第三章〜“真眼”(中編)〜
-遠い約束〜白銀の生誕祭〜-

 結局、全身火傷や肋骨の骨折が完治するのに、一週間が掛かってしまった。そして、それから三週間。ヴァイス指導の下みっちりと戦闘訓練を重ねて。何とか、人並みに動けるようになってきた。
「お前、上達が早すぎる事ないか?」
 ヴァイスにそう言わせるぐらい、僕の飲み込みは早かったらしい。
 そんな感じで今日も訓練は休憩に入る。
「よっし、じゃあ昼飯だ」
「つ、疲れたぁ」
 木剣を投げ出し、石造りの地面に寝転ぶ。燦々と降り注ぐ日の光が、程よい疲労を癒してくれる。
 ヴァイスは、汗を拭きながら木の棒を定位置に片付けていた。
 強くなる。そう自分に誓ってから、二週間。アレックスにはまだ届かないけれど。それでも、強くなってる。感じるんだ、力を。
 起き上がり、剣を片付ける。
「じゃあ、行くか」
 言って歩き出すヴァイス。僕も、その後についていった。
 緑の庭を抜けて、食堂のある西に向かう。機会も機会なんで、僕はあの事を聞いてみることにした。あの時、ミリアが呟いた一言。今まで、ずっと引っかかっていた言葉。
「ねぇ、ヴァイス」
「ん〜?」
 全身の力を抜いた、そんな感じで歩いていたヴァイスが振り向く。
「真眼って、何?」
「真眼かぁ〜。そういや、お前何も知らないんだったよな」
 視線を戻して、歩みを再開するヴァイス。
「ま、まずは飯だ。話はそれからにしようぜ」
「そうだね」
 正直、僕のお腹も限界に来ているし。グルグル鳴りそうだし。
 そんな感じで、食堂に到着。西に位置する建造物、通称「聖騎士の館」の一階に位置するそれ。聖騎士団と聖十字セイント・クロスの団員全員を収納しても、まだ余裕のある広さ。戦いでささくれ立った心を癒してくれる、憩いの場だ。
 ちなみに、二階は作戦会議室とか策士の執務室。三階は聖騎士団の部屋。四階は策士の自室と聖十字セイント・クロスの部屋となっている。
 さて、何を食べようかな……。
「あれ? クレア総隊長じゃないっすか」
 ヴァイスが、若干驚きの混ざった声を上げる。総隊長。聖騎士団一番隊、チーム・アインスの隊長で、聖騎士団全隊を統括する事実上最強の聖騎士。その名も、クレア・アーシェリー。話は聞いていたけど、実際に見るのは初めてだ。
「ん? ああ、ヴァイスか。こんにちは」
 柔らかな笑みを浮かべて、挨拶するクレア。背中まで伸びた薄紅の髪の毛。黒を基調として金で装飾されたロングコートは、威厳と気品を感じさせる。大人の女性だ。
「あれ? 君は確か……」
 僕を見て、クレアは目を丸くする。
「ユウ、だったかな?」
「ええ、そうですよ」
「なるほど。確かに、雰囲気は似ているなぁ」
 何かに納得して、右手を差し出してくる。
「初めまして。クレア・アーシェリーです。よろしくね」
「あっ、こちらこそ」
 差し出された手を握る。黒い手袋に包まれた手は、思った以上に柔らかかった。
「それじゃあ、ボクはもう行くよ。……激しい訓練はほどほどにね」
「えっ!?」
 微笑を浮かべて、歩き去っていくクレア。何か、凛々しい後姿だった。……それにしても、何で僕がしている訓練の事を知ってるんだろ。
「いつ見てもカッコいいよなぁ。なんつーか、こう、理想って言うの? それが形になった人だよなぁ」
「優しそうだったしね」
「キレたら半端なく怖いけどな」
 それを思い出したのか、ブルブルと震えるヴァイス。そ、そんなに怖いの?
