目が覚める。視界に入るのは、白い天井。聴覚が捉えるのは、獰猛な獣みたいな唸り声。僕は、視線をゆっくりと横に向けた。
ベッドの中で眉根を寄せ、苦しそうに唸るそいつ。
「うぅ〜……。ネギは、ネギだけはぁ〜……」
悪夢でも見ているんだろうか。しっかし、ネギが出てくる悪夢って、どんなんだろう。
軽く息を吐いて、上半身を起こす。格子状の窓から差し込んでくる日光。白を基調とした、清潔感溢れる部屋。
「ああ……、そっか」
ここは、日本じゃないんだった。
アリキシス王国、聖騎士団八番隊、チーム・アハツェン、隊員部屋。それが、今僕がいる部屋。
「……起きたか」
顔でも洗ってきたのだろう。タオルを片手に部屋に入ってきた少年は、静かにそう言った。
半袖のカッターシャツに、制服のズボン。その腰には、大きな漆黒の布を巻いている。それも、ボロボロの。
僕と同じくして、この世界にやってきた漂流者。その第一号が、彼だった。
「あ〜っ。おはよう、悠〜」
そんな声と共に、飛び掛ってくる『それ』。今まで彼の肩に乗っていたのに。一体、いつ移動したんだろう。
「おはよう」
僕も挨拶を返して、『それ』こと黒猫を撫ぜる。
気持ちよさそうに喉を鳴らし、丸くなる猫。
何で僕がこんなに非常識かつ非現実的な事にツッコミを入れないのかと言うと。それは、瓦礫の山を後にした昨日(正確には今日)に遡ることになる。
瓦礫の壁が続く。歩いても歩いても終わりは見えそうに無い。そんな無限の中、僕はミリアに聖騎士団について聞いていた。
「聖騎士団は、言わば王国の盾みたいなものね。王を守護し、民を守護し、国を守護する、選り抜かれた少数精鋭。聖騎士団に名を連ねるということは、その力が一騎当千に匹敵すると言っても過言じゃない。だから、国民の憧れなのよ、聖騎士っていうのは」
「少数精鋭って、数で攻められたらどうするの?」
「言ったでしょ? 聖騎士一人はそこら辺の雑魚千人と同じだって。そんな猛者が、一番隊から七番隊まで総勢二十八人いるのよ? 数で攻めてきたって、相手の全滅は必至でしょうね」
じゃあ、今目の前を歩いているこの少女も、そんな猛者なのか。
「私は、騎士見習いだけどね」
「見習い?」
「そう。四つあるクラスの一つ、アーチャークラスの見習い騎士」
人差し指を立て、得意気に説明を始めるミリア。
「剣士であるセイバー。槍術師であるランサー。鎌使いであるフリッカー。そして、弓兵であるアーチャー。この四つのクラスで、聖騎士団は構成されてるの」
「……」
返答ができない。剣士とか、弓兵とか。これじゃまるで、何かのゲームみたいじゃないか。
「そして今日は、聖騎士候補生が待ちに待った……」
言いながら、ミリアは背中に手を回す。展開する弓。流れるような動きで矢筒から矢を抜き、ミリアは不敵に笑った。
「セレクションの日」
引き金は、その言葉だったのか。
ミリアは素早く矢を番え、弦を引き絞る。放たれる三本の矢。それは鋭く宙を裂き、はるか前方へ。
金属音が響く。音源は、矢の飛んだ方向。すなわち、前方。
舌打ちをして、ミリアは次弾を装填する。しかしそれよりも速く、矢を落とした何かはまっすぐに距離を詰めてきた。
間合いが狭まる。アーチャーであるミリアにとっては、最も戦いにくい間合い。
しかし、それでもミリアは弦を引き絞った。
地面と平行に飛行する三本の矢。間合いを詰めてくるその人物は、舌打ちをして矢を弾き落とした。
「撃ってくるかよ、
予想外だったのだろう。わずかに失速するその人。その気を逃さず、手遅れになる前に次弾を装填。恐らく、これが最後の射。
突如として始まった戦闘に、僕はただ呆然としているだけだった。
「終わりよ、
最後の射。放たれた矢は標的を射貫かんと、大気を裂いて的に迫る。
速度を落とした分だけの距離。矢を射るギリギリの距離。互いに、何を思ったのか。
勝利を確信した三本の矢。敗北を告げるように下がった槍。次の瞬間には、それは逆転していた。
勝利を確信した矢は、しかし見えざる何かによって全て防がれていた。
「……なっ!」
