第五章〜白銀の生誕祭(後編)〜
-遠い約束〜白銀の生誕祭〜-

 まだ、朝も早い頃。窓から差し込む光は少なく、薄暗い部屋を照らす照明は消えている。生活感のない、部屋の主の匂いがしない、そんな部屋の中。
 ぼんやりと浮かぶシルエットは二つ。大きな書斎机を挟み、向かい合っていた。
「それで、彼の様子はいかがですかな?」
 長いローブを着込んだ壮年の男性が、そう口を開く。
「まだ、だな」
 動きやすい軽装の上にマントを羽織った青年が、そう答える。
「対極の英雄としての戦闘能力は問題ない。問題なのは、極としての力に目覚めていないことだ」
 壮年の男性は、腕を組んで唸る。
「アリキシス王国に現れた対極の英雄は、極としての力に目覚めているそうですな。しかも、この世界に現れて早々に」
「“きっかけ”」
 呟くように言葉を紡ぐ青年。
「あいつは、偶然にも“きっかけ”を掴んだ。だから、力に目覚めた」
「彼にも、“きっかけ”が必要だと?」
「そう。負の極に相応しい、とびっきりの“きっかけ”がいる」
 そう言って笑う青年。薄く、暗い笑み。
「そう言えば、一週間後に皇帝が街へ視察に行かれますな」
「一週間後、か」
 青年は何かを考えるかのように目を閉じ、そしておもむろに語りだす。壮大な、茶番劇のあらすじを。

―――――――

 帝国にも、色々と兵士は存在する。各地に点在する駐屯軍だとか、帝国騎士団クルセイダーズだとか、処刑執行人エクスキューショナーズだとか。
 で、それらを束ねる立場にあるのが今、現段階で俺が所属している近衛騎士団インペリアル・ナイツというわけだ。
 束ねると言っても、兵士の繋がりは縦じゃなくて横のほうが強いわけであって。
「しっかし、お前って本当に戦いのない世界から来たのかぁ?」
「おう。俺のいた世界じゃ、そんなのはなかったぜ」
「でも、かなり強いだろ? お前は」
 食堂。つまる所、皆で飯を食う場所。
 訓練という名の地獄が休憩に入った昼時。俺はそこで、ばったりと出くわした帝国騎士団クルセイダーズと談笑しながら昼食を取っていた。
 あの、アーティファクト奪取任務から一ヶ月とちょっと。あれから、別にこれといった任務もなく。日々は続き、毎日が訓練やらこの世界の歴史の勉強やら。
 帝国に属する兵士が隊別に暮らす、皇宮のお隣に位置する建造物。そんな所で一ヶ月も生活していれば、自然と他の隊の人たちとも仲良くなるわけで。
「別に、俺は最初から強かったわけじゃねぇよ」
「まぁ、そりゃそうだよな」
 フォークで肉を突きながら、俺はため息を吐く。
「毎日が地獄だぜ? フィオとレナは容赦無いし。レイアに至っては反撃すらできねぇ」
 あれから。レイアが俺の名前を呼んでくれたあの任務から。戦闘訓練にレイアも参加していた。少しだけ接し方も柔らかくなった様な気がする。でも、相変わらずと言えば相変わらずで。
 俺、やっぱ嫌われてんのかなぁ?
『……いつまでもウジウジと。情けない』
『いっその事、告白すれば?』
 うるせぇ。お前らにはわかんねぇよ。この張り裂けそうな魂の慟哭は。
『何を言っているのかは理解できませんが』
『ま、なるようにしかならねぇさ』
 やるせなくなって、また溜め息を吐いてしまう。
「どうしたんだ? そんなに溜め息ばっかり吐いて」
「恋煩いかぁ?」
 テーブルを挟んで正面に座っている二人の騎士が、茶化すように言ってくる。恋煩い、かぁ。
「似たようなもんかなぁ……」
「マジかよ」
「相手は誰だよ」
「……秘密」
 そんな感じで過ぎる昼。午後も午後とて戦闘訓練。
 俺は、暗雲たる気分で飯を食う。
「暗いな。もう少しシャンとしたらどうだ?」
 声は、後ろから。首だけを動かして振り返った先には、レイアの姿があった。まさに、噂をすればなんとやら、だ。
 プレートグリーヴにガントレット。唯一違うのは、上半身に甲冑を着けていないという事だけ。
 一ヶ月前。あの出来事で上半身の甲冑を破壊されたレイアは、それ以来上半身に甲冑を身に着けなくなった。
「力を持った相手には、意味が無いと分かったんだ。それなら、無い方が身軽だろう?」
 そう言ったレイアだけど、はてさて真意は分からない。
 ただの気分かもしれないし。
「……聞いているのか?」
 声を掛けられ、俺は意識を戻す。見れば、二人の騎士はそそくさと退散していた。……レイア。お前って、人気無いんだな。
「……」
 俺を睨む視線が強くなる。
「悪い。聞いてなかった」
「……ハァ」
 呆れたように溜め息を吐くレイア。何か、表情が豊かになったよな、こいつも。だからって、キツイのには変わりは無いけど。
「もう一度だけ言うぞ。近衛騎士団インペリアル・ナイツ所属のコウ・ミヤモト及びレイア・ヴェルダンテは三十分後に皇宮謁見室集合。尚、異議は認めないものとする。だそうだ」
「謁見室?」
 はて、何だろう。
「今日は、皇帝が街を視察する日だ。私たちの目的は、皇帝の護衛だろう」
『よかったですね。光栄なことですよ?』
 んな事言われたって、俺には理解できないし。
「本来なら私だけで十分だが、隊長の命令だ。仕方ない」
 横目で俺を見ながら、そう言うレイア。何か、ムカつく言い方だなぁ。
「遅れるな」
 そう言い残し、去っていくレイア。俺は、その後姿を黙って見送った。

―――――――

 皇宮、謁見室。真っ赤な絨毯が敷き詰められた、かなり広い部屋の中。俺とレイアは、そこにいた。
 初めて見る部屋。落ち着きの無い俺と、そんな俺に呆れているレイア。
 やがて、奥の扉から三人の人物が姿を見せた。
「揃っていますね」
 まず最初に、長いローブを羽織った壮年の男性。ハジャさん。
「時間通り。ご苦労だな」
 次に、軽装の青年。ケイオスさん。
 そして、最後に。
「あなた達が、今回の護衛ですね? よろしくお願いします」
 ガキだった。小学六年ぐらいの、男の子だった。
「はっ」
 しかし、レイアはそんなガキに頭を垂れる。
「……。それで、皇帝はまだですか? ケイオスさん」
 まったく。人を待たせるなんて、なんてフテェ野郎だ。きっと、もの凄く傲慢な奴に違いない。
「こ、コウッ!!」
 慌てたように、レイアが俺を見る。一瞬のアイコンタクト。あ・た・ま・を・さ・げ・ろ。
「何で?」
 最もな疑問である。
 そんな俺に、レイアは更に慌てる。苦笑するハジャさん。ケイオスさんは小さく笑い、問題のガキが一歩前に出てきた。
「あ〜、ごめんなぁ。俺、皇帝に用があるんだ。遊ぶなら、どっか他の奴と……」
『よく、そんな発想が出来ますね』
『さすが、マスターは器が違うぜ』
 んだよ、お前らまで。
「初めまして、コウさん」
 そう言いながら、微笑を浮かべる男の子。
「ラオデキア帝国、第19代目皇帝。レオ・ラオデキア・ライズアークです。レオって呼んでください」
 ……へ?
「じゃ、じゃあ、お前が?」
「はい。皇帝です」
 こ、こんなガキが帝国のトップ? 大丈夫かこの国は。
「も、申し訳ございません。何分、異世界から来た者ですので……」
 何だ? 人を世間知らずの恥知らずみたいに。
『その通りじゃありませんか』
 くそぅ。グゥの音もでねぇ。
「いいんですよ。僕は気にしませんから」
「そ、そっか? お前、いい奴だなぁ」
「調子に乗るな」
 レイアに足を踏まれた。

―――――――

 帝都、ラオデキア。初代皇帝、ラオデキア・フィル・ライズアークが建造した都市。人々はそんな皇帝を尊敬し、この街にそう名前を付けた。らしい。
 いかにも、そこら辺の子供といった服装のレオ。
 いかにも、そこら辺の少女といった服装のレイア。
 いかにも、他所から来た人といった服装の俺。
 いや、これは仕方ねぇじゃん。一張羅だし。これしか持ってないし。
 そんな三人組が、大通りを横断する。傍から見れば、仲の良い姉弟に見えるだろう。俺を除けば。
 活気で賑わう帝都。さすがは帝国の首都であり、交易などの中心地だ。まるで、東京みたいだな。
『トウキョウ?』
『マスター、何だそりゃ』
 俺のいた世界っつーか、国の首都だよ。
 人のいい笑顔で、屋台の親父と談笑するレオ。レイアは、視線を鋭くして周りに気を配っている。俺はそれが可笑しく見えて。レイアの肩を叩いた。
「何だ」
「もう少し、力を抜いたらどうだよ。それじゃ、護衛してることがバレバレだぜ?」
「い、言われなくても分かっている」
 少し顔を紅潮させて、そっぽを向くレイア。やがて、レオが戻ってくる。
「次に行きましょうか」
「おう」
 様々な人たちとすれ違いながら、大通りを進んでいく。
「……平和だなぁ」
 水面下で戦争をしているとは思えないほど、帝都は平和だった。いや、水面下で戦争をしているから平和なのか。
「そうですね」
 一歩後ろに下がって辺りを警戒しているレイアを置いて、二人で会話する。
「僕は、この平和を本物のものにしたい」
 空を見上げ、呟くレオ。
「本当は、戦争なんてしたくないんですよ」
「そっか」
「ええ。ですから、今も和解交渉を進めています」
 俺は、レオの横顔を見る。
 こいつ、まだガキなのにそんな事を考えてるのか。いや、ガキだからそんな事を考えているのか。
 ま、どちらにせよ俺よりもシッカリした奴だな。
 そんな事を考えながら道を進む。と、不意に声が聞えてきた。
「だ、誰か〜!」
 前方から声。アンド足音。ん? と顔を上げれば、何かバッグを持って走ってくる壮年男性と、それを追いかけている少女(俺と同い年ぐらいの美少女)。
 男性の勢いは衰える事無く、しかも追いかけている少女を神経質にも確認しているため・・・・・・。
「お、おわっ! 前、前!」
 言うが、時既に遅し。男性の身体は、思いっきり俺にぶち当たっていた。
 腹部に感じる鈍い衝撃に唸り、少し後ろによろめく。
 対する男性は、完全に尻餅を付いていた。
「く、くそっ!」
 追い着いてきた少女を見て、男性は走り去ってゆく。バッグを、その場に放り捨てて。俺は腹を擦りながら、落ちたバッグを拾い上げた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
 息を切らせて、少女が目の前まで来る。俺は少女に、バッグを差し出した。
「ホラ。お前のだろ?」
「あ・・・・・・ありがとう・・・・・・」
 息を切らせながらも、それを受け取る少女。
「……平和って言っても、どこの世界も変わらないか」
「残念なことですけどね」
 どこか達観したように呟くレオ。……ん?
「そう言えば、レイアは?」
「彼女なら、さっきの男を追わせました。どんな罪でも、罪は償うべきですから」
 怖いね、お前って。
「あ、あの……」
 恐る恐るといった感じで、少女が俺とレオに声をかけてくる。
「あ、ありがとうございましたっ」
 そして、深々と頭を下げた。
「本当に、何とお礼を言ったらいいのか……」
「いいよ、お礼とか」
「そうですよ」
「あっ、そうだ!! これから、家に来てください。お礼の代わりといったら何ですけど、お茶ぐらいはご馳走できますから」
 聞いちゃいねぇし。
 いかにも一般市民Aみたいな出で立ちの少女は、そう言うが早いか俺たちの手を取って走り出した。
「ちょ、ちょっと!!」
 なんてアグレッシブな娘なんだ。レオはレオで呆然としてるし。
 そんなこんなで、俺とレオは半拉致的な感じで少女の家まで連行された。レイアに、何も伝えずに……。

―――――――

次回予告
アウル・アントラスとしての記憶が戻って、数日。
人々が悲しみから立ち直り始めた頃。
王都に、東からの旅人が訪れる。
次回
遠い約束・第六章
「Meister with scientist’s name」
――ったく、タリィなぁ――




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