「ああ、怖いぜぇ。S級モンスターも漏らすほどにな」
 そ、そうなんだ……。
「しっかし、一番隊の任務はもう終わったのかぁ。いつになるのかね、俺たちチーム・アハツェンに任務が言い渡されるのは」
「気長に待っていれば来るんじゃない?」
「はぁ、お前は気楽だなぁ」
 呆れたように肩を竦めるヴァイス。僕はその姿に懐かしさを感じて、思わず笑った。
「ま、どっしりと構えていようよ。チーム・アハツェンの隊長」
「そう、それ。何で俺が隊長なのかねぇ……」
 そんなことを言いながら、食堂に入っていく。さて、何を食べようかな。

―――――――

 食堂には、先客がいた。それは、あまり顔を合わせたくない奴。
「……アウル」
 相も変わらず、素顔を仮面で隠している。向こうも、こっちに気付いた。
「どうだ、調子は」
 正面に立ち、話しかけてくる。でも、答える気にはなれない。何か、気に食わない。生理的に受け付けないっていうやつだ。
「ふむ、無茶な事を続けているものだな。まぁ、それでも有り得ないほどの成長度合いだが」
「えっ……?」
 アウルも、知っている? 僕の修行の内容は、簡単に覗き見られてるんだろうか。
「見なくても分かるさ。その目つき、魔力を感じればな」
 言って、僕の肩に手を置くアウル。
「さすがは、対極の英雄だ。だが、もう少し強くならないと、真実には手が届かんぞ?」
 僕にしか聞えないように耳打ちして、去っていくアウル。
 ――もう少し強くならないと、真実には手が届かんぞ?――
 その言葉が、強く脳に残った。
「何かお前、今日は運がいいのな」
「ん?」
 見れば、ヴァイスが不満げな顔をしている。何? 何がそんなに不満?
「どうしたの、一体」
「だってよ、総隊長とは握手するし、アウルさんとは内緒話するし」
 アウルさん、ねぇ。
「そんなにすごい人なの? あいつって」
「そりゃお前、あの大戦争の生き証人だからなぁ」
 大戦争?
「ああ。1800年前、今の王国と帝国が何かを巡って戦争したんだ。両国とも、かなりの数の戦死者がでたらしい。そんな中、最も強い戦士たちを集めて当時の女王だったセリカ相談役が設立したのが聖騎士団。そして、その初代隊長が相談役の幼馴染みだったアウルさんだったんだ」
「1800年前って、じゃあ何で二人とも生きてるの?」
「最後の戦いの時に何かがあって、アウルさんは行方不明に。相談役は時間が止まってしまったらしい」
「時間が止まったって、不老不死って事?」
「ま、そういう事だな。不老不死って言っても、寿命が無いだけで心臓が壊れれば死ぬらしいけどな。そこら辺、あんまり話してくれないんだよ。二人とも」
「じゃあ、何で行方不明になったあいつがここにいるの?」
「五年前、王国にひょっこりと現れたんだ。女王を護る一振りの大剣、セイヴ・ザ・クィーンを手にした男が。顔を仮面で隠していたけど、相談役は一目で分かったみたいだな。それが、アウルさんだって」
「……何で、分かったんだろ」
「約束、してたらしい。何の約束かはしらないけど」
 やく、そく?
 世界が揺れる。まただ。また、眩暈が……。この世界に来てから、多くなった眩暈。理由は分からないけど、そんな時は決まって声が聞えるんだ。聞き覚えの無いはずの、懐かしい声が。
 ――約束して。絶対、■■■■――
 脳裏にこびりついて離れない。一体、何の……。
「おっと、噂をすればなんとやら、だ。って、ユウ? お前、大丈夫か?」
「あ、ああ……。俺は、大丈夫」
「……俺?」
「大丈夫だよ、僕は」
 やっと、眩暈が治まる。くっきりとした視界。映ったのは、見慣れない顔だった。
「大丈夫ですか?」
 鼓動が、大きく波打つ。長いローブを羽織った女性。セリカ・L・アリキシスが、そこにいた。
「相談役、どうしたんですか?」
 ヴァイスが尋ねる。
「ええ。ちょっと、クロウに用がありまして」
 策士に、何の用だろう。そんな事を思っている僕の顔を、じっと見詰めるセリカ。その視線は、とても真剣で。
「な、何ですか?」
「い、いえ。少し、怖い顔をしていたものですから……」
 言われて、顔を触る。別にそんなに怖い顔じゃないと思うんだけどなぁ。筋肉も固まってないし。
「それでは、失礼しますわ」
 一礼して、去っていくセリカ。その後姿は、とても1800年を生きた人間とは思えない。
「本当に、そんなに生きてるのかなぁ」
「最近じゃ、そういう声も聞くけどな。でも、あれは全てを見てきた目だぜ」
 そんなものかと納得して、僕は一歩を踏み出す。今の今まで忘れてたけど、僕たちってまだ食堂に入ってなかったんだよなぁ……。
「そういえばさ」
 あいつのあの言葉。
「対極の英雄って、何?」
「さぁ、知らね」
 返ってきた答えは、非常に淡白なものだった。

―――――――

「で、遅くなったけど」
 箸で野菜を突っつきながら、ヴァイスは口を開く。
「真眼の話だったよな」
「うん」
 魚を口に入れながら、僕は頷く。ここまで来るのに、かなりの回り道をしたものだ。
「そうだなぁ。真眼。分かりやすく言えば、人の本質を無理やり引き出す術だな」
「人の、本質?」
 潜在能力とかいうやつ?
