第四章〜聖天使(中編)〜
-遠い約束〜白銀の生誕祭〜-

 日の光が、窓から差し込んでくる。白を基調とした部屋を照らす光。私は、その部屋の中でクロウと話をしていた。
「五年前、アウルさんはこの王都に現れました。女王であった貴女を護る剣を携えて」
 声は、静かに流れる。そう。アウルは、彼は戻ってきてくれた。悠久の時の中で、私との約束を守ってくれた。
「今現在、その剣を所持しているのは……」
「アウルだけです」
 そう。あの剣、セイヴ・ザ・クィーンは、初代聖騎士団隊長ただ一人のために造らせた大剣。この世に、二つとして同じものはない。
「そうですか」
「それが、何か?」
「いえ……」
 言葉を濁すクロウ。
「実は、先日行われたチーム・アハツェンとチーム・クワトロの決闘中に、異世界から来た少年が真眼を発動しました」
 少年? それは、リョウの事だろうか? それとも……。
「発動したのは、チーム・アハツェンのセイバー、ユウです」
 ユウ。その単語に、私はあの少年の顔を思い浮かべる。見れば見るほど、似ていた。雰囲気も、そっくりだった。まだ、私のことを姉として慕ってくれていたあの頃の彼に。
「その時、ユウの持つ剣に、薄い影が見えたのですよ」
「影?」
 頷くクロウ。
「間違いありません。あれは、確かな記憶を以って魔力を込めれば現実を結ぶ影でした」
 その影が、一体どうしたのか。
「それが、何ですか?」
「あの影は、大剣の影でした。長く大きな、片刃の大剣。アウルさんの持つ、セイヴ・ザ・クィーンとまったく同じ形をした影」
「えっ?」
 どういう事だろう。異世界から来た少年が、イメージを具現化させる術式を使えるとは思えない。それに、セイヴ・ザ・クィーンを見れたタイミングは一回の、しかも一瞬。そんな記憶に、魔力が反応するはずが無い。
 つまり……。
「あの少年は、セイヴ・ザ・クィーンの事を知っている?」
「ええ。そう考えるのが妥当でしょう」
 でも、どうして? 湧き上がる疑問。いくらアウルに似ているからといって、そんな事は有り得ない。だって、アウルは既に存在しているのだから。
「謎を解く鍵は、1800年前にあるのかも知れませんね」
 軽く息をついて、背もたれに体重をかけるクロウ。もう、この天才のことだ。頭の中で、おおよその結論は出ているのだろう。あとは、それを裏付ける事実が必要なだけで。
「失礼しますわ」
 認めない。アウルは、アウルだ。あの頃のままの、私の一番の人。誰にも、文句を言わせない。
 ――アウルが偽者だなんて、認めない――

