石畳の大通りを駆け抜ける。速く、今は、とにかく速く。
何で、そう思うのか。でも、考えるよりも身体が動く。アウルとセリカが失踪した。そんなのは、絶対におかしくて。絶対に、何か裏がある。
脳裏に浮かぶのは、薄笑いを浮かべた仮面の男。アウルと名乗った、聖十字<セイント・クロス>の隊長。
自分の足がもどかしい。もっと、もっと速く走れないのか。
周りの景色が流れる。前にあったものは、一瞬で後ろになり。行きかう人々は、巻き起こる陣風に目を丸くする。
「ユウ君!!」
声がする。同時に聴こえるのは、ひずめの音。速度を落とさずに振り返る。視界に映るのは、馬に乗ったクロウさんの姿。
「ここから進入禁止区域まで、どれだけの距離があると思っているんですか!? 早く乗ってください!!」
馬が横に並ぶ。僕は、クロウさんの後ろへ飛び乗った。
今まで以上の速度で、大通りを駆け抜ける。
「捜索隊は、チーム・アインスとチーム・アハツェンで構成しました。私たちは一足先に、グラン・マル平野に向かいますよ」
「最初からそのつもりです」
正面ゲートを抜け、ひたすら駆ける。一つの真実に向かって・・・・・・。
聖騎士の館より西に位置する演習場。クロウさんの伝令を受け、チーム・アインスとチーム・アハツェンはそこに集合していた。
チーム・クワトロは、フィア以外全員重傷で、動けるものがいない。唯一動けるフィアが、残り三人の看病をしている。
「クロウから、伝令があった。本日未明、セリカ相談役とアウル騎士隊長が失踪した。王宮は現在も混乱中。捜索隊として、ボクたちが選ばれた」
深刻な顔で、説明をするクレア総隊長。
私は、自らの耳を疑った。相談役と、アウルさんが失踪? 一体、どうして。
疑問が渦巻く。そういえば、クロウさんとユウが帰ってきていない。何か、関係があるのだろうか。
「クロウとユウ君が、先発隊として捜索に向かっている。ボクたちの任務は、先発隊の向かう地点より半径五キロの範囲内の街や集落、村を捜索することだ」
一息。
「行こう。何が起こったのかを確かめに」
その言葉に、行動を開始する両チーム。私も、駆け出そうとして。総隊長に、呼び止められた。
「ミリア」
「何ですか、クレア総隊長」
「クロウの考えが正しいのであれば、恐らく彼は悲しむだろう」
彼。それは、ユウのことか。
「その時、君は彼の隣にいてあげてくれないかな。一人っていうのは、思いのほか辛いことだから」
なぜ、クレア総隊長がそう言ったのか。それは分からなかったけれど。私は、頷いた。
「よし。じゃあ、行こうか」
満足した顔で駆け出す総隊長。私も、それに続く。訪れる悲劇を、今はまだ知らなかった……。
馬が止まる。僕とクロウさんが馬から降りると、一目散にどこかへ駆け出していく馬。正面に広がるのは、かつて平野だったという面影さえ残さない瓦礫の山。
僕が、初めてこの世界の地を踏んだ場所。
僕が、初めてミリアと、皆と会った場所。
ここが、僕の始まりの場所。でも、それだけじゃないと、頭の隅が疼く。始まりの場所。書かれていたのは、その言葉。その裏の意味。
この場所で、それがハッキリと分かるのだろうか。
「行きますよ、ユウ君」
懐から本を取り出すクロウ。
「何ですか、それ」
「ああ、これですか?」
金で縁取りされた本を見る。どこにでもある、一冊のハードカバー。でも、どことなく魔力を感じる。
「これは、術者をサポートするもの、魔道具です」
「魔道具?」
「ええ。これを介して術式を放つことで、術者は一時的に
本を小脇に抱え、クロウさんが歩き出す。僕も、それを続いた。
「万が一の時のため、ですね」
瓦礫を縫うようにして、歩く。一体、相談役とアウルはどこにいるのか。ほとんど勘で指し示した場所。もしかしたら、ここにはいないのかもしれない。
でも、クロウさんは何の疑いもなく進んでいく。それが、僕には不思議で。
「クロウさん」
「何ですか?」