「いんや、違う。人は、誰一人として同じものはいない。それは、何でだと思う?」
 まるで、哲学の授業みたいだ。高校じゃ哲学なんて学科は無かったけど。
「それはな、人はそれぞれ生まれた瞬間から、たった一つだけの力を持つからだ。力の種類は、十人十色。この世界に生きている、いや、全世界に生きている人間と同じだけの力がある」
 力、か。
「だが、その力は年を取るにつれて段々と分からなくなってくる。外界の刺激が強すぎるから、純粋な力はその刺激に耐え切れないんだ。で、十歳ぐらいで完全にその身を隠してしまう」
 ……へ、へぇ〜。
「で、真眼っていうのは隠れている純粋な力を無理やり引きずり出す手段なんだ」
「じゃ、じゃあ、質問」
「何だ」
「何で、真眼って言うの?」
「それはな……」
「本質を引き出した瞬間、網膜が真紅に輝くからよ」
 声は、後ろから。
「おう、ミリア」
 振り返れば、やれやれと首を振るミリアの姿があった。
「まったく、こんな所にいたのね」
「ミリアも昼?」
「ええ、そうよ」
 そう言えば、ミリアは今まで何をしていたんだろう。
「わ、私? 私は、そう、部屋で、ちょっと……」
 何故か別の口調で、言いよどむヴァイス。ミリアは、そんなヴァイスを睨み付けた。
「言ったら、私の真眼で殺すからね」
 それは、冗談じゃ済まされない殺気。何? 何をそんなにムキになってんの?
「いわねぇよ」
 苦笑を浮かべながら、殺気を受け流すヴァイス。
 一体、何だったんだろう。
「で、どこまで話したっけ……」
「真眼と呼ばれる所以までよ」
「ああ、そうか」
 忘れるなよな。
「で、今まで隠れていた純なやつだ。当然、有り得ないほどの力を持っている」
「じゃあ、自由に使えるようになれば無敵じゃないか」
「まぁまぁ、話は最後まで聞け」
 落ち着けとヴァイスが僕を制してくる。何か、ヴァイスにそれを言われたら、かなりムカつくな。
「有り得ないほどの力を持っているから、当然、身体に掛かる負荷も半端じゃない。使えるのは、一日に二回。一回の効果時間が五分。一回目と二回目の間隔は、最低三時間。そうじゃないと、使用者の命に関わる」
 何か、面倒な制約だなぁ。
 そんなことを考えながら、食事を続ける。あっ、この魚美味しい。
 この世界でも主食の白米をかきこみながら、野菜を避けて肉だけを咀嚼するという芸当を見せるヴァイス。う〜ん。すごいなぁ。
 ミリアはミリアで、ちまちまと麺を啜っていた。
 ん? 誰か、足りないような……。
「そう言えば、御影は?」
 ミリアに聞いてみる。
「さぁ? そう言えば、部屋で外を眺めていたような……。ってこら、ヴァイス!! ご飯粒を飛ばすなっ!!」
「ふぃふぃふぁふぁふぃふぁ〜」
「飲み込んでから喋りなさいよ!!」
 ああ、今日もいい天気だなぁ。
 そんな感じで過ごしていた昼下がり。
「ここにいたぁっ!!」
 どこかで聞いたことのある声がした。
「フィアじゃない。どうしたの?」
 振り返る先には、トライデントを持ったチーム・クワトロのランサーが。
「何か、アレックスが君に用があるんだってさ」
「僕に?」
 何だろう。アレックスからの指名。何か、嫌な予感がするなぁ……。
「演習場まで来いってさ。じゃ、いこー!!」
 言いながら、僕の手を引くフィア。
「ちょ、ちょっと待って!! 僕、まだ昼飯の途中……」
「じゃあな、ユウ。この魚は、ありがたく頂いておく」
「ずずずずずず〜っ」
 は、薄情者共がぁっ!!!!!!