―――――――

「そういえばさ、聖十字セイント・クロスのメンバーって見ないよね」
 アーチャーであるミリアとの戦闘訓練。それが終わったあと、僕とミリア、あとヴァイスはいつものように食堂に来ていた。
 今日は趣を変えて、定食を食べる僕。箸で肉か魚か分からない物体を突きながら、不意に思い浮かんだ言葉を正面のヴァイスに投げかけた。
「そりゃあ、いないからな」
「いない?」
 以外だった。つまり、聖十字セイント・クロスなんて大層な名前が付いている隊は……。
聖十字セイント・クロスはね、必要な時以外はアウルさん一人が所属している隊なのよ」
 ……説明してくれるのは嬉しいんだけど、分かりにくいよミリア。
「あ〜、もう!! 物分りが悪いわね!!」
「ご、ごめん……」
 雰囲気に押されて謝る僕。
「本来、聖十字セイント・クロスっていう隊は、存在しない隊なんだ」
 見かねたのか、ミリアの説明にフォローを入れるヴァイス。
「存在しない隊?」
「ああ。正確には、もうすぐ存在を認められる隊、だけどな」
 こっちの説明も分かりにくいなぁ。
「今現在の聖騎士団、その一番隊から八番隊まで。その中で、各クラス別のトップが将来入隊する隊。今は名前だけの、本当の最強部隊。それが、聖十字セイント・クロスなんだよ」
「へ〜。じゃあ、いつ活動を始めるの?」
「さぁ? アウルさんの目に留まった奴から引き抜かれていくらしいから、俺には何とも」
 なるほど。聖十字セイント・クロスって、そういう隊なのかぁ。
 視線を向けると、何でか不機嫌そうな顔で箸を動かしているミリア。えっ? 何でそこで僕を睨むの? いや、あの……。
「ごめんなさい」
「何で謝ってんだ?」
 いや、だってミリアが……。
「ギロッ(黙って食べなさいよ)」
「……はい」
 そんな感じで、平和(?)な時間は過ぎていくんだなぁと思っていた昼下がり。やっぱり現実は厳しく、今立っている場所なんていうのは一瞬で壊れてしまうんだなぁという事を、次の瞬間には僕は痛いほど実感する事になった。
 もの凄い勢いで開かれる、食堂の扉。来た。あの悪魔が。
 ここ一週間、僕に悪夢を見せ続けている張本人が。
「あ〜っ! ユウ見っけ!!」
 ドドドドッという感じで突進してくる女の子。もとい少女。風になびくツインテールが、今ではおぞましく思えるのは気のせいなのか。
「とうっ!!」
「うわっ!!」
 突進してきた勢いのまま跳び上がり、僕に抱きついてくる少女。名前を、フィアという。チーム・クワトロのランサーだ。
「あの〜、フィア?」
「えへへ〜」
 抱きついたまま、胸板に頬ずりするフィア。一週間前。僕の二つ名が決まった出来事。あれ以来、フィアはずっとこんな感じだった。本人曰く、
「一目惚れしちゃった」
 らしいんだけれども。
 それでも、時間に関係なく気が向けば僕を探し出して抱きついてくるのはやめて欲しいなぁ。
「僕、昼食の最中なんだけど」
「アタシは、もう食べたよ」
 いや、そんな事を聞いているんじゃなくて。
「おいおい、フィアちゃんよぉ」
 我らがランサー、ヴァイスが口を開く。
「埃が舞うから、止めてくれねぇか?」
「何言ってんの? 雑魚は雑魚らしく残飯でも漁ってな」
「んだと、この十四歳のガキが!!」
「なっ! 歳とか言うなぁ!!」
 埃が舞うから、止めて欲しいんじゃなかったの?
 取っ組み合い、床を転がるヴァイスとフィア。僕はため息をついて、食器を片付ける。
「っしゃあ!! マウント取ったぞマウント!!」
 ヴァイスが勝ち誇った咆哮を上げる。
「甘いんだよ!!」
 少し浮いているヴァイスの股間。フィアは、そこ目掛けて膝を打ち出す。
「くらえっ、アタシのハルペーをっ!!」
「ぐっはぁ!!」
 股間を押さえ、床を転がりながら悶絶するヴァイス。あ〜、可哀想に。
 と思う暇も無く、僕にタックルをするフィア。抱きつくのなら、もっと普通にしようよ。
「ね〜、ユウ? こんなの放って置いて、アタシの部屋に来ない?」
「ぎゃ〜!! 俺のメデューサがぁっ!!」
 う〜ん。まさに混沌カオス。阿鼻叫喚の地獄絵図だなぁ。
 ダンッ!!
 と、激しい音が食堂に響く。見れば、ミリアがテーブルを叩いていた。
「……ごちそうさま」
 かなり不機嫌な声で言って、食堂を出て行くミリア。そうなった今、救いの手は無く。
「あれ? にぎやかだねぇ」
 クレア総隊長が食堂に入ってくるまで、僕は一人低いテンションのままフィアの相手をしていた。