「どうして、僕の言ったことを信じるんですか?」
「そうですねぇ」
顎に手を沿え、考える仕草をするクロウさん。
「君は、この場所の名前を知っていた。1800年前の、戦争の終着地を」
言われ、瓦礫を見渡す。これが、ヴァイスの言っていた戦争の跡。
「始まりの場所。グラン・マル平野。まぁ、間違いはないでしょう」
? さっぱり分からない。
「今はまだ、分からなくてもいいんですよ」
意味深な言葉を残し、先に進むクロウさん。やがて、瓦礫がない、開けた場所に出た。
浮かぶ埃を、日光が照らす。そこは、ある種神秘的な場所。そして、そこにいた。
「来たか、クロウ。そして、ユウ、だったか」
「何をしに来たのです。これ以上、アウルに近づかないでください」
杖を構え、一歩前に出るセリカ相談役。瓦礫の上で、腕を組んで僕たちを見下ろしているアウル。
光に照らされ、相談役の顔がハッキリと浮かぶ。それは、やっぱり夢に出てきたあの女の子の顔で。
「セリカ、相談役……」
踏み出そうとした僕を、クロウさんが制す。
「スパイ容疑は、アウルだけです。退いてくれませんか?」
「何の戯言を」
意思を込めた瞳で、僕たちを睨む相談役。
「やれやれ、仕方ありませんねぇ」
本を開くクロウさん。
「クロウさん!?」
「大丈夫ですよ。殺すわけじゃありません。殺す理由がありませんし、殺してしまっては今夜の祭りが後味の悪いものになりますから」
「生誕祭には出席しませんわよ」
「貴女の誕生日でしょう?」
少しずつ、戦意を剥きだしにしていく二人。僕は、少しだけ離れた。
邪魔をしたらいけない。そう思ったから。
「アウルのいない生誕祭など、意味はありませんから」
そして、それが戦いの合図になった。
クロウさんが、本に魔力を流し込む。一時的な
対する相談役は、少しずつ魔力を解放していく。先天的な
激突は、唐突に。
「啼け、風よ!!」
「唸りなさい、濁流!!」
真空の刃が相談役を襲わんと牙を剥く。迎え撃つのは濁流という名の
飲み込まれる刃。真空は水を切り裂き。
唸る濁流。極限にまで圧縮された水圧が、真空を潰し。
パァンという音を立てて、弾け飛ぶ水龍。消滅する真空の刃。互いの先制攻撃は、相殺。しかし、その結果を分かっていたのか。互いに有利な位置を維持するために移動しながら、次の詠唱に入る。
「貫け、氷刃!!」
「防ぎなさい、爆炎!!」
瓦礫の壁を蹴り、宙を舞いながら術を編むクロウさん。頭上という死角からの攻撃。でも、相談役は焦ることなく頭上に炎の壁を顕現させる。
「そのまま伸びろ!!」
相談役が魔力を込める。円形の、炎の壁。氷の刃を受け止めている部分。それ以外の部分が、炎の鞭となってクロウさんを襲う。滞空するクロウさんには、避ける術がない。
しかし。
「受け止めてくださいよ、水流!!」
氷の刃を放ったまま。水の盾を顕現させるクロウさん。二つの術式を同じ空間軸に放ち、しかも両方を完全に制御している。一体、どれだけの魔力量だろう。
炎が壁に激突し、蒸発していく水。視界を覆う水蒸気。完全に、視覚が奪われる。
「くっ!!」
クロウさんを見失い、相談役は術式を解く。瞬間、正面から水蒸気を切り裂いてクロウさんが相談役に急接近した。
「なっ!!」
「外せますか?」
右の手の平に、風が渦巻く。
「風穿衝!!」
掌底が、相談役の腹部に当たる。瞬間、風が爆発した。
ものすごい勢いで吹き飛ぶ相談役。瞬時に編んだ術式で、瓦礫激突時の衝撃を無にする。
「本来なら、風が身体を穿つのですがね」
笑みを浮かべ、クロウさんは言う。
「意外でしたか? 私は、体術もできるんですよ」
もう降参してください、と。クロウさんは言う。でも相談役は、無言で立ち上がった。その身体に、今まで異常の魔力が渦巻く。
今までの、キーワード・スペルの少ない術式じゃない。これは、かなりの大技だ。
「アウルは、私が護るのです……」
呟き。
「お姉ちゃんである、この私が!!」