 僕の意見なんか無視して、ズルズルと引き摺っていくフィア。凄いなぁ。こんなに細い腕のどこにそんな力があるんだろう。
 どんどんと遠ざかっていく食堂。ヴァイスとミリアに復讐を誓いながらも、成す術も無いまま僕は強制連行されていった。

―――――――

 で、演習場。今回は地下じゃなくて、ちゃんとした地上だ。
「ご苦労だったね、フィア」
 随分と偉そうに隊員の労をねぎらうアレックス。その手には、フラムベルジュが握られていた。斬られた箇所が爆発する、刃の無い炎剣。フラッシュバックする、あの熱。
「さて、俺が貴様を呼び出した訳が分かるか?」
 そんなの知らないよ。こっちは、昼食中に拉致されたんだ。
「先日の決闘。あれは、非常に不本意な結果に終わった」
 ああ、少しだけ覚えている。
「だが、あれは貴様が真眼を発動したからだ。俺は、負けてない」
 ヴァイス、確か言ってたな。負けを認めないって。
「だから、一騎打ちで決着を付けよう。俺が負ければ、貴様を認めてやる。もちろん、真眼の使用は無しだ。本来の力で、決着を付けるぞ」
 言って、フラムベルジュを構えるアレックス。フィアは、能天気な顔で「がんばれ〜」と手を振っていた。……絶対に巻き込まれない場所で。
 話が通じる相手じゃない。それに、今の自分のレベルを知りたい。この三週間。その成果を、今ここで。
 背負った刀を抜く。煌く銀。美しい曲線を見せながら、その切っ先はアレックスを向く。構えは、中段。基本にして最強の構え。
「じゃあ、行こうかぁ!!」
 石造りの地面を蹴り、間合いを詰めてくる。けど、見える。一ヶ月前とは比べ物にならないぐらいに発達した動体視力が、アレックスの動きを捉える。
 少し遅れて、僕も地を蹴る。刃を左後方に引き、右半身を正面にしての進撃。
 フラムベルジュが振り上げられる。あれには、当たったらいけない。当たれば、待つのは爆炎地獄だ。
 鍛えられた視力でも、霞んで見えるほどの一撃。神速で振り下ろされた炎剣は予想を遥かに上回り、僕の面を割らんと迫る。
「くっ!!」
 腕を引き上げ、フラムベルジュを受け止める。巻き起こるであろう爆発に構え、身を硬くする。が、
「何っ!?」
 爆発、しない?
「ちっ」
 剣線を外し、胴を薙ぐアレックス。身を硬くしていたせいで、動きが遅れた。
「がっ!」
 直撃。爆発する腹部。確かな熱を以って、フラムベルジュは僕を斬る。痛みを堪え、後ろに跳ぶ。今度は、爆発した。一体、どういうことだ?
 同時に地を蹴る僕とアレックス。打ち合う剣と刀。金属音が空に吸い込まれる。互いに、引かない。不思議と、爆音は轟かなかった。
「馬鹿なっ!! 貴様のその剣は、魔力を無効化できるのかっ!!」
 有り得ない。これは、兄さんが元の世界で渡してくれたもの。地球には、魔力って言う概念が存在しない。つまり、こんな効果を付加することは不可能なはずなのに。
 突き出される炎剣を受け流し、返す手首で袈裟懸けに斬る。が、浅い。一瞬で身を引いたアレックス。長刀の切っ先が、皮一枚を斬っただけだ。
「俺に、傷を付けたなぁっ!!」
 激昂するアレックス。そして、炎剣フラムベルジュを地面に突き刺した。あれが、来る!!