―――――――

 中庭。本館と演習場の中間にある、緑生い茂る庭園。何でも、セリカ相談役が指示してここを造らせたらしいんだけど。
(あ〜あ)
 そんな癒し効果抜群の中庭も、今の私には何の効果も無かった。
 中央に位置する噴水。ただ水を噴き上げ、落ちてくる飛沫を観賞するためだけのもの。私は、噴水の正面に設置されているベンチに腰を下ろした。
「何を苛立っているんだろう……」
 何でか、イライラした。フィアとユウが仲良くしている。それを見ていると、無性に腹が立って。
(何で、ユウの事でイラつかなくちゃいけないんだろ)
 自然と漏れるため息。結局、私はこのもやもやした気持ちの正体を知ることは出来なかった。
「おや? どうしました、ミリアさん」
 静かな、それでいて存在感のある声。聞えたのは、憧れの声。
「さ、策士!!」
 びっくりする。びっくりして、声が上ずってしまった。
 いつの間にか噴水の前に立って、眩しそうに目を細める青年。策士クロウ。若くして王国の策士にまで登り詰めた天才。私の、憧れの人。
 いけない、どうしよう。さっきから、心臓がバクバク言ってる。
「? 顔が赤いですよ?」
「な、何でもないです!!」
 覗きこむようにして、私の顔を見るクロウさん。慌ててそう答えると、そうですかとクロウさんは隣に腰掛けた。
「あ、隣、失礼しますよ」
「あ、は、はい。どうぞ……」
 沈黙が流れる。二人並んで見上げる噴水は、とても綺麗だった。
 そうやって、何時間噴水を見上げていたのか。不意に、クロウさんが口を開いた。
「何か、あったんですか?」
「……えっ?」
「いや、少し、元気が無いように思えたものですから」
 言われて頭の中に浮かぶのは、ユウの顔。思い浮かべた瞬間、あのモヤモヤした気持ちが戻ってくる。ニッコリと笑って、私を見るクロウさん。い、言えないよぉ。
「ユウ君の事ですか?」
 ズバリ言われて、私は焦る。
「そ、そんな事無いです!!」
 否定の言葉が、口から漏れる。
「あ、あいつは、漂流者だし、戦闘も素人だし、一人だったし。こ、ここに連れて来たのだって、ただの同情なんですよ?」
「同情、ですか?」
「え、ええ。行く当ても無いだろうから、チーム・アハツェンに入れた訳ですし……」
 次々と出てくる言葉。あれ? 私、こんな事言うつもりじゃなかったのに。
 一通りの話を聞き終えたクロウさんは、一言だけ、
「そうですか」
 と言って、噴水を見上げた。その横顔には、小さな笑みが浮かんでいて。
「さて、じゃあ、私はもう行きます」
 立ち上がるクロウさん。
「人間、素直が一番ですよ」
 去り際にそう言って。クロウさんは、本館へと歩いていった。

