
「聞いてないのに知らないって言わない! ……いいよ、翔が聞きたくないのなら言わないもんね」
「聞きたい」
 もしかしたら、ビックニュースかもしれないからだ。
「どっちなのよ……。ま、いいわ。今日ね私達のクラスに転入生が来るんだって、……いったいどんな子が来るんだろうな〜」
「これ以上、野郎が増えては困る」
「翔、違う。転入してくるのは女の子だって」
「マジでか!?」
「マジ。大マジよ。佳織は嘘をつかない。これ、常識。今度のテストに出るよ〜」
 突っ込みどころ満載だが、突っ込む気力がない。
 と言うのも、俺は転入生のことが気になった。
 これもまた女の子か……。
 しかし、俺たちはもう卒業間近だと言うのに。
 これは……謎の転入生間違いないな。
「何黙り込んでいるの? ……もしかして、情報通の翔さんが知らなかったとか!?」
「ああ。知らなかったな」
「あれー? この話、結構噂になってるんだけどな……?」
「そうなのか?」
 そんな噂聞いたことがない。
 今初めて知ったことだからな。
「う〜ん……。情報通の翔が分からなかった噂とは……、これはもしかしてデマ情報?」
「さあな。学校に行ったら分かるだろう?」
「そうだね」
 俺たちは学校へと向かった。
 道行く先々で野郎どもに睨みつけられているが、とりあえず俺は無視をする。
 ……慣れって怖いな。
 最初の頃はこういう雰囲気嫌いだったけど、今は慣れた。
 いや、そもそも何で俺がこういう差別を受けないといけないんだ?
 佳織とは、恋人でもないただの幼馴染だと言うのに。
 そして校門に入ろうとした時、突然目の前に野郎どもが立ち塞がった。
 ふぅ……だるいな。
「貴様が我らの女神、竹村佳織様を弄んでいる悪人、天野翔だな? ちょっと、体育館裏に来てもらおうか?」
「佳織が女神ねえ……」
 こういう事はゲームの中でして欲しいもんだ。
 しかも、体育館裏とかベタ過ぎてつまらん。
「さっさと来ないか!?」
 野郎Aが吠える。
 五月蝿い。ただの騒音にしか過ぎない。
「黙れ、クズども。そこを退け」
「なんだと、この野郎……?」
 野郎Aと野郎Bがキレる。
 ……やはり、頭の中も単細胞だったな。
「聞こえなかったのか? そこを退けと言ってるんだ」
「しかたねえ……。ここで眠ってもらおうか!!」
「眠るのはお前らのほうだ」
 野郎どもが一斉に掛かってくる。
 俺が喧嘩無敗の事も知らないで……。
 どいつもこいつも動きが遅いんだよ。
 俺は何故だか知らないが、喧嘩になったときだけ、時間が遅く感じる。
 そう、あいつの殴ってきている姿。
 無茶苦茶遅い。
 そう、テレビのリモコンでスロー再生をしていると一緒だ。
 そして俺は瞬時に殴りこむ。
 一人、二人、三人……と。
 十秒もしないうちに野郎ども全員が倒れた。
「……ば、化け物か……こいつは……」
「黙れ。五月蝿いんだよ。これからは俺に付きまとうな。いいな?」
 そう言って、俺は校舎に入った。
 その俺の後に佳織がついて来る。
「また凄い事やったねー。数十人いた男どもが一瞬にしてダウンだよ。カッコイイねー」
「別に俺はやりたくてやったわけじゃない。俺的には関わりたくないんだが」 「またー。カッコイイ事言っちゃってー」
「はぁ……。どうでもいいか」
 教室に入り、自分の席へと座る。
 チャイムが鳴り、先生が来た。
 そしていつものホームルーム。
 だが、今回のホームルームは少しばかり違っていた。
 野郎どもが飢えていた。
 しかも、話題は転入生の話ばかりだ。
 ……もしかしたら、転入生の噂を知らなかったのは俺だけなのか?
「みんな、転入生の子の話ばっかり……。天野くんもそうなの?」
「ん? ……転入生の話とかどうでも良いよ」
「へぇー、天野くんってやっぱり変わってるね」
 さっきから俺に話し掛けてくるのは隣の席の少女、時羽望。まあ、かなり可愛らしい長髪の女の子だ。
 時羽曰く、クールビューティーな少女だとか。……俺が思うに不思議系美少女の間違いでは。
「つまんないなー、早く来ないかな謎の転入生美少女は……。せっかくクラッカーと爆竹を持ってきたのに……」
「クラッカーは分かるが……爆竹は何故に……?」
「えー、転入生が来た時は爆竹で歓迎するのは常識じゃないの?」
「いや、どこから得た情報だ? それは?」
「ん? 兄貴がいっぱい出てくるドラマ」
「……違うぞ」
「えー、違うんだ。ちょっとがっかり」
 時羽はちょっととか言いながら、かなり残念そうな顔をした。
 しかしさずが俺が見込んだ不思議系美少女。
 爆竹を持ってくるとは、やることが違うな。
 時羽と話していると、前で先生が「静かにー」と注意をした。
 そろそろか……。
「えー、多分皆知ってると思うが……今日からこの科に新しい生徒が入ってくる」
「「「ひゃっほぅーーー!!」」」
 野郎どもが吠える。飢える。騒ぐ。
 俺にとったら騒音だ。
 乗り気ではない俺がぼーっとしてると、前の席の野郎が振り向いた。
「おいおい翔。なんて陰気臭い顔をしているんだ? いまから歓迎パーティするぞ!」
「黙れ瞬。俺は興味ないんだ。俺を巻き込まないでくれ」
「なんと!! 女好きでロリコンである貴様が興味ないと……。明日は嵐が来るな」
「だれがロリコンだ……」
「翔、お前のことに決まってるじゃないか!! もうキングオブザロリコンの名は廃れたか?」
 このオーバーな言葉を発しているのは俺の一番の友。及び悪友の桐林瞬。かなりの女好き。誰がどこから見ても犯罪者だ。
「あー、皆聞いているか? それでは入ってきて良いぞ。天才くん」
 先生が謎の転入生、謎の少女を呼んだ。
 しかし、先生は何で少女のことを「天才くん」って言ったんだ?
