天から差す眩しい日差し。天へと登るような長い階段。
俺は滲み出る汗をかきながら、山頂にある霊園を目指した。
長い階段。
段を踏むが、いくら踏んでも頂上には着かない。
「一体、何段あるんだ? ここの階段は?」
俺は登って来た階段を振り返り、登り始めた所を見た。
正直言って地面が見えない。
町が小さく見える。
「おー……」
隊長。俺はもう歩けません。
ここまでより登ってきたもんだ。
これ以上登ると、俺の魂が昇ってしまう……。
だけど、そんな戯言は言ってられない。
こんな所で立ち止まっていると日が暮れてしまう。
さあ、今思い出せ。
陸上の時にやるあの構えを。
構え、良し。
体力、良し。
準備、良し。
レディ……、
ゴーッ!!
階段を猛ダッシュ。他人から見たらバカに捉えられる姿だろう。
そして、誰もこの長い階段を猛ダッシュで駆け抜けることはないだろう。
しかし、俺はやり遂げてみせる。
それが俺のポリシィー。
頂上が見えてきた。長い階段も残りの段を数えれるぐらい頂上へ近くなっていくのが分かる。
残り、10、9、8……、
3、2! 1!!
「ゴールッッ!! ゴールゴールゴールゴーーール!!」
俺はサッカーの実況アナウンサーのような感じに雄叫びをあげながら、天に向かってガッツポーズを決める。
……我ながら恥ずかしい。
だが最後の段を踏み、やっとの思いで着いたんだ。
隊長。俺はやりました。
ついに登りきったのです。
俺は思わず、顔がにやけた。この達成感は誰も感じないだろう。
しかしもう足はふらふらしていて、この場から動けないくらいだ。
だか、ここは目的の場所ではない。
しかたなく俺は最後の力を振り絞り、とある墓の前まで行った。
その目的の墓の前まで行くと、身体に力が抜け地面に寝そべってしまった。
……まあ、許してくれるだろう。ここに来るまで苦労したんだから。
……許してくれないだろうな。
すいません。今回ばかりは目をつぶって下さい。
今日が墓参りの日だと事を忘れていて、午前中気が付かなかったことは謝ります。
ただ、ここは午後になると猛暑になるんです。
死にに行くのと同じなんです。
だからどうか……って、こんなことする暇ないんだよな……。
猛暑ということは喉乾いてるんだよな。
俺は持ってきたリュックの中から、水の入ったボトルを取り出した。
そしてそのボトルの水を、墓にかける。
今日は七月七日。七夕の日。
親父達の命日だ。
……親父達は車事故に遭って死んだ。
だけど俺は助かったんだ。
そう、俺も親父達の車に乗っていたにもかかわらず。
俺には事故にあった記憶がない。
目を覚ましたら、目の前は白い壁。
親戚の叔母さんと叔父さんが泣いて抱きついたことしか憶えてない。
……神様なんて、いたら非道だよな。
親父達を死なすんなら、俺も死なせばよかったのに。
なんて、考えてたら親父達は怒るだろうな。俺が生きていただけで幸せなんだろう。
だけど、一人暮らしは楽じゃない。
バイトをして、自分で料理作って、自分で洗濯したりしてさ。
家事がどんなに辛いものか分かったよ。
だけど、一人暮らしにはもう一つだけ辛いものがある。
それは寂しさ。
家に帰ると、家には誰もいないというのが辛いんだ。
だから……、
「義理でもいいです。居候でもいいです。可愛くなくてもいいです。だからどうか俺に妹を下さい! ……って何で妹なんだ!?」
普通は彼女が欲しいだろ? 何で妹なんだ!?
はっ!? もしや、俺の隠された属性が今ここで発動!?
危ないぞ。俺かなり危ないぞ。
しっかりしろ俺! 現実を良く見るんだ! 義理の妹なんてこの世には存在しない! まして家族がいないこの俺に!!
「ふぅ……現実逃避は回避されたか……」
あまりの情けさにため息をついた。
そして空を見上げる。
青い空。白い雲。そして、空から降って来る女の子。
ビバ・日常。
他のみんなはこの平凡な日常をどう過ごしているのだろう。
俺はこの平凡な日常だけで満足だ。
何たって、この青い空から女の子が降って……来てる!?