記憶を、何かが走りぬけた。
「砕け散れ!! その
魔力が、弾ける。
「享受せよ!! 聖なる裁きを!!」
光の粒子が、収束する。
「
それは、光の十字架。断罪の十字が、地面を抉りながらクロウさんに迫る。避けることなど許されない。クロウさんは何かを諦めたように目を閉じ。そして、呟いた。
「カウンター・スペル、起動」
クロウさんを囲むように、六つの球体が浮かび上がる。
「
聖十字を、六つの球体が受け止める。見る見るうちに、霧散していく聖十字。代わりに現れたのは、六つの氷刃。
それは、大技を発動した反動で無防備な相談役に向かい、牙を剥いた。
――これからは、俺がずっと一緒にいるから――
身体が、動く。
――ありがとう、セリカ――
言葉が、蘇った。
「駄目だぁああああああああああああっ!!!!」
自分の出せる限界の速度を以って、刃より先にセリカの前に回りこむ。一瞬の後、刃は僕の背中に突き刺さった。
「ユウ君!?」
「まぁ、そうだろうな」
背中が痛い。でも、そんな事は気にならない。だって、護ることが出来たんだから。
「貴方、何で……」
「……もう、大丈夫、だから」
まだ、朦朧とする記憶。でも、ハッキリとした意識。
――この人を、護りたい――
「セリカ。今なら、止めを刺せるぞ」
「で、でも……アウル……」
「……ユウ」
アウルが、僕に話しかけてくる。
「どうして、セリカを護った?」
どうして? どうしてだろう。そんなのは分からない。だけど。
「誓ったから……」
言葉が、無意識に漏れる。
「何を?」
「お姉ちゃんを護るって、そう誓ったから……!!」
霞が掛かる記憶。目を丸くしているセリカ。
「くっくっく。そうか。思い出したか」
笑うアウル。瞬間、アウルの大剣が、セリカに突き刺さった。
「えっ?」
視線を向ける。何かを投げた動作で止まっているアウル。何を、投げた?
「アウル……」
セリカが、薄く笑うアウルに目を向ける。
「そうだ。俺は、アウルだ。しかし、それは真実じゃない」
指を上げる。引き抜かれ、アウルの手に戻る大剣。崩れ落ちるセリカ。僕は、その身体を受け止めて。
「もう、茶番劇は終わりだ。真実を語ろう。さぁ、思い出せ。それを以って、俺の復讐が果たされる」
「あ、ああ……」
力が抜けそうになる。
「今から、1800年前」
アウルが話し始める。
「この場所で、局地的な事象崩壊が起こった。帝国が掻き集めた『存在意思』。傷つきすぎたこの剣では消しきれなかった、魔力の余波。それは、この場所を魔界へと変えた。全ての過去、全ての未来、全ての現在が交錯する異界。範囲に一人だけ入っていたセリカは、余波を受けてその身体から可能性を消された。寿命という可能性を。自分が死んだ過去。死ななかった未来。そして、どちらへ転ぶか分からない現在。それが、セリカの寿命を消した。そして、その余波は俺にも降りかかってきた」
一息。
「事象崩壊の中心地。レプリカの『存在意思』が暴走した場所。俺の意識は、それの直撃を受けた。別の可能性が身体の中に入り込む。矛盾した存在。世界はそれを、当然拒絶する。そうして俺は、いや、俺たちは世界から弾き出された。肉体は消滅し、魂だけが残った。今までの記憶、経験、全てを体験してきた表の魂。拒絶され、受け入れられず、抑圧されていた俺の魂。表の魂はそのまま別の世界に辿り着き、新たな肉体と共に生を受けた。当然、記憶も硬く封印されて。俺の魂は、そのまま何もない空間を漂っていた。考えるのは、いつも表の事だったよ。俺は、自由を持った。これで、表に抑圧されることがない。これで、今までの復讐ができる。暗い、何も見えない場所に閉じ込めてきた、偽善面の表に復讐ができる、とな」
続く言葉。語られる真実。記憶は、確かに繋がっていって。
「この世界に戻れたのは、偶然だった。だが、その偶然に俺は感謝した。思えば、この身体も偶然に手に入れたものだ。あいつには感謝しないとな」
あいつって、誰だ?
