第六章〜Meister with scientist’s name(後編)〜
-遠い約束〜白銀の生誕祭〜-

 俺とレオが少女に連れてこられた場所。そこは、街外れにある、大きくボロボロな教会だった。屋根に建てつけられている十字架は所々が欠け、壁には罅が入っている。お世辞にも、綺麗だとは言えない場所。
 そこは、さながら神に見捨てられた聖地。
「ごめんなさい。こんなボロい場所で」
「いえいえ。立派なものです」
 大人な対応をするレオ。お世辞なんだろうが、それにしても完璧な微笑みである。
 少女に促され、教会の中に入る。外見に比べて、中は綺麗に補修されていた。どこから持ち込んだのか、天井ではシャンデリアが輝いている。
「あっ、マリアお姉ちゃんだ」
「お帰り……なさい」
「お帰り」
 教会の奥から現れた、三人の子供たち。
 マリアと呼ばれた少女は、駆け寄ってきた子供たちの頭を優しく撫で、微笑んだ。
「ただいま。ミカ、ルディア、ラゼフ」
 撫でられ、嬉しそうに笑う子供たち。
 それは、俺たちが場違いなほどに暖かい光景だった。
「ねぇ、お姉ちゃん。あの人たち誰?」
 俺たちを指差し、そうマリアに問うミカと呼ばれた女の子。
「剣……怖い……」
 俺を、いや、俺が帯剣している緩衝白夜を見て、怯えたようにマリアの服の裾を掴むルディアと呼ばれた女の子。
 そして。
「誰だよ、お前ら」
 ミカとルディアより頭一つ分ぐらい身長のある、男の子。
 帰ってきたマリアに駆け寄らず、頭も撫でられていない。それでも残りの二人から一歩離れた場所でマリアを見ていた男の子。
 ラゼフと呼ばれたその男の子は、俺たちを視界に入れるとヅカヅかと正面まで歩いてきていた。
 切れ長の、鋭い眼光。その瞳は、目に入るもの全てを威嚇する輝きを放っている。
「ラゼフ。この人たちはね……」
「姉ちゃんは黙ってろ」
「……ラゼフ」
 強い口調。マリアは、それ以上何も言えずに言葉を呑む。
「私たちは、マリアさんに招待されたんですよ」
 その眼光に怯まず、柔らかい対応をするレオ。やっぱり、皇帝ともなると貫禄があるなぁ。
「姉ちゃんに?」
「ええ、そうよ」
 マリアの返答を聞いても納得がいかないのか。少し舌打ちをするラゼフ。
『生意気なガキですね。いっそ、斬り殺しますか?』
『……お前の嫌いなタイプだな』
 物騒なことを呟く白夜。やれやれと息を吐く緩衝。何か、緩衝の方が大人だな。
「ちっ」
 不機嫌そうに外に出て行くラゼフ。マリアは困ったように頬を掻いていた。
「さあ、二人ともどうぞ」
 席に案内され、椅子に座る俺とレオ。
「そう言えば、まだお名前を聞いていませんでしたね」
「私は、レオと言います」
 さらりと本名を語るレオ。いいのかよ。
「レオさん、ですね。貴方は?」
「俺は、功」
「コウさん。分かりました」
 そう言い、ニッコリと微笑むマリア。
「それじゃあ、コウさん、レオさん、少し待っていてくださいね」
 台所へと立ち去っていくマリア。
「まさに、聖母マリアみたいな人ですね」
「ああ、そうだな」
 緩衝白夜を机に立てかけ、マリアを待つ。と、不意に制服の裾が引っ張られた。
「ん?」
「お兄ちゃんって、傭兵なの?」
 裾を引っ張っていたミカが、そう聞いてくる。瞳は、好奇心に溢れていた。
 傭兵、ねぇ。今の俺の扱いって、何になるんだろ。
「傭兵じゃないなぁ」
「じゃあ、騎士?」
 レオが、足を踏んでくる。言うな、という合図だろうか。痛いよ。
「違う」
「じゃあ、何?」
「俺は、正義の味方なんだ」
 そう、正義の味方。他に適当な言葉が思い浮かばなかったから、これでいこう。
「だってさ、ルディア。お兄ちゃん、傭兵でも騎士でもないって」
 言われ、離れた場所でこっちを見ているルディアに話しかけるミカ。
 ? 傭兵でも騎士でもない事が、何かあるのか?