何が起こったのか分からない。神槍使いは、ただ左手を前にかざしただけ。たったそれだけで、瞬速の矢は全て防がれていた。
「防護術式、展開」
不敵に笑う神槍使い。
「抜かったわ。まさかここで魔力を使うなんて」
「そんな状況を作ったてめぇが、何を言ってんだ」
もう間合いに入ったのか。進撃を止め、槍を構える神槍使い。
「聖騎士団加入セレクション、定員は四人」
必殺の力が、神槍使いの持つ槍から発せられる。
「わりぃが、ここでライバルは潰させてもらう」
ミリアの頬を伝うのは、冷や汗。その後ろでただ呆然としている僕は、溢れ出た殺気にあの時とは比にならない恐怖を覚えた。
「いくぜ、
ゆっくりと穂先が上がる。切っ先は、ミリアの眉間に。
「そう」
それだけ呟いたミリアは、弓を背中に収める。そして左右に三本ずつ、矢筒から計六本の矢を取り出した。
この段階で、矢を取り出して何になるのか。弓を構える暇も無ければ、番う暇も無い。そもそも、弓自体を片付けている。ならばなぜ、矢を抜くのか。
鋭く地を蹴り、前へ跳ぶ両者。槍使いである神槍使いが接近戦を挑むことは理解に容易いが、なぜアーチャーたるミリアまでもが前へ跳ぶのか。
突き出される槍を、ミリアは左手に握った三本の矢で弾く。僅かに槍の軌道が逸れる。交錯する黒と白。仕留めそこなった神槍使いは、振り返りざまに何を見たのか。
次の瞬間。疑問は、答えを以って解される。
交錯と同時に身体を反転させたミリアは、その両手から矢を放っていた。
振り返りざま、完全に虚を突かれた神槍使いに牙を剥く六本の矢。
腕で放ったがために、威力と速度は弓で放った時とは及ぶも無い。しかし、それで十分だった。
全ては、この時の為の伏線。弓を収めて諦めを演出し、矢を持ってしての特攻で苦し紛れの攻撃を演出した。完全に油断していた神槍使い。全ては、油断という名の大敵を呼び出すために。
しかし、さすがは神槍使いといったところか。
若干とは言え、体勢の崩れた状態から神速とも言える速度で槍を振るう。
横薙ぎに振るわれたそれは、狙い違わずに飛来する六本の矢を全て叩き落していた。
互いに、一歩も譲らない。これが、ミリアの言っていた聖騎士の力。
「……」
目で追えるか追えないかの速度で繰り返される攻撃。発せられている殺気は、全て本物。
――この人たちは、本気で殺しにかかっている。
声が出ない。声を出したら、あの矢が僕に飛んできそうで。
声が出ない。声を出したら、あの槍が僕を貫きそうで。
棒を握る手が震える。正気じゃない。今目の前で戦っているのは、人間じゃない。
「……いや、人間だ。あいつ等も、お前と同じ、な」
後ろから、静かな声がした。少年とも少女ともつかない、中性的な声。
「ただ、育った環境が違うだけだよ〜」
後ろから、楽しげな声がした。少女を連想させる、少しキーの高い声。
咄嗟に、棒を構えながら振り向く。
そこには、瓦礫に背を預けて僕を見る四つの目があった。
半袖の白いカッターシャツ。藍色の学生ズボン。漆黒の、ボロボロの布を腰に巻いている。そして、その肩には楽しそうに目を細めている黒猫。
「……そう構えるな。別にどうこうするつもりは無い」
「そうそう。そんなつもりはな〜い」
猫が、喋っている。何故? どうして? 渦を巻く疑問。少年は瓦礫から身を離し、こっちに歩み寄ってくる。
「……こんな事で驚いていたら、あとあと身が持たないぞ。ここじゃ常識は通用しないと思え、高校生」
「なんたって、ここは地球じゃないからね〜」
そうか。やっぱり、ここは地球じゃないのか。じゃあ、ここは一体どこなんだろう。っていうか、その前に……。
「どうして、知ってるの?」
少年は、僕の事を高校生って言った。それに、ここは地球じゃないって。
状況に着いて行けず、上手く情報を整理できない。それでも、脳は断片断片を解析し始める。
つまり、この少年も。
「……漂流者。そう言うらしいな、ここでは」
「ちなみに、来たのは一年前。それまでの事は、秘密だよ〜」
それじゃあ、この少年がミリアの言っていた漂流者第一号?
