第三章〜“真眼”(後編)〜
-遠い約束〜白銀の生誕祭〜-

 開け放たれる扉。渡り廊下を渡った先にある部屋。近衛騎士団インペリアル・ナイツが使用する修練場。俺は、フィオに連れられてそこに立った。立っちまった。
「ほう、意外と早かったな」
 ケイオスさんが意外そうな声を上げる。
「相性抜群のやつが見つかってなぁ」
 それに答えるフィオ。そうかと頷いたケイオスさんは、隣に並ぶように俺を促した。
 促されるままにケイオスさんの隣に立つ俺。うわぁ、何か、転校生の紹介みたいだ。フィオはフィオで向こうに並んでるし。
「対極の英雄、コウだ」
 呆気ない紹介。ため息を吐きそうになりながらも、近衛騎士団インペリアル・ナイツの面子を眺める。
 鉢巻を巻いた、ショートボブの女の子。ニコニコとした笑顔で俺を見ている。出で立ちは忍者みたいな感じだけど、多分違う。剣と銃を持ってるし。
 細目の、軽装備にロングコートの青年。フィオだ。今まで気付かなかったけど、長い柄の剣を腰に装備している。つーか、柄長すぎ。
 そして、ラスト一人。少し蒼い髪をポニーテールに纏めた、キツそうな少女。アーモンド形の双眸が、俺を睨んでいる。いかにも騎士といった出で立ち。特に目立った特長は無いな。
「え〜っと、初めまして。功です」
『何ですか、その挨拶は。基本がなってない』
『だってさ、マスター』
 あ〜、うるせぇっ!!
「初めまして、コウ。アタシは、レナ。レナ・ソウゲツ。よろしくねっ」
 言って、笑う鉢巻を巻いた女の子。その笑みがどこか不敵なのは、俺の気のせいだろうか。
「……」
 気まずくなる位に黙っている少女。その瞳は、やっぱり俺を睨んでいるわけで。
「あ〜、気にせんといて。こいつ、いっつもこうやから」
 フィオがフォローを入れる。が、当の少女は視線を逸らして、歩き去っていった。
 何か、俺気に入らないことでもした?
「気にしないでいいよ。彼女、いっつもああだもん」
「プライドが高いねや。言った通りやろ」
 確かに。あれは、はっきりとした敵意を持っていた。で、それを隠しもせずに俺にぶつけてきた。そんなに、俺が気に入らないのか。
 ……俺も、強制的に入隊させられたんだけどな。
「任務は、一週間後だ。各自、鍛錬を怠らないように」
 言うだけ言って、去っていくケイオスさん。俺は、大きくため息を吐いた。
「ほな、部屋まで案内するわ」
「部屋?」
「せや。ワイとお前の部屋。いやぁ、今まで一人やったけど、これで賑やかになるわぁ」
 ああ、なるほど。確かに、部屋無しじゃ困るよな。
「で、部屋に案内して少ししたら実戦訓練でもしよか?」
「じ、実戦!?」
「せや。経験も無いまま任務に出られても、足手まといやからな。この一週間で、みっちり鍛えたる」
 いや、別にいいんだけどな。元々、俺は体育会系だし。あの地獄の合宿に比べれば、大抵のことは天国さっ!
 歩き出すフィオ。追いかける俺。レナは、相変わらずの表情で手を振っていた。
 絨毯の敷かれた廊下を進む。
「あのまま渡り廊下を進んどったら、皇宮や。皇帝に謁見するときとかは、あの渡り廊下を進めばええ」
 ……覚えられるかなぁ。
 緩やかなカーブを曲がり、階段を上る。広がる同じ景色。東に進む。
 窓から差し込む光が、舞い上がる埃を照らしている。こんな広さだ。掃除も大変そうだなぁ。
 やがて辿り着く、突き当りの部屋。
「ここが、ワイとコウの部屋や」
 言いながら、扉を開ける。
 クラシック調で統一された、雰囲気のある部屋。ベッドは二つ。乱れているほうが、フィオの使っているベッドだろう。二人が使うにしても、結構な広さの部屋だ。
『なかなか、広い部屋ですね。希望を言えば、私たちがゆったり出来るベッドが欲しいです』
「そこら辺で寝てろ」
『ひでぇなぁ、マスター。そりゃないぜ』
「訓練は一時間後でええやろ。それまで、自由に散歩しとったらええ。中庭の噴水は見ものやで」
 噴水、ねぇ。正直、見飽きてるんだけどな。
「一時間毎に、裸婦の彫刻像が中央からせり上がって来るんや。それがまたリアルで……」
 よし。行こうか。
 すぐさま回れ右をして、部屋を出て行く。
『英雄、色を好む。ですね』
『結構好きだぜ。そういうの』
「階段を二階分下りて、西に行った所やからなぁ」
「おうよっ!!」
 そして俺は駆け出した。