 気になる……。
―ガラララ……―
 教室の扉が開いた。
 ついに謎の少女とご対面か!?
―とことこ……ばたっ―
 何か少女が入ってきたみたいで、少女がこけたみたいだけど……見えない。
 俺の席は一番後ろだけど、けっして人が見えないわけじゃない。
「いたたた……」
 謎の少女は居るみたいだ。
 だけど、見えない。何故だ!?
 そうか!! ちっちゃいからか!!
 なるほど……って感心してる場合か!?
「大丈夫かい天才くん……? 転入早々つまずくなんて」
「大丈夫ですよー、……先生、天才って呼ぶの止めてくれません? そういうのはちょっと……」
「そうだったな。じゃあ、自己紹介を始めてくれるか?」
「はい……。あ、先生……椅子をお借りしても良いですか? 教壇で皆が見えません……」
 教壇で見えない!?
 かなりのちっちゃさだ!!
 しかし……この声……どっかで聞いたことがあるような……。
「よいしょ……と」
 さて、謎の少女とごたいめ……ん!?
「えっと、なんていえば良いんでしょうか? えー、工業大学を卒業してここに転入してきました、天野空って言います。えーと、卒業するまでの残り僅かの日ですがよろしくお願いしまーす♪」
「「「空ちゃん、可愛いーーーー!!!」」」
「何ですとーーー!!」
 野郎ども吠える。飢える。騒ぐ。そして俺は驚く。
 そこには、あの夢の中の天使が!!  これは幻ではない。リアルだ。
「えーーーっ!? なんで空ちゃんがここに転入してくるの!?」
 そして、窓側の席で驚く佳織。
 なぜ、お前も空のことを知っている!?
「空ちゃんって、大学から来たって言ってたけど……、年はいくつ?」
 野郎Cが空に問う。
「今年で13歳です♪」
「「「ロリ萌えええーーーー!!」」」
「黙れ!!その二次ヲタの汚れた手で空に触るな!!」
 俺の一言は、クラス全員の野郎どもを敵に回した。
 そして瞬は、
「翔、空ちゃんをいきなり呼び捨てとは……。それに何だ? 興味がなかったじゃないのか?」
 と言う。瞬に続いて、クラスの野郎どもが頷いた。
「「「これは、誰が空ちゃんをゲットするのか……争奪戦だあ!!!」」」
 野郎どもが勝手に目標、スローガンを決めた。
 このハイエナどもめ……。
「空ちゃんは、ここの男子の中で誰がタイプですか?」
 突撃隊長野郎Aが空に問う。
「んー? この中で……? んーやっぱ、お兄ちゃんかな?」
「「「お兄ちゃん!!?」」」
「お兄ちゃん!?」
 野郎どもは驚いた。そして俺も驚愕。
「えっと、んー。あ、いたいた。お兄ちゃんー♪」
 空は俺に向かって手を振る。
 そして、野郎ども全員が一斉にして俺のほうを向いた。
 そして瞬。
「か、翔が……空ちゃんのお、お兄ちゃんだと……? ……そういえば空ちゃんの苗字って天野だったよな……。翔……お前の苗字も天野!! ……ノオォォーーーー!!」
「「「オーマイ、ゴット!! 神よ貴方は我々を見捨てたのですか!?」」」
 吠える瞬。神に祈りを込める野郎ども。
 やけに野郎どものシンクロ率が高いのは気のせいか?
「空ちゃんー、私も居るよー」
「あ、佳織お姉ちゃんー♪」
 空と佳織は手を振った。
 だから、何故お前らは知っているのだ?  初対面だろうが!!
「あー、何だか収集が付かなくなったな……。空っちの席は……お前の兄さんの隣で良いか」
 この状況下の中、冷静でいられる先生は素晴らしい。
 いや、ただやる気がないようにも見えるが……。
「はーい♪ わかりましたー」
 神に祈りを込めている野郎どもの横を通ってきて、
 何事もなく俺の隣の席に座る。
 そして空は俺のほうをじっと見つめた。
「ん、お兄ちゃんの隣の人って……はぅあ!?」
「ど、どうした空? 何か見てはいけないものを見たのか!?」
 俺は時羽の方を見た。
 だが、何もない。笑顔の時羽が居るだけだ。
 空は、何を見て驚いたんだ?
「えっと……天野くんの妹さんだよね……。私は時羽望。よろしくね空ちゃん」
「は、はい。これからもよろしくお願いします、望先輩!」
「先輩なんて堅苦しいこといらないよ。姉御、じゃなくて望お姉ちゃんって呼んでも良いから」
「ふぇっ!? は、はい。わかりました望お姉ちゃん♪」
「やっぱ、こういう年頃の女の子って、可愛いなー♪」
 やはり、時羽……。この人材は侮れんな。
 この不思議っぷりは誰にも負けないだろう。
 しかし、本当にこれからどうなるんだ俺のスクールライフは……。
 何がどうなっているのかわからん。
 佳織と空は何故か知り合いっていうことになってるし、
 時羽の性格に圧倒されたか知らないけど空は戸惑っているし、
 瞬はと言うと……、
「翔、今日からお前のこと、お兄さんって呼ばせてください」
「黙れ! 気色悪い! お前なんかに空は渡さん!!」
 もう、これからどうなっていくんだよー……。