「……ホント?」
 か細い声で、そう聞いてくるルディア。それが、とても弱々しかったから。だから俺は、優しく笑ってやった。
「ああ。お兄ちゃんは、正義の味方。ジャスティス・マンなんだぜ?」
 それを聞いて、ゆっくりだけどこっちに歩いてくるルディア。
『何ですか? ジャスティス・マンって』
『正義の味方ってことだろ?』
 そして、近くまで来たとき。ルディアの視線は、緩衝白夜に止まっていた。
『本当に、ネーミングセンスが無いですねぇ』
『そればっかりは、フォローできねぇなぁ』
 言いたい放題の緩衝白夜。そんな双剣を不思議そうな目で見つめるルディア。やがて、伸ばされた指が緩衝白夜の柄に触れた。
「剣が……喋ってる……」
 ほら見ろ。あんまりお前らがあんまり五月蝿いから。って、ん?
「ルディアちゃん、だっけ。もしかして、聞えてる?」
「……うん」
 小さく、しかしハッキリと頷くルディア。
『ほう。私たちとコンタクトしていないのに声が聞えるとは』
『この嬢ちゃんには、かなりの才能があるぜぇ』
 ルディアを褒めるような声を出す緩衝白夜。それを受け、ルディアは小さな笑みを浮かべた。
「何々? 何が聞えるの?」
 一人、話についていけていないミカ。
『こっちは、駄目ですね』
『ああ。全然だな』
「クスクス」
 剣が喋ることが可笑しいのか、それとも発言が可笑しいのか。楽しそうに笑うルディア。
「人気ですね、コウさん」
 レオがそう呟く。どことなく残念そうなのは、気のせいだろうか。
「私には誰も構ってくれないんですね」
 気のせいじゃなかった。
 やがて、お茶を運んでくるマリア。俺たちは他愛ない世間話をしたりして。気がつけば、ミカとルディアは疲れて眠っていた。
 騒がしさから開放され、やれやれと吐息を吐いている緩衝白夜。
「珍しいですね。この子たちがこんなに人と接するなんて」
 ソファーで眠っているミカとルディアを見つめ、優しく微笑むマリア。
「人見知りなんですか?」
「ええ。あの子たちは、孤児ですから」
「孤児?」
「はい。街の裏路地にいたのを、私が引き取ったんです。私も独り身でしたから、寂しかったんでしょうね」
 遠く過去のことを思い返し、目を閉じるマリア。俺は、安らかに眠る二人をずっと見つめていた。
 ――そんでもって一時間後。
「今日は、ありがとうございました」
 空が黄昏に染まる頃。俺とレオは、教会を後にしようとしていた。
「いや、こっちこそ。こんな時間まで居座っちゃって」
「本当に、すいませんでした」
「いえいえ。こちらこそ、大したおもてなしも出来なくて」
 そんな感じで挨拶が終わり。俺とレオは、教会を後にした。
 扉を抜け、外に出る。正面から歩いてくる、ラゼフの姿。少しだけ大人びている男の子は俺たちの正面に立ち。そして、思いっきりこっちを睨んできた。
「姉ちゃんに、何かしてないだろうな?」
「?」
「何のことですか?」
「ちっ」
 不機嫌そうに舌を打つラゼフ。
「姉ちゃんは、俺が守るんだからな」
 すれ違いざま、そんな事を呟くラゼフ。その小さな姿に浮かんだ大きな誓いに俺は苦笑し、ラゼフの肩を叩く。
「頑張れよ」
 また舌打ちをして教会の中に入っていくラゼフ。
「さて、帰りましょうか。レイアも待っていると思いますし」
「げっ、そうだった……」
 そう言えば、置いてきぼりにしたんだっけ。
「明日も、よろしくお願いしますよ?」
「……俺が、生きていればな」
 そうして俺はドンヨリと沈んだ気持ちで、帰るべき場所へと帰って行った。