―――――――

 階段を駆け下り、廊下を突っ走る。
「あれ? どこ行くの……って速っ!!」
 レナとすれ違う。しかし、そんな事は目に入らない。俺が目指すのはリアルな裸婦のみ!!
 待っている。彫刻像が俺を待ってるぜぇ!!
『張り切りすぎですよ』
 張り切ってどこが悪い。
『いいぜぇ、その行動力は』
 あたぼうよっ!!
 そんな感じで中庭に躍り出る。緑が生い茂る場所。その中心に、噴水はあった。高く高く、天に届けとばかりに水を噴射する石の水鉄砲。重力に逆らえずに舞い落ちる水滴は、日光を反射して七色に輝く。
 それは、とても幻想的で、現実離れした景色。
 それを見た瞬間、俺の頭の中から裸婦の事が吹き飛んだ。
 あまりにも、綺麗だったから。あまりにも、心奪われたから。
 中庭の入り口で、ボケ〜っとそれを見上げる俺。言葉は無かった。ただ、美しかった。
「……」
 小さく、微かに。声が聞える。水音に乗せるように流れる旋律。何を言っているのかは分からないが、それは歌だった。
 視線を向ける。噴水の正面。瞳を閉じて、静かに歌う少女。
 甲冑に飛び散る水滴は、その美しさを際立たせていた。
『ほう、これは』
『いいねぇ』
 緩衝白夜も、黙って歌に聞き入る。
 水辺の妖精。今の少女を喩えるなら、その言葉が一番しっくりとくる。
 やがて、歌が終わった。
「す、すげぇな」
 思わず拍手する。その音に、初めて俺に気がついたのか。少女は驚いた顔で俺を見て、一瞬で無表情になった。
「……」
 無言で立ち去ろうとする少女。俺は、その前に立ち塞がる。
「……何だ」
 無機質な声。まるで、少女の柔らかさを捨てたかのような機械的な声。
「いや、まだ名前を聞いてなかったなって」
「お前程度に名乗る名前なんか無い」
 素っ気なく言って、横を通り過ぎようとする。
 その態度に、ちょっとカチンと来た。
「な、ちょっと待てよ!!」
 その腕を掴む。引き締まった筋肉。なのに硬さは全然無い。完璧な筋肉の付き方だった。そう思った瞬間。視界が反転する。
「えっ?」
 空が正面に映り、背中に衝撃が走る。
 一拍置いて、投げられたんだと知覚した。
「あまり鬱陶しいと、殺すぞ?」
 殺気だけの視線。
「は、ははは。惜しい」
「何がだ」
「笑えば、美人なのに」
 こんな状況でも出てくる軽口。これは、悪い癖だなぁ。
 右腕を掴んだまま、俺の腹を踏みつける少女。
「ぐっ……!」
 プレートグリーヴが腹にめり込む。鍛え上げた腹筋も、許容範囲を遥かに超えた重圧に軋みをあげる。
「もう一度だけ言う」
 冷たい声。
「あまり鬱陶しいと、殺す」
 初めて感情の入った声を聞いた気がする。
 何か、それが無性に嬉しくて。
「何を、笑っている?」
 ついつい笑ってしまった。
「いや、何でもない」
「ちっ」
 忌々しげに舌打ちをして去っていく少女。
『何をしているんですか』
 呆れた声を出す剣。
「よっと」
 起き上がり、砂埃を払う。それから、俺はあの少女の事を思いながら噴水を眺めていた。