「じゃあ、君も日本から来たの?」
「……若干違うが、まあそれで間違いはない」
「端的に言えばその通りだしね〜」
はっきりとしない答え。でも僕は、それ以上踏み込んじゃいけない何かを感じた。
だから、頷くことしかできなかったんだ。今はまだ、彼の過去を知らなかったから。
「……あれは……」
不意に視線を彼方に飛ばして、少年は呟く。僕も釣られて、視線を動かした。視界に映るのは、眩いばかりの光。月明かりの薄暗い夜空を照らす、光球。数は三つ。
「リタイアだね〜」
「……しかも、三人同時にな」
三人同時リタイア。三つ巴戦でも繰り広げていたんだろうか。
「……これで、決まったな」
表情を変えずに呟く少年。恐らく、多分だけど。これで、四人が決まったんだろう。少年と、神槍使いと、ミリアと、あと一人。
「でも、三人同時リタイアだったら枠が余るね〜」
「……仕方ないだろう。これで決まったんだ。チーム・アハツェンは三人構成だってな」
気付けば、戦闘音が止まっている。振り向けば、そこには武器を収めたミリアと神槍使いが。
終わったことに安堵の表情を浮かべるミリア。
対照的に、何か物足りなさを感じている神槍使い。
「これで、終わりね」
「結局、決着はつかなかったじゃねぇか」
「……そう言うな、ヴァイス」
槍を収めて、溜め息を吐く神槍使い。その視線は、ややあって僕に向けられた。
「……誰?」
最もな疑問。そりゃあ、誰だって不思議に思うだろう。知っている人の中に混ざって知らない人がいるんだから。
「漂流者よ。二人目のね」
その疑問に、ミリアが答える。
「あ〜、あ〜。なるほどね。だからリョウと似たような格好してんのか」
納得してもらえたようだった。
神槍使いは人懐っこい笑みを浮かべて、僕に手を差し出してくる。
「俺は、ヴァイス。ヴァイス・グローリー。お前は?」
「僕は、悠。佐々木悠」
差し出された手を掴む。
「そっか。よろしくな、ユウ」
その手を、ブンブンと振るヴァイス。何か、誰かを彷彿とさせる人だなぁ。その誰かっていうのが、思い出せないんだけども。
手を離し、ヴァイスは空を見上げる。
浮かんでいた光球は消え、夜空は薄暗く広がっている。
「……そろそろだな」
そういえばまだ本人から名前を聞いていない少年が、呟く。
瞬間、向こう側から二つの人影が見えてきた。一つは、女性のもの。一つは、男性のもの。
やがてその人影は近くまで来ると、僕たちを眺めて頷いた。
「おめでとうございます。貴方たち三人が、今日から
長いローブを羽織った女性。年齢を感じさせない顔立ちに、落ち着いた雰囲気。二十代中盤だろうか。
「よくやったな。
黒を基調とした鎧に身を包んだ男性。顔半分は仮面で隠されている。
「王国相談役、セリカ・L・アリキシス。セイント・クロス団長、アウル・アントラスの両名において……」
アウル・アントラス? 誰が? この男が?
――違う。
脳の中で、何かが疼く。違うと、この男は違うと疼く。
「……違う」
呟き。しかしそれは、轟音に掻き消された。
瓦礫の中で冬眠でもしていたのだろうか。