「我、想う、爆炎!!」
 爆発する眼前。それは、いつかの焼き増し。
 ――あの術には対抗手段は無いな。あえて言うなら、魔力そのものを消すぐらいか――
 蘇るヴァイスの言葉。魔力を、消す。
 ――馬鹿なっ!! 貴様のその剣は、魔力を無効化できるのかっ!!――
 本当に消せるのならっ!!
「っあ!!」
 爆炎を、切り裂いた。消失する魔力。呆然とするアレックス。
「ふざけるなぁぁぁっ!!」
 炎剣を引き抜き、激昂する。
 次の瞬間には、アレックスは眼前に。振るわれる炎剣。それは、視認出来ないほどの速度を以って僕を襲った。
 度重なる爆発。襲い来る衝撃。肌が焼ける臭いが、鼻を突く。
 斬られながら、思う。魔力を斬った所で、意味は無い。これが、アレックスの、聖騎士団2の本気。
 あれだけの地獄を見ても、まだ辿り着けない。
「くぅっ!!」
 段々と、相手の剣筋が霞んで見えてくる。見える剣は、弾く。少しでも、ダメージを抑えないと。
「ぐ……っ」
 でも、一回二回弾いたところで、結果は変わらない。勝てない。
 ――本当に?
 圧倒的過ぎる。
 ――でも。
 でも?
 ――僕はまだ、本気を出していない。
 瞬間、僕はフラムベルジュを弾き飛ばしていた。そう、まだ、本気を出していない。まだ、行けるじゃないか。
 本来ならば、最初に行うべき事。忘れていた。どんなに地獄を見たって、たった三週間じゃ何も埋まらない。何を、慢心していたんだろう。
 足りない分は、補えばいい!!
「我が纏うは誓いの翼。真理と対する一つの形。それは、力」
 魔力が循環する。たった一つだけ使える非常識。そう、僕の真価は、それを使った後にある。
「強化術式、ワンサイドウィング!!」
 そうして広がる光の翼。右翼しかない不完全な翼。
「これで……」
 今なら言える。否定なんか、させるもんか!
「互角!!」
 そして、地を蹴る。
 後ろに跳んでフラムベルジュを拾うアレックス。
「互角なものかっ!!」
 そうして、二振りの剣が重なった。
 一気に刀を振り下ろす。衝撃を逃がすことが出来ず、炎剣を弾くことで体勢を保つアレックス。返す手首で胴を薙ぐ。勢いに乗せた炎剣でそれを受け止める。
 互いに、均衡。
 瞬間、アレックスが視界から消えた。だが、
「見えてるよ!!」
 アレックスは、右。距離を開いて、一気に切り込むつもりだ。
 かなりの速度で突っ込んでくるアレックス。今までで、最速。なら、僕も最速で迎え撃つ。
 今なら分かる。僕が、一体何をしていたのか。あれは、三点同時打撃なんかじゃなかった。
 逆袈裟に舞い降りる燕。見えているのか。弾かれながらも受け止めるアレックス。燕が、地面に接近する。その直前。翼が、翻った。
 タイムラグが無い状態での、斬り返し。逆胴を薙ぎに行く燕。風を切り、それは少し下がったアレックスの胴を掠める。突き抜ける燕。そしてその翼は、もう一度翻った。
「なっ……!!」
 予想外の三撃目。燕は下から掬い上げるように、袈裟懸けに飛翔する。それは、舞い降りた空に帰るように。かつての剣豪、宮本武蔵を下すために生み出された秘剣。その名も、
「燕返しっ!!」
 完全にアレックスの手を離れるフラムベルジュ。僕は、彼の喉元に刀を突きつけた。
「……俺の、負けだ」
 悔しそうに、しかしどこか清々しそうにそう呟くアレックス。
「しかし、魔力を消失させる剣か」
 遥か彼方に突き刺さった愛剣を眺めながら、アレックスは言う。僕は、刀を納めた。
「貴様、まだ二つ名は無いんだったな」
「うん」
消滅者ヴァニッシャー
「え?」
「誇りに思え。俺が貴様をライバルだと認め、名付けてやった二つ名だ」
 傾く日の光。微笑を浮かべ、去っていくアレックス。僕は、その後姿をずっと見詰めていた。
消滅者ヴァニッシャー、か」
 プライドの塊が僕を認めて、ついでに僕の二つ名が決まった瞬間だった。




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