「そして俺は、まずセイヴ・ザ・クィーンを造った。模写するのは簡単だ。どういうものだったか。その記憶はあるのだから、その通りに造ればいい。そして王国に潜り込み、セリカに接近した。いつか来る、この日のために」
喋り続けるアウル。セリカの身体は、どんどん冷たくなっていく。息も荒い。
「思い出したか? 転生した表の魂。悠と名付けられたその魂。いるはずのない俺。矛盾した存在を認めない世界が呼び戻した、世界に認知されていたオリジナル」
うるさい。黙れ。もう、喋るな。
次々に浮かんでは消える記憶。それは、霞んだ景色に色を付けて。
「お前の名前は、アウル・アントラスだ」
「アウル……」
アウルじゃなくて、僕に手を伸ばすセリカ。僕はその手を掴んで。
頭に響く、あの声。もう、聞き取れないなんて事はない。今は、ハッキリと聞える。
「思い出したよ。今更だけど」
セリカが、微笑む。
「約束通り、帰って来たよ……。お姉ちゃん」
僕がずっと見ていたかった笑顔のまま。淡い光になって、消えていくセリカ。世界の定理に逆らって生き続けてきた反動か、亡骸すら残すことがない。
「おかえりなさい、アウル……」
呟きは光に。そうして、消えていくセリカ。僕は、両の手を握り締める。
「今更思い出して、何を悔しがっている? 何を悲しんでいる? あいつも、本望だろう? 愛すべきものの手によって、愛すべきものの手の中で死ねたのだから!!」
お前は、何だ? 一体、何なんだ?
ゆっくりと立ち上がる。心が痛くて、どうしようもない。でも、それ以上に怒りが渦巻いていた。
「お前は、何なんだ?」
「俺は、お前だ。お前に抑圧されてきた、裏のアウル・アントラスだ」
全身の血液が沸騰しそうだ。お前だけは、許さない。セリカの気持ちを弄んだ、お前だけはっ!!
「そうだ、その顔が見たかった!! もっと悔しがれ!! もっと、もっとだ!!」
「てめぇええええええっ!!!!」
真眼を発動する。僕の真眼の力。それは、昔と何にも変わっていない。
――対象の過去の記憶と、現在の記憶を結合させる。
昔は、戦闘本能を結合させてきた。でも、今は。今は、過去の僕を現在の僕に!!
記憶が弾ける。記憶が、そのまま経験となって身体に流れ込む。
この瞬間。史上最強と謳われた伝説の剣士が、蘇った。
刀を抜く。記憶はそのままイメージとなり、魔力を以って顕現する。刀を媒介として顕現する大剣は、セイヴ・ザ・クィーン。大切なものを護り抜く剣。
「おおおおおおっ!!!!」
瓦礫を蹴り、一直線に疾走する。向かうは、ただ一つ。
「アウルゥゥゥゥゥッ!!!!」
「来い、アウル!!」
仮面を外すアウル。現れたのは、僕と同じ顔。
激突する刃。同じ剣、同じ名前、同じ顔。今は、それが憎い!!
力任せに剣を振り抜く。押され、後ろへ跳躍するアウル。逃がさない。
瓦礫を蹴り、距離を詰める。体勢を直したアウル。袈裟懸けに掬い上げる一撃。それは、振り下ろされた一撃と衝突する。
重厚な金属音が鳴り響く。巨大な剣を振り回す。
互いに一歩も譲らない。決定打のないまま、時間だけが過ぎていく。
「くくくっ!! そうだ、そうでなくては面白くない!!」
剣を弾き、距離を取るアウル。この体勢じゃ、追撃は出来ない。
「行くぞ!!」
セイヴ・ザ・クィーンを、まるで居合いのように構えるアウル。
あれはっ!!