「おいおいおいおい!! 何で空に女の子がって……こっちに向かってきてる!?」
「にゃーーーーーーーー!!!!!」
「ぐわっっ!!」
一体何が起きたか分からなかった。
えーと、たしか、
空から女の子が降ってきて、その女の子とぶつかって……。
それで……、
「その女の子が、頭を抱えながらしゃがんでいると……」
俺とぶつかった女の子は頭を抱えながらぷるぷる震えていた。
とりあえず、落ち着こう。深呼吸だ深呼吸。
すーっ……はぁ……。ふう……。
で、
「ナンデスカ? コノジョウキョウ?」
俺は謎の女の子を見ながら言った。
俺の目の前にいるのは、空から降ってきた謎の女の子A。
その謎の女の子は痛みがひいたのか、立ち上がり俺の顔を覗いてきた。
女の子は何かを確認したのか、急に笑顔になる。
「あっ。初めましてー。私、天使をやっている天野空って言います」
「こちらこそ、初めまして。俺の名前は天野翔。好きな言葉は情熱です……って、何呑気に自己紹介始めてんだよ俺!?」
「ひゃあ! ……どうしたんですか? 翔くん?」
「どうしたもこうもない。空から女の子が降ってきたんだぞ!?」
「だってー、私……天使ですから空を飛ぶのはあたりまえです」
天使? この子は何言ってるんだ?
冷静に考えろ俺……。今俺が知りたいのは何だ!?
そう! 俺が今知りたいのはこの子の年齢!!
「そこの少女。問おう、キミの歳はいくつだ?」
「私の年齢ですか……? んーと、今年で13歳です」
「ガッデム!! 俺!!」
「ひゃあ! ……ど、どうしたんですか? 私の年齢に問題でも?」
ああ。ついに俺も猛暑にやられたか。
だからこんな幻覚を見てるんだな。
しかし、俺にこんな属性が付いていたなんて。
いや、俺はけっしてロリコンじゃない! シスコンでもない!!
だが天使ときた。俺はもう幻覚から逃げられないのか?
「あ、あのー……どうしたのかな? 翔くん?」
「ふ……幻覚が俺に向かって喋ってくるとは……それになんだ? 俺は17歳だぞ? 何で年下なんかに、君付けなんだ?」
「あー、やっぱりいけなかったかなぁ……? じゃあやっぱり、お兄ちゃんって呼んだほうが……」
「……そこの少女、止めないでくれ。俺はもうダメみたいだ」
近くに崖があったのでそこから飛び降りろうとしたら、少女に腕を捕まれてしまった。
「……し、死なないで下さいー。私にはお兄ちゃんを見守る義務が〜!」
俺はもう死ぬのだろうか?
だって、目の前に天使と名乗る女の子が立っているし……。
霊園の中、少年の遺体が見つかる! 原因は、猛暑による脱水症状によるもの。
……なんか嫌だ。
だけど、こんなに可愛い女の子に導いてもらえるのも悪くはない。
天国はきっと、良い所なんだろうな〜。
「私の話を聞いてください〜」
「おう。何だ? 俺の創り出した妄想の少女よ」
「私はお兄ちゃんが創り出した妄想の少女じゃありませんよ〜。ほらほら〜」
妄想の少女は俺の腕を取り、その腕を少女の胸の膨らみに……
「って何してるんだー!? 俺の妄想はついに禁じられたところまで!!」
「きゃー、どうしたんですか? 私、何かいけないしましたかー?」
「いけないの何も、もう少しで放送禁止まで言っていたぞ!?」
「うぅ……ごめんなさい……」
言い過ぎたのか、少女の瞳から涙が零れだしてきた。
うっ! 何かものずごい罪悪感を感じる……。
俺のせいでこの少女が泣いてしまったのか?
これは俺のポリシィーに反することだ。
如何なる時も、女の子には優しく接すること。泣かすことなんてタヴー!
「すまない。言い過ぎた。俺が取り乱してしまっていたな……。君の言うことなんか全然聞かなくてごめんな」
俺がそう言うと、少女はぱあっと花が開くかのように笑顔を取り戻した。
「いいんです。さっきのは私が悪かったんですから。それよりも私の話を聞いてくれるんですよね?」
「ああ。俺を天国まで導いてくれるんだろ?」
「……違います。お兄ちゃんはまだ死んでなんかいません。私はお兄ちゃんを見守るためにここに着たんだよ」
「はい? ……俺を見守る? 何で?」
見守られる理由が分からない。俺は良いことなんて全然してないぞ? むしろ悪いことばかりか?
「んーと、私が神様に頼んだんだよ。天野空はお兄ちゃんと一緒にいたいと」
「と言う事は……?」
「はい。一緒に生活したいなーと」
まさかこれは……俺の願いが叶ったのか? 妹が欲しいと言うの願い(欲望)が!