 ――深夜にレイアによって行われた訓練と言う名のシゴキは、俺の身体をボロボロにしたとさ。

―――――――

 翌日。昨日と同じ状況下で視察に向かう俺たち。レイアと言えば、朝から不機嫌だった。
「なぁ、レイア。まだ怒ってるのか?」
「……話かけるな」
 ずっと、こんな調子である。
 昨日とは違い、今日は街の西の方を視察するレオ。東の方とはまた違う雰囲気。怒っているレイアに触れることを断念した俺は、辺りを見回してみた。
 裏路地に続く道が、一箇所と言わず何箇所も見て取れる。
 と、不意にどこからか怒声が聞えてきた。
「何でしょうね」
「さぁ?」
「……大方、喧嘩だろう。気にすることも無い」
 普通なら、これで会話は終わっていただろう。風に乗って、声が届いてさえ来なかったら。
 小さい、それでも聞き取れた声。聞き違えるはずも無い、最近聞いた声。
『おかしいですね。こんな所まで』
『ずいぶんな遠出だなぁ』
「……レオ」
「行ってきてあげてください」
 頷き、駆け出す。後ろからレイアの困惑の声と、レオの説明する声が聞えてきた。
 薄暗い裏路地に入る。目に入ったのは、数人の男に囲まれている男の子。あの生意気な瞳は、間違えるはずも無い。
「ったく、こんな所で何やってんだか」
 ラゼフを囲んでいる男の一人が、拳を振り上げる。振り下ろされたそれは、鈍い音と共にラゼフの顔面に打ち込まれる。
「おいおい。マリアちゃんを守るんだろぉ?」
「テメェらなんかに、姉ちゃんは近づけさせない」
「言うことは立派だな。それに、俺たちは別にマリアちゃんにどうこうするつもりはねぇよ」
 言いながらも、下卑た笑みを浮かべる男。一発で嘘だと分かる言葉。だって俺があの立場だったら、絶対襲うもん。
『やれやれ』
『レイアに半殺しにされるぜ?』
 うるさいな。もしもの話だろ? イフの話だろ?
「そうそう。だから、子供は黙って寝てろ!!」
 固められた拳が、ラゼフに叩き込まれる。その直前。ラゼフと男の間に割り込んだ俺は、左手でその拳を受け止めた。
「子供相手に大の大人が情けねぇなぁ」
 まったく、呆れるぜい。
「なっ」
 拳を受け止められ、狼狽する男。何? さっきのパンチ、そんなに自信があったのか?
「誰だ、テメェはっ!!」
「俺か? 俺は、正義の味方だ」
「……は?」
 動きが止まる男たち。俺は、笑みを浮かべる。
「いいのかぁ? 止まっちゃって」
 男たちが返答する前。俺は、固めた右拳を正面の男に叩き込んだ。
 身体をくの字に折り曲げて、昏倒する男。
「えっ?」
「ほらほら。隙だらけだぞ?」
 男たちは、驚いたことだろう。気がつけば、殴られ気絶しているんだから。
 やがて、ラゼフを囲んでいた男たちも一人になる。
 俺は不敵な笑みを浮かべて、手招きをした。
「う、うわあああっ!!」
 逃げればいいのに、拳を振り上げて走ってくる男。俺は放たれた拳を避け、カウンターとして左拳を男の肋骨にめり込ませた。
「見たか、伝説の左を」
 脇腹を押さえ、蹲る男。俺はその髪の毛を掴み、無理やり男を立たせる。
「これから先、マリアや他の奴らに何かしてみろ。今度は、殺すぞ」
 白夜の刀身をチラつかせ、ドスの効いた声で男を諭す。目尻に涙を溜めた男は何度も頷きながら、声にならない許しを請っていた。
 優しい俺は、髪の毛を離す。仰向けに崩れ落ちる男。
「せいっ」
 その鳩尾に、拳を叩き込む。男は泡を吹きながら、気絶した。
 さて、と。残りは、いないな。
 俺の後ろで唖然とするラゼフ。俺は振り返り、尻餅をついているラゼフに手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「お、お前……」
「ん?」
 震えている声。そうか。いくら凄んでいても、こいつはまだガキだったな。
「どうして、ここに……」
 どうして。そんなの、決まってる。
「俺が、正義の味方だからだ」
 絶句するラゼフ。俺は優しく微笑み、手を差し伸べ続ける。震えているラゼフは、それでもシッカリと俺の手を掴んでくれた。
「で、どうしてお前はあんな所まで?」
 教会に向かう途中。俺は、ラゼフにそう聞いていた。
「あいつ等、姉ちゃんにしつこく付きまとってたんだ。だから……」
 ……わざわざ、西からご苦労なことで。
 それにしても、あの言葉は本当だったんだなぁ。
「なあ、ラゼフ」
「何だよ」
「お前、どうしてそんなにマリアを守ろうとしてるんだ?」
 沈黙。言いたくないから黙っているのか、話す事をまとめているのか。
「……俺は」
 ややあって口を開くラゼフ。どうやら後者だったようだな。
「俺たちの親は、傭兵だったんだ」
 俺たち。ミカとルディアもそうなのか。
「お前らって、兄妹だったのか?」
「ああ。三つ子なんだ」
 頷くラゼフ。驚きの事実だな。
「親父も母さんも、腕利きの傭兵だった。でもある日、殺されたんだ。一緒に仕事に出ていた仲間に」
 俺は、黙って話を聞く。
「そいつらは、親父と母さんが今まで稼いだ金を奪って、家まで奪って。それで、俺たちは捨てられたんだ。邪魔だったから、裏路地にな」
 仲間の傭兵が全てを奪った。だから、ルディアは俺が傭兵か何かだと思って怯えていたのか。
「そんな時だったんだ。姉ちゃんが、俺たちを拾ってくれたのは。俺たちは、姉ちゃんに命を救われたんだ。だから、恩返しをしなくちゃいけない」
「だから、守るって?」
「姉ちゃん、しっかりしてそうでどこか抜けてるからな」
 む、それは同感。
「でも、今のままじゃ全然駄目だな」
 さっきの事を思い出したのか、沈んだ声を出すラゼフ。
「なあ」
「ん?」
「どうやったら、俺もアンタみたいに強くなれるんだ?」
 俺みたいに強く、か。
「それはな」
 それは。
「地獄を見ることだ」
 そう。思い浮かぶ限りの地獄が天国へと変貌するほどの地獄。頭の中に浮かんだ、悪魔たちの顔。
「抽象的だな」
 実に辛辣な一言だった。
「ま、とりあえず身体を鍛えろ。ちゃんと飯食って、ちゃんと運動して。強くなるのは、それからだ」
「……わかった。じゃあ、鍛えたら俺を弟子にしてくれ」
「ああ、いいぞ」
「約束だからな」
 そんな感じで、気がつけば教会前。
 扉の前では、マリアが心配そうな顔で立っていた。
「ラゼフ!!」
 俺たちの姿を確認したマリアは、慌ててラゼフに駆け寄る。
「よかった……」
 安堵と共に、ラゼフを抱きしめるマリア。
「ね、姉ちゃん……!!」
「もう、あんまり心配させないでね」
「……うん」
 照れながらも、マリアの胸の中で頷くラゼフ。この瞬間。俺は、自分が近衛騎士団インペリアル・ナイツであることを誇りに思った。
 この小さな幸せを守れる。守ることが出来る。そう、思った。
「コウさんも、ありがとうございました」
 立ち上がり、深く頭を下げるマリア。
「現場にコウさんたちがいなかったらと思うと……」
「いいよ、別に。それにしても、たち?」
 不思議に思い、首を傾げる。
 マリアとラゼフと共に教会に入った俺は、そこで信じられないものを目にした。
「ほら、そっちにボールが行ったぞ」
 楽しそうに遊んでいるミカとルディア。いや、それは別段問題ない。問題なのは、遊んでいる相手だ。
「レイ、ア?」
 俺が呟くのと同時に、こっちを向くレイア。レオはソファーに座って、またも残念そうな顔をしている。
「こ、コウ……?」
 一気に顔が紅くなるレイア。そしてレイアは、一瞬で俺の目の前まで移動してきた。その手は、俺の胸倉を掴んでいる。
「何を、見た?」
 レイアの双眸が俺を睨む。俺は視線を逸らし、冷や汗を流した。
「い、いや、何も。レイアがあんなに楽しそうに遊んでいる所なんて、見てねぇよ」
「……忘れろ」
 ライオンも逃げ出す一言。俺は、黙って首を振るしかなかった。

―――――――

 視察最終日。レオがいつものように街の人と雑談しているそんな時。俺とレイアは、気を張っていた。
「何で、最終日に……」
 突きつけられている殺気。数は、ざっと十を超えている。
「どこのネズミだ。視察の時にこんな殺気を漏らす阿呆は……」
 バルムンクを置いてきているレイアの武器は、護身用の短剣のみ。戦闘になったら、前衛は俺か。
 雑談を終え、戻ってくるレオ。
「東に行くと、小高い丘があります」
 硬い声。俺とレイアは微かに頷き、移動を開始した。
 出来るだけ視界の広い道を抜け、街外れに向かう。
 辿り着いたそこは、緑の芝生が生い茂る公園みたいな場所だった。幸いなことに、人はいない。
 護衛三日目で、本当にレオを護衛することになるとは。
 緩衝白夜を抜き、視線を巡らせる。レイアも、レオを庇いながら短剣を構えていた。
 やがて、正面から現れる十数人の人間。全員覆面で顔を隠しているため区別がつかないが、体型からして全員男だろう。
「誰だ、お前ら」
「俺たちは、王国の暗殺部隊。皇帝の命、貰い受ける」  くぐもった声を出す男。
「? 何か、おかしい」
 レイアが呟くが、気にしている暇は無い。
 暗殺部隊は重心を低く落とし、逆手に持った剣を構える。その姿は、さながら忍者と言ったところか。
 じりじりと間合いを詰めてくる暗殺部隊。衝突は、突然だった。
「シッ!!」
 暗殺部隊の一人が、投げナイフを投擲する。狙い違わず、俺の眉間に飛来する切っ先。緩衝じゃ、間に合わない。
「くっ!!」
 白夜でナイフを落とす。これぐらいの衝撃なら、無いに等しい。
 一瞬だけ塞がれた視界を戻す。しかし、そこにはもう暗殺部隊の姿はない。殺気は、真上から。
 前に転がり出る。一瞬の後、地面に剣が突き刺さる音。
 立ち上がり、振り返りざまに白夜を振るう。しかし、すでに暗殺部隊の姿はない。
「ちっ!!」
 今度は、両サイドからの連携攻撃。
 繰り出される刃を緩衝で弾きながら、白夜を振るう。しかし、高速剣は掠りもしない。
『馬鹿なっ!! 私を超える速度だとっ!!』
『こいつら、ただの雑魚じゃねぇ!!』
 四方より、刃が迫る。捌き切れなかった刃が、俺の身体を切り刻む。
「コウ!!」
 レイアの声。しかし、視界は剣に阻まれている。
「おかしい。狙いが、コウさんだけに絞られている」
 レオの声が微かに届く。攻撃が、俺だけに集中しているだとぉ?
「っざけんな!!」
 動きのスピードを上げ、刀身を捌いていく。
 やがて、攻撃のテンポが崩れ始める。俺はその隙を逃さず、開けた刃の隙間から殺陣内を脱出した。
 レイアと並び、暗殺部隊を睨む。
 戦闘が始まってから数分。すでに、息は上がっていた。
「どういうことだよ。狙いはレオじゃないのか」
「それは分からない。だが、事実として狙われているのはお前だけだ」
「ちっ」
 こうなったら、先手必勝だ!!
 地を蹴り、加速する。振り下ろす刃は、緩衝。
 跳び上がって避けようとする暗殺部隊員に、切っ先が掠める。たった、それだけ。しかし、たったそれだけで上に向かおうとする力は殆どが緩衝によって打ち消された。
「やっと、捕まえたっ!!」
 動きの止まった暗殺部隊員に、白夜を振るう。
 闇夜さえ切り裂く白銀の閃光は、寸分違わず暗殺部隊員の胴を両断した。
 これで、一人目。
 やすむ間もなく、二人目に向かう。要領は掴んだ。緩衝を当てれば、俺の勝ちだ。
「二人目!!」
 大上段から両断する。ようやく、こいつ等の動きに目が追いついてきた。
 タイミングを合わされ両断された仲間に学んだのか。避けることを止め、ただ攻撃に重点を置く暗殺部隊。
 四方から迫る刃。プラス、上からも刃が迫っている。
 俺はその場で回転し、四方の刃を全て捌く。そしてその回転に乗ったまま、上から降ってくる刃を緩衝で弾いた。
 刃を弾かれ、無防備になる暗殺部隊員。その腹部に、白夜を突き入れる。
「……掛かったな」
『マスター、危ねぇ!!』
 緩衝が叫ぶと同時。暗殺部隊員は腹部に突き刺さった白夜を掴み、そして自爆した。
 爆風が芝生を撫ぜる。衝撃は緩衝で受け流せたが、視界は完全に塞がった。その状況から、繰り出される刃。予測不可能な位置から繰り出される刃は、悉く俺の身体を刻んだ。
 やがて、爆煙が晴れる。俺を囲むように回る暗殺部隊。ゆっくりと、しかし確実にその間合いは縮まっている。
「コウ!!」
「来るなっ!!」
 駆け出そうとしたレイアを止める。
「お前がいなくなったら、誰がレオを守るんだ」
「し、しかし」
「心配するな」
 言って、不敵に笑う。
「何たって俺は、正義の味方だからな」
『この状況で、よくそんなことが言えますね』
 言わなきゃ、やってられないんだよ。
 緩衝白夜を構える。さあ、いつでも掛かって来い。
 視線を一箇所に絞り、一点突破を狙う。他には構うな。最速で、間合いを詰める。
 足に力を溜める。そして、駆け出そうとした瞬間。俺の視界は、この場にいてはいけないものを映していた。
 必死になって、全力で走っている男の子。自らの身体を鍛えるために。大切なものを守る力を手に入れるために。
 それを追いかけるかのように、走ってくる二人の女の子。そして、一人の少女。ピクニックにでも来ていたんだろうか。その手には、大き目のバスケットが握られていた。
 走っている子供たちは、次第にこっちに近づいてきて。
 暗殺部隊員の一人が、笑ったような気がした。
「来るなあああああぁぁああっ!!!!」
 俺を囲んでいた暗殺部隊員の一人が陣を抜け、子供たちに飛び掛る。煌く白刃。間近の殺気に気付く子供たち。でも、身体は止まらない。
 全てが、スローモーション。やがてその刃は吸い込まれるように、子供たちを庇うように前に出た少女の胸に突き刺さった。
「あ、ああ……」
 見間違いなんかじゃない。俺は、駆け出した。
「マリアァァァッ!!!!」
 一瞬で景色は流れる。しかし、暗殺部隊が進路を邪魔する。
 刃を引き抜いた暗殺部隊員。飛び散る鮮血。その視線は、怯えている子供たちに。
「や、止めろ……!!」
 想像できる未来。決して逃れることの出来ない未来。レイアに視線を向ける。しかし、レイアも暗殺部隊に阻まれていた。
 大きく振りかぶられる刃。それは、一瞬の後、振り下ろされた。
「止めろぉぉぉぉぉっ!!!!」
 邪魔をする暗殺部隊員を斬り捨て、駆ける。しかし、間に合うことは出来なかった。
 刃は、三人の子供を一気に斬り捨てる。吹き出る血。傷はここから見て分かるほど深く、それは、致命傷だった。
 用は済んだとばかりに、大きく後退する暗殺部隊員。その姿は、他の暗殺部隊員と紛れて分からなくなる。
「ミカ!! ルディア!! ラゼフ!!」
 駆け寄り、三人の子供たちの、その名前を呼ぶ。
「痛い、よ……」
 ミカが、苦しそうに喋る。涙を流しながら。息絶えていく。
「お兄ちゃん……」
 ルディアが、俺の服を掴む。いつもの弱々しい声。血を吐きながら。息絶えていく。
「姉ちゃんは……、無事か?」
 血を吐きながら。それでも、マリアの心配をするラゼフ。俺はその手を握り、大きく頷いた。
「ああ、大丈夫だから」
「そう、か……。よかった……」
 その手から、次第に力が抜けていく。
「しっかりしろよ、ラゼフ!! お前、俺に弟子入りするんだろ!?」
「……コウ、兄ちゃん……。俺、もっと、強くなりたかった……」
 弱々しく微笑みながら。ラゼフも、息絶えていく。
 俺は、拳を握り締めた。何が、何が正義の味方だ。子供さえ、守れないのに……!!
「ミカ……ルディア……ラゼフ……。どこ?」
 細い声。俺は、マリアが伸ばした手を掴む。
「マリア!!」
「コウ、さん?」
 既に目が見えないのか。マリアは、焦点の合わない瞳を忙しなく動かせる。
「あの子たちは……無事ですか?」
「……ああ」
「そうですか……。よかった……」
 嬉しそうに。本当に嬉しそうに微笑むマリア。
「今日は、あの子たちの誕生日なんですよ? だから、早起きして、色々作って……」
「もういい。もう、喋るな……」
 止まることを知らない血液が、芝生を紅く染めていく。
「あの子たちに、伝えてください……」
「ああ」
「強く、強く生きてって……」
「分かった。分かったから」
「よろしくお願いしますね。正義の味方さん……」
 力が抜ける。マリアは満足そうに瞳を閉じて。そして、息を引き取った。
 立ち上がり、唇を噛み締める。
「とんでもない嘘吐きだな、俺は」
『ええ。でも、優しい嘘でしたよ』
『本当に、な』
 緩衝白夜を、強く握り締める。
 何でなんだ。何で、こんな事になったんだ。誰が、こんな事をしたんだ。
 視線を向ける先。悠然と構えを取る暗殺部隊。
 そう。あいつらが、壊した。
 小さな幸せを。あいつらが、壊したんだ。
「お前らも、壊してやる」
 魔力が、身体の中を駆け巡る。
「我が纏うは真理の翼。誓いと対成す一つの形」
 許しはしない。逃がしはしない。
「それは、力」
 誰が殺したかなんて、関係ない。全部、壊す。全部、全てをっ!!
「強化術式、ワンサイド・ウィング。起動」
 顕現するのは漆黒の帳。光と対成す闇の翼。
 左翼だけの翼を広げ、俺は地を蹴った。
 相手が何も出来ないまま、間合いに入る。慌てて跳び退ろうとする暗殺部隊員。
「逃がさない」
 一閃するは、闇夜を切り裂く高速剣。
 白い軌跡はそのまま刃となり、周りの奴らも両断していく。
 攻撃の後。その隙を狙って、攻撃を仕掛けてくる暗殺部隊員。
 一閃するは、全てを呑み込む防御剣。
 力を全て受け流され、体勢を崩す暗殺部隊員。白夜を使って、一人一人を確実に葬っていく。
 やがて戦闘は終わる。俺の、悲しみから生まれた圧倒的な力によって……。

―――――――

 風が吹きぬける。俺は、街外れにある小高い丘に来ていた。
 丁度、見晴らしのいい場所。丘の上。墓標が四つ。刻まれた銘は、それぞれ『ミカ』、『ルディア』、『ラゼフ』、そして『マリア』。
 それ以外には、何も彫られていない。それ以外に、何も知らなかったから。
 あれから、二日。帝国は皇帝暗殺未遂という大義名分の下、王国に宣戦布告を行った。つまり、水面下の戦争が明るみに出たわけだ。
 墓標に背を向け、歩き出す。これから向かうは、国境という名の最前線。
 脳裏に浮かぶのは、幸せそうな四人の笑顔。守れなかった幸せ。奪われた命。
 絶対に、許さない。許すことなんて出来ない。
 俺の持てる全ての力を以って、覚醒した対極の英雄の力を以って。絶対に。
「王国を、潰す」

―――――――

 次回予告
 突如として言い渡された宣戦布告。
 それは、水面下の戦争が明るみに出る時。
 最前線の国境に配備されたチーム・アハツェン。
 戦闘が激化する中。僕は彼と再会する。
 次回
 遠い約束・第七章
「対極の英雄」
――思い出さないほうが、幸せだったのかもしれない――




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