―――――――

 総隊長にフィアを任せて、僕は食堂を後にした。
『……ごちそうさま』
 あの後、ミリアはどこに行ったのだろうか。何か、とても不機嫌だったけれど。
 とりあえず、隊員部屋に戻る。寝室は別だけど、待機場所はこの部屋だ。ちゃんと、ミリア用の机もあるし。
 だから、ここに居るかなって感じで扉を開けた。
「あれ? ユウだ〜」
 聞えたのは、聞き慣れた黒猫の声。あれ?
「御影、いたの?」
「……ああ」
 ベランダから外を眺めながら、短く返事を返す御影。昼とか見かけないと思ったら、部屋にいたのか。
「ユウ〜。暇だよ〜」
 黒猫のガブリエルが、足元に寄ってくる。僕はガブを持ち上げ、腕に抱いた。
「本館の探索とか、しないの?」
「う〜ん。したい事は、したいんだけどね〜」
 その瞳を、御影に向ける。
「あんまり動きすぎると、心配するからね〜」
 ああ、そっか。御影、なんだかんだ言っても、ガブのこと大事に思ってるんだなぁ。
「で、どうしたの〜」
「ああ、そうそう。ミリア見なかった?」
 言われて、本題を切り出す。しかし、ガブは首を振る。
「……部屋には、戻ってきていない。中庭じゃないのか?」
「そっか。ありがとう、御影」
 ガブを降ろして、僕は部屋を出る。中庭かぁ。あそこの噴水、学校の噴水に似てるんだよなぁ。
 などと元の世界に思いを馳せながら、中庭に出る。
 中庭には、ミリアと、策士クロウの姿があった。二人、並んで噴水を見上げている。ミリアは、耳まで真っ赤だった。
「ああ、いたいた。お〜い、ミリ……」
「そ、そんな事無いです!!」
 聞えてくる、強い否定の声。何だろう。何の話をしているのかな。
「あ、あいつは、漂流者だし、戦闘も素人だし、一人だったし。こ、ここに連れて来たのだって、ただの同情なんですよ?」
 漂流者。その言葉に、身体が反応する。それは、僕と御影のこと。言葉からして、十中八九僕のことだろう。
 それにしても、同情?
「同情、ですか?」
 クロウさんの声。僕は、じっと聞き耳を立てる。
「え、ええ。行く当ても無いだろうから、チーム・アハツェンに入れた訳ですし……」
 その言葉を聞いた瞬間。僕の中の何かが、音を立てて崩れ去った。
 同情。それは、憐れみ。行く当てが無いから、迎え入れた。それじゃあ、あの笑顔も、あの言葉も、全部、全部が。
「僕を、憐れに思ったから……?」
 呟く。上げかけていた手を降ろす。そもそも、僕は何でミリアを探していたんだろう。こんな事を聞く位だったら、探さなきゃよかった。
 踵を返して、中庭から離れる。裏切られた。そんな気持ちが、僕の中に渦巻いて。
「ああ、やっと痛みが引いたぁ。……ん?」
 食堂から、ヴァイスが出てくる。
「ユウ、どうしたんだ? そんな顔して」
「……ねぇ、ヴァイス」
「ん?」
「僕って、別に必要ないのかなぁ」
「は? お前、何言ってんだ?」
 問いには答えず、ヴァイスの横を通り過ぎる。可哀想だから、仕方なくチーム・アハツェンに所属させてやっている。仕方なく、セイバーのクラスを与えている。
 そんな想いが、どんどん僕の中で膨れていった。
「……どうしたんだ?」
 部屋に戻ると、御影がそう聞いてきた。別に、と答えて、ベッドに寝転ぶ。
 もう、何もしたくなくて。何も考えたくなかった……。

―――――――

 王都、通信システム管理塔。そこに、信じられない報告が飛び込んだ。
「何? もう一回言ってくれ」
『だから、ヴァルハラからあれが消えているんだ!!』
「馬鹿なっ!! 駐屯軍はどうしたんだ!?」
『分からないが、恐らく記憶を消されている。分かっているのは、帝国にあれを奪われた事だけだ!!』
 あれ。王国が極秘裏に開発を進めていたアーティファクト。アウル発案の元、ヴァルハラで製造していた最強の魔力人形。
「いつだ!? 奪われたのはいつだ!?」
『約、一ヶ月前だ。ヤバイぞ。帝国の技術力で一ヶ月もあれば、確実にあれは完成している』
「使ってくるか、あれを」
『ああ。間違いないだろうな。……丁度今、膨大な魔力反応が国境を越えたと報告が入った』
「なっ!!」
『速いぞ。躊躇している暇は無い。狙いは、王都だ』
 そこで通信にノイズが走り、会話が切れる。あれの魔力が、通信に干渉しているのだろう。
「話は聞いていたな!? 国王と策士に最優先で報告しろ!!」
 部下に指示を飛ばして、地域図を表示させる。まるで暴風雨のような魔力反応は、既に察知圏内に侵入していた。
「来るか。最強最悪のアーティファクト、聖天使マキュラが」
 呟きは、やがて訪れた喧騒に掻き消された……。




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