「我流、凪!!」
神速で剣を振り抜くアウル。放たれたのは、真空の刃。
周りの空気を吸収しながら、威力を上げて真空刃は飛来する。風のない技。僕は、避けれないと見て上に跳んだ。
「甘い!!」
まるで意思があるかのように、刃は軌道を修正する。
「知っているよ!!」
そもそもは、僕が考え出した技だ。魔力による遠隔操作。真空の刃は、外れることを知らない。だから、迎え撃つ!
「我流、凪!!」
空中。距離を稼いでの、同じ技。激突する真空と真空。余波を撒き散らし、互いに相殺される。
しかし、その結末を分かっていたのか。アウルは動じることなく、次の行動に移っていた。
撒き散らされる余波。真空と真空の激突。その中を、跳んでくるアウル。無数の傷など気にしないかのように、ただ一直線に。
「はぁっ!!」
「っあ!!」
横一文字に振るわれたセイヴ・ザ・クィーンを、戻したセイヴ・ザ・クィーンで受け止める。衝撃が身体を貫き、そのまま地表に叩き落される。身を翻し、何とか着地するが体勢は崩れたままだ。このままだと、アレが来る!!
「お前を殺して、俺が表になる!! 俺が、オリジナルになってやる!!」
大剣を振り上げ、アウルが叫ぶ。
「それが、お前に対する復讐だ!! アウル!!」
剣に、爆発的に魔力が集中する。間違いない。過去最大の威力を持った、あの技。
当れば消滅は必至。魔力を無効化する剣に、無理やりに魔力を纏わせる力技。反発力がせめぎ合い、爆発的に力が増幅される。完全なる魔力制御と、武器への支配力がないと成立しない技。その名も、
「我流奥義、雷刃・瞬閃!!」
滞空した状態で、大上段に振りかぶったセイヴ・ザ・クィーンを振り下ろす。煌く刀身。放たれるのは、疾風迅雷の如き一閃。避ける術なんてない。煌きは、即ち着弾なんだから。
「ぐ、お、おおおおぉおっ!!!!」
煌く閃光。同じように魔力を込めたセイヴ・ザ・クィーンで迎え撃つ。
一瞬の交錯。全身の筋肉が千切れそうだ。骨が軋む。衝撃波が刃となり、僕の身体を悉く刻む。でも僕は、力任せに剣を振り抜いた。
結果は、相殺。
「アレを消すか、お前はっ!!」
着地して、剣を構えるアウル。でも、こっちのダメージも半端じゃない。真眼の残り時間も一分を切った。勝負は、一瞬で!!
反撃するのは、最速の技。瓦礫を蹴り抜き、前に進む。もっと、もっと疾く!!
限界を超えた速度。アウルは笑いながら、迎え撃つべく前に出る。距離が詰まる。間合いに入る。そして僕は、剣を振った。
逆袈裟に振り下ろし、逆胴に振り抜き、袈裟懸けに斬り上げる。神速の三連撃。舞い上がる燕。
「燕……!!」
「知っているぞ、それはっ!!」
その全てを防ぎ、アウルは更に距離を詰める。
舞い上がろうとした燕は、その翼を折られ。終わる攻撃。止められる技。
でも、その先に……!!
――創り出せ――
振り抜かれた刃。
――防がれたのならその先を――
手首を返す。瞬時に、魔力を込める。
――創造しろ!!――
羽を失った燕。落ちる前に。どうせ落ちるのであれば……!!
