―バサッ、バサッ―
青い空に鶯が飛んでいる。
暁だ。
暁の足には符を結び付けられている。
これから椿以外の巫女に会いに行くのだ。
ここから一番近いのは夏の巫女の神社。
しかし、暁は乗り気ではない。
何故なら暁は夏の巫女に会うのが嫌なのだ。
昔に……トラウマな出来事が起きたからだ。
そのトラウマな出来事は……言えたもんじゃない。
それ以来行かなくなったのだが、今回は非常事態という事で渋々使いに行っている。
「あー、さっさと渡して次行こうかなー?」
暁は悩んだ。
さっさと渡して次に行く手を考えたが、それが本当に出来るのかと……。
「だけど相手はあの夏の巫女だよ……?」
出来るはずが無い。
まず、捕まってしまう事は確定だろう。
ならどうすれば良いか?
それを考えると、暁はより悩んでしまった。
「う〜ん。行くのやだなー」
「何が嫌なのか?」
「そりゃあもちろん、あの夏の巫女、一条榎凛に会うのが嫌にきま……って……」
暁は誰かが後ろに浮いているのに気付いた。
暁は恐る恐る後ろに振り向く。
そこには、空中に浮かぶ大きな葉っぱに乗っている少女が居た。
その少女は妙な笑顔を作って暁をじっと見つめている。
この少女の名は
榎凛は四人の巫女の中で一番活発的な一番年下の少女。
そして暁の天敵でもある。
その天敵である榎凛の口が開いた。
「あ、か、つ、き〜〜〜〜? 榎凛と会うのがそんなに嫌なのか」
「いや、滅相もありません。これっぽっちも嫌じゃないです」
暁は笑いながら言う。
その笑いには、終わったという気持ちが込められていた。
「うむ。じゃあ、そんなに苛めて欲しいのだな」
いつもいつもどうなったら、そういう
「いや、苛めないで下さい……」
トラウマな出来事。
それは、榎凛からの猛烈な苛め。もとい、嫌がらせ。もとい、弄び。
榎凛自体悪気は無い。
ただのスキンシップと思っている。
しかし、暁からしたらただの苛めしか見えない。
なぜならば、一度榎凛の腕に捕まれたら最後。榎凛が飽きるまでその手を放さないのだ。
これを拉致監禁。または人形遊びとも言う。
「そう言うな。今日は榎凛に会いに遥々来たのだろう? そうとなったらどんな遊戯をしようか?」
音速をも超えるマイペースさに暁もたじたじだ。
暁は戸惑っている間に榎凛の腕の中へと入ってしまった。
もうこうなったら放れることは出来ない。
榎凛の腕は蟻地獄のようなものであり、じたばたしていると余計に逃げられなくなってしまう。
「放して下さい〜〜。今日は急用で来たんですから〜」
「急用? またまた嘘を。分かっている。ただ暁は逃げたいだけなのだろう?」
ふふふ、と榎凛は笑う。暁の言っていることを嘘と思い込んでいる。
当然、暁に取ったら不利なことで……
「違います〜。だから、急用で……」
腕から逃げようとじたばた暴れた。
その言い方、行為は榎凛に取ったら駄々にしか見えない。
「五月蝿い奴め。素直じゃない。素直に遊びたいと言えば良いじゃないか」
ふと、
「――お嬢、その辺にしては」
椿の後ろから声がした。その声は暁にとって救いの声。
椿の後ろに立っていた(浮いていた)のは狐。しかもただの狐ではない。九本の尾を持った狐。そう、九尾の狐である。
この九尾の狐の名は
四人の巫女の式紙中、一番霊力が高い式紙だ。
つまり、一番強い。それも圧倒的な差をつけてまで。
具体的に例えると、暁が普通の大きさの岩を破壊できる程度の力ならば、不知火は山一個分破壊できる力を持っている。
そして、榎凛が一番信頼できるパートナー。不知火の助言は全て素直に聞く。まるで、主と式紙の立場が逆転しているかのように。
「む……不知火がそういうのなら仕方ない」
椿はそう言って捕まえていた暁を腕から放す。榎凛は少し残念そうな顔をした。遊び道具を自らから捨てたと同じだからだ。
そして暁は助かったとため息をつく。ようやく本題に戻せれるのだ。
「我が主、春原椿から急用の伝達を届けにきました」
暁はそう言い、一枚の符を榎凛に渡す。
その符を榎凛はじっくり読んだ。その隣で不知火も一緒に見ている。
「……戦か。とうとう始めるのだな、あの計画を」
「――お嬢、そうとなれば準備を」
「うむ。不知火は一度村雨の状態を見て置いてくれ。炎の刻印が抜けていたら、何も役に立たない。只の
「――御意」
不知火はそう言い、この場から瞬時に消えた。
「暁、榎凛は準備をしなければならん。
「有り難き幸せ」
「む? 何が有り難いのだ?」
榎凛は暁の瞳を覗き込む。
「いや、何でもありません。では之にて失礼します」
―バサァ……!―
翼を広げ、天へと翔ける。
内心、暁はやっと逃げられたと思うのであった。
次へ向かうは秋の巫女の神社、『
暁のお使いが終わるまでまだまだ先は長い。