―――――――

 そんなこんなで、五日後。
 連日のハードな戦闘訓練。何分、手加減してくれててもフィオと俺には天と地ほどの差があるわけで。
 ああ、あの合宿が天国に思える……。
「しっかし、信じられんぐらいの上達やなぁ。もうワイに七割の力を出させるなんて」
 七割、か。道理で、とんでもなく疲れるわけだ。一瞬でも気を抜いたら、見えなくなるんだもんなぁ。
「お疲れ様」
 休憩中。声と共に、タオルが視界を塞ぐ。
「うおっ」
 タオルを退けて、声の主を見る。そこには、レナがいた。
「見てたよ、訓練。途中からだけどね」
「で?」
 汗を拭きながら言う。
「あと一週間もすれば、アタシたちに追いつくんじゃない? とにかく、上達が半端じゃないから」
 まるでスポンジだねと笑うレナ。スポンジ、ねぇ。
「でもさ、一回も術式を使わなかったよね?」
「ああ、コウは術式が使えんのや」
 フィオが俺の言葉を奪い取る。
「正確には、使いたくても使えへんのやけどな」
「どういう事?」
「ケイオスさんが言ってたんだけどさ。何か、俺の使える術式は特殊な状況下で初めて使えるものらしいんだ。どんな術式なのかは教えてもらえなかったけど」
「へぇ〜」
 なるほどと納得するレナ。
「ほな、始めるか」
 ま、マジですか? あれだけやって、まだやるの? ほら、もうお昼だよ? ご飯だよ? 全員集合だよ? ぶっちゃけた話、身体がほとんど乳酸で満たされてるんだけど。
「い〜や、駄目や」
 た、助けて……。
「頑張れ〜」
 お、鬼共がっ!!
「ほら、やるで」
 急かすフィオ。俺は渋々ながらも立ち上がった。
「……何だ。まだいるのか」
 そんな俺に掛けられた、冷たい声。振り返らなくても分かる。こんな声を出すのは、世界広しと言えど一人しかいない。
 振り返った先には、やっぱりあの少女がいた。つーか、まだ名前を聞いてないんだよなぁ。
「何だとは失礼だな」
「屑は何をやっても屑だろ?」
 その、人を見下した言葉。垣間見えるプライド。自分が近衛騎士団インペリアル・ナイツであることに絶対の自信を持ち、他の人間を小馬鹿にしている。その考え方に、俺は少々カチンときた。きてしまった。
「じゃあ、その屑に負けたらどうする?」
 それは、明らか過ぎる挑発。しかも、かなりムカつく笑顔をプラスしての必殺コンボだ。
「……何だと?」
 そして、面白いぐらいに挑発に乗る少女。
「そうだなぁ。俺が勝ったら、名前を教えてもらおうかなぁ」
「お前が負けたら、ここから出て行け」
 細身の剣を抜き放ちながら、少女は言う。
 突きつけられたのは、黄金に輝く諸刃の剣。ここまで来たら、後には引けない。
『……マスター』
『ひょっとして、馬鹿?』
 うるせぇな。しょうがないだろ、ムカついたんだから。
 緩衝白夜を抜き、構える。
「コウ、止めとき」
「無理。向こうが許してくれそうに無い」
「ま、いいんじゃない? 力の差を噛み締めるのも訓練だよ」
 俺の肩を叩いて、邪魔にならない場所まで移動するレナ。
「しゃーないなぁ」
 諦めたように呟き、レナに続くフィオ。
 風が吹く。鳥が鳴く。それが、合図になった。
「手加減してやる」
 声は、真正面から。何でと思う暇も無く、腹部に衝撃が走る。
 派手に吹き飛ぶ俺。なっ、速すぎる!!
 宙で体勢を立て直し、着地。瞬間、突進してくる影。振り下ろされる黄金剣。右の剣で受け止める。突き抜ける衝撃。受け止めてもこれかよっ!!
 踏ん張り、カウンターに左の剣を叩き込む。が、それは簡単に止められた。
 吹きぬける風。幾重にも斬られる身体。成す術が無い。やっぱり、考えなしに喋ったら駄目だぁ。
 ふらつく身体。脇腹に回し蹴りが叩き込まれる。軋む肋骨。息が出来ない。
 次の瞬間には拳が見えて。綺麗なアッパーカットが、俺の顎に直撃した。
 脳が揺さぶられる。ぐらぐらする。視界が歪む。景色が黒くなる。それでも。
「何で、立っていられる?」
 それは、少女の漏らした驚きの声。俺は、不敵に笑った。
「まだ、名前を聞いてねぇ」
 掌底が鳩尾にのめり込む。呆気なく、壁まで吹き飛ぶ俺。
「コウ!!」
 フィオの声が聞える。でも、もう駄目だぁ。もう、限界。
『おやおや。私たちのマスターが、それでいいんですか?』
 声がする。
『まだ俺たちを使ってねぇのに、それは早すぎるぜ?』
 脳に直接響く。
 まだ、緩衝白夜を使ってない?
「……使ったじゃねぇか」