一応、夢であるかどうか確認するため、俺は自分の頬を思いっきりつねった。
うん。ものすごく痛い。
やはり、これはリアルだ。
「……だめ、ですか?」
「この男、天野翔。女の子の頼まれ事を断るはずがない!」
「じゃ、良いんですね!?」
「もちろんさ。だけど、さすがにお兄ちゃんと呼ばれるのは……」
「えー……」
少女は嫌そうな顔をしながら唸った。
「えー……って何で!? さすがにお兄ちゃんはまずいだろ!? 俺の人柄的にも! 精神的にも!!」
「しょうがないなー……。翔くんって呼んでも良いですか?」
「おう。それがベストだな」
「はい。これからもよろしくね。翔くん♪」
少女は微笑んだ。
その微笑んだ瞳はものすごく可愛い。
もう俺、幸せの最高点に来ているな。
こんな可愛い娘が我が家に居候するなんて。
しかし、俺は何かを忘れているような……
「えっと……君の名前は……」
「ん? どたばたしてたので、聞こえなかったですか? では、改めて紹介します。天野空と言います。まだまだ新米の鍵天使ですが、温かい目で見てもらえると嬉しいです」
「あ、天野!? 俺と同じ苗字!?」
「それは偶然と思うよ? だって人も同じ苗字の人がいるでしょ? それと一緒だよー」
天使も人間と同じく苗字があるんだな。
だけど、同じ苗字の天使と会い、一緒に住むことって……これは運命?
あと、疑問に思うのが……
「それと、後聞きたいことが……」
「あー。ここで立ち話もなんですから、翔くんの家で話をしませんか? ここ、暑いですし」
「そっか。でもちょっと待ってくれ」
俺は親父達の墓の前に寄り、線香をたいた。
親父達、聞こえるか? どたばたしてたけど、そういうことで家族が一人増えたんだ。
……空から振って来たからまだ疑問に思ってるけど。
空から舞い降りてきた天使。空想の中しかいなかった天使。
もしかしたら、この天使は親父達が呼んでくれたのか?
……そうかもしれないな。
だって、あんなに優しそうな子だもんな。
……ありがとう。
親父達にそう言って、俺は空さんの方へと振り向く。
「さて、空さん。家に行こうか?」
「空さんって……さんづけしないで下さいよー。わたしのことは呼び捨てでいいよ」
「んじゃ……空、行こうか?」
「はい! 行きましょう♪」
俺たちは、登ってきた長い階段までゆったりと歩く。
そして俺が階段を降りようとした、その時だ。
俺の身体は、急に動かなくなった。
それもそのはず。後ろから空が抱きついていた。
「ど、どうしたんだ? 空?」
「どうしたもこうもないよー。まさかこの長い階段を降りていくのー?」
「いや……ここ降りないと帰られないけど」
空もこの猛暑にやられたんだろうか?
それとも、この長い階段が怖いのか?
「ちょっと待ってねー……。今、神経を集中してるから」
何を言っているのだろう?
俺にはそれの意味がわからない。
「準備……完了だね」
空がそう呟いて、大きく深呼吸した。
その瞬間、
―バサァッ!!―
と、空の背中から何か大きい音がした。
俺はそれを見て驚いた。
「……本物の……天使だ」
空の背中には大きな翼があった。天使である象徴の翼だ。
その翼は、空をイメージするかのようなスカイブルーの色をしていた。
……綺麗だ。本物の天使の翼はこれほどにも綺麗なのか……。
俺が呆気に捉えていたら、空は笑っていた。無邪気な子供のように……。
「どう? これで私が天使だということがわかったよね? ……それじゃあ、行きますか♪」
空は翼を大きく羽ばたかせた。すると俺と空は宙に浮く。
……何だか心地よい。
そうこれはまるで夢のような感覚だ。
眠りを誘うような、温かさ。
風と一緒になる。それはこれの事かもしれない。
「手を放さないでくださいねー。もしかすると、落ちるかもしれないので注意してくださいねー。私、翔くんが寝てたりしたら責任持ちませんよー」
……今、何かとてつもなく不吉なことを言わなかったか?
落ちるかもしれないって……。
「そういえば……さっき俺と空が初めて会ったとき、空は落ちてきたよな? 何でだ?」
俺がそう問うと、空は言いたくなさそうな顔で口を開いた。
「実は……翼が解けちゃって、飛べなくなっちゃったんです。てへっ★」
「てへっ★……じゃ、あるかーーー!!!! 今すぐ降ろせ! 今すぐ!!」
「ひゃあ! ……ご、ごめんなさい。今すぐ降ろします!」
空は、掴んでいた俺の腕を放した。
空の姿が小さくなっていく。何でだ?
下を見る。地上が見える。地面が近くなってきている。
「あ、あはははは……」
俺は今の状態を把握すると笑ってしまった。
「落ちるーーーーー!!!!」
俺はこれからどうなるのだろうか? 死ぬのかな……?
そして、目の前が暗くなった。
何もかもが見えなくなった……。
この後、どうなる俺!?