「この手で落とす!!」
「何っ!?」
それは、燕返しと雷刃・瞬閃との組み合わせ。過去と現在の融合技。誰も知らない、たった今、名を持った技。
「燕落とし!!」
神速で振り下ろされる刃。舞い上がろうとした燕は、失意のうちに翼を折られ。地に、叩き落された。
圧倒的な力。受け止めるアウル。その剣は折られ。
大地割る一撃。衝撃の直撃を受け、吹き飛ばされるアウル。
「消し飛べぇえええぇっ!!」
魔力を纏わせたまま。更に凪で追撃する。
真空の刃はアウルの身体を切り裂き。そして僕は、僕を殺した。
真眼の効果が切れる。今までの動き、その代償。身を引き裂くような痛みが走る。
「ユウ君!!」
クロウさんが駆け寄ってくる。僕は崩れ落ちそうな膝に力を入れて。アウルの倒れている場所に近づく。
吹き抜ける風。はためくコート。そうして僕は、目を閉じた。
「こんなんで……」
虚しく疼く。引いた怒り。あとに残ったのは、寂寥感。
死んだ僕。もう一人の僕。
「ユウ君……」
「クロウさん。これで、よかったのかな……?」
答えは出ない。死んだセリカ。大切な人を失った今、僕は、一人になった寂しさを感じていた。
「とりあえず、帰りましょう。今日は生誕祭です。あの人の為にも、精一杯楽しみましょう」
「……はい」
頷いて、もう一人の僕に背を向ける。元に戻った刀を納め、クロウさんの肩を借りる。
そうして、僕たちは王都へ帰還した……。
崩れ落ちたアウルの身体。魂の抜けた人形。それを、抱えあげる。
損傷部分は多いが、直せないレベルではない。テストは十分だ。この出来ならば、あの魂にも、あの憎悪にも耐えられる。
ほくそ笑む。もう少し。もう少しで。
「余の、願いが叶う」
影は、笑った……。
夜。王都が賑わう時間。今日は、戦争を終結させた女王の誕生を祝う祭り。祝う対象の無い、最後の祭り。
まだ、国民は知らない。だから、楽しく、みんな楽しく祭りを続ける。
そんな中、私は中庭に来ていた。
思ったとおり、何をするでもなくベンチに座っている人物。全てを見て、全てを聞いて、全てを思い出した人。
私は、そっと近づいて。隣に、座った。
互いに無言で、流れる噴水を眺める。
「……やっと、思い出せたんだ」
唐突に、ユウが口を開く。
「遠い約束。絶対に帰ってくるって、二人で一緒に過ごすって、そんな約束だった」
私は、黙って聞く。
「でも、守れなかった。思い出せたのに、守れなかった……」
目の前で大切な人を失った人。私は、何も言うことが出来なくて。
「泣きたくても、泣けないんだ……」
空を見上げるユウ。私も、同じように顔を上げる。
星の光が煌く空。不意に、白銀の結晶が舞い降りる。悲しみが結晶になったかのように、泣けない誰かのために、代わりに泣いているかのように。
寂しそうに空を見上げるユウ。私は隣にいて、何もすることが出来なくて。それがイヤだったから。
ユウを、抱きしめた。
「……えっ?」
「大丈夫。私が、側にいるから」
ミリアが、僕を抱きしめて呟く。子供をあやす母親のように。優しく、全部を包み込むみたいに。
それは、いつかの言葉。いつかの誓い。
果たせなかった、僕の想い。
――ずっと、俺が一緒にいるから――
それが哀しくて。懐かしくて。一人じゃないって、そう思えて。
雪が降り注ぐ。最後の生誕祭。白銀の生誕祭。今までの悲しみを全て吐き出すように。
僕は、泣いた。子供のように、精一杯。力が続く限り、泣いた。
哀しみが溶けていく。白い結晶が舞い降りる中。思い出すのはあの笑顔。手の届かない、ずっと見たいと思ったあの笑顔。
彼女は、幸せだったんだろうか。僕は、彼女を幸せに出来たんだろうか。例えそれがもう一人の僕だったとしても。幸せに、出来たのだろうか。
答えは出ない。だから、もう、考えるのはやめにしよう。
泣き終わったら、精一杯、この祭りを楽しもう。お姉ちゃんの誕生日を、心から祝おう。
今日は、白銀の生誕祭。彼女と僕が、初めて出会った日……。
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