 そう。確かに、少女の斬撃を受け止めた。カウンターで切り込んだ。あれで、使ってない?
『私たちの名前は、緩衝白夜』
『だが、それは俺たちの総称だ』
 え?
 右の剣が言う。
『私の名前は、白夜。例え闇の中でも、白き軌跡で敵を刻む高速剣』
 左の剣が言う。
『俺の名前は、緩衝。例え大地を割る衝撃でも、そのほとんどを受け流す防御剣』
 両方の剣が、緩衝白夜が言う。
『攻撃と防御で分かれた剣』
『それが、俺たちだ』
 視線を向ける。少女は、黄金剣を構えたまま微動だにしない。それは、余裕なのか。
『俺は利き手で持った方がいいぜ。攻撃よりも、まず防御だ』
 言われるままに、左右の剣を入れ替える。
『マスターは、ただ振るだけでいい。力は、私が上乗せします』
 多分、いや絶対。そんなに長くは動けない。勝負は一撃。絶対に、名前を聞いてやる。
「行くぞっ!!」
 そして、俺は地を蹴った。
 同時に、地を蹴る少女。詰まる距離。攻撃の動作は向こうが先。しかし、
『それでいい。緩衝白夜は、後の先を取る剣だからな』
 横一文字に振るわれる黄金剣。それを、緩衝で受け止める。突き抜けた衝撃は、剣を伝って分散する。それでも、若干の衝撃。だけど、それは俺が耐える分。
『さあ、振りなさい!!』
 上段から白夜を振り下ろす。
「なっ……!!」
 それは、神速の斬撃。白い軌跡が、一直線に走り抜ける。
 身体を捌いてその一撃を避ける少女。当たらなかった。つまり、俺の負け。
 集中して忘れていた痛みが、波になって押し寄せる。もう動けないと身体が悲鳴を上げる。足が、言う事を聞かない。正直、はち切れそうです。
 でも、やっぱり一矢報いたいよなぁ。
「はぁああああっ!!」
 余りの速度に、勢いを立て直すべく後退する少女。俺は全ての力を振り絞って、少女が間合いから外れる前に身体を左に回転させた。
 勢いを乗せて、白夜を斜め上に振り抜く。少女の手を離れ、飛んでいく黄金剣。少女は、しまったという顔で俺を見た。
 は、ははは。それだ、その顔が見たかった……。
『いつの間にか、目的が入れ替わってますよ』
 うるせぇよ、白夜……。
 視界がぼやける。身体中が軋みを上げている。ああ、結局、名前、聞けなかったなぁ……。
「……レイア・ヴェルダンテ」
「えっ?」
 崩れ落ちる瞬間、そんな声を聞いた。
 もう動かない身体。駆け寄ってくるフィオが見える。去っていく少女が、レイアが見える。
『なぁ、マスター』
 何だよ、緩衝。
『何で、あいつの名前にあそこまで拘ってたんだ?』
 さぁ? 何でかな。ただ一つ言えることは……。
『言えることは?』
 俺、あいつに一目惚れしたかもしれない……。
『……』
『……』
 な、何だよ、二人揃って黙るなよ!!
『まぁ、たで食う虫も好き好きって事でしょう』
『マスター。さすがだぜ』
 相棒たちの言葉は、褒め言葉として受け取っておこう。
 微かに、レナが術式を編む声が聞える。身体から抜けていく疲労と痛み。ああ、これがあれか。よくゲームで出てくる回復呪文か。キュアとか、ホイミとか、ケアルとか言った類の。
 しっかし、これはあれだぞ。明日は絶対に筋肉痛だぞ。動けないぞ。任務は二日後だぞ。
『大丈夫ですよ。多分』
『筋肉痛にはならねぇさ。多分』
 頼りにならない声を聞きながら、俺は満足感と共に瞳を閉じた。昼飯とか、もういいや。レイアの名前を聞けた。それだけで、お腹一杯だから……。
「はい、起きた起きた」
 綺麗に締め括ろうとした所を、フィオに引き起こされる。
「ほんなら、これから昼の休憩に入るで」
「きゅ、休憩?」
「せや。二時間後、ここに集合。どうもコウは極限状態で一番伸びるタイプやから、昼からはレナも一緒に訓練や」
「手加減はしないよ?」
 怖い。レナの笑顔が怖い。
あと、フィオの考え方も怖い。
ついでに言うと、こんなに動いた後の昼飯も怖い。
正直、食べても吐くかもしれないな。
『ご愁傷様です』
『ま、頑張れ』
 こうして、地獄の特訓はさらに内容を濃くして続けられたのであった……。

―――――――

次回予告
アーティファクト。それは、魂を持たない魔力の人形。
全てを破壊する力を以って、最凶は王都に進撃する。
帝国が放つ力。敗北を重ねる聖騎士団。絶望が王都を包む中、僕は過去を垣間見る。
次回
遠い約束・第四章
「聖天使」
――ここに、最凶最悪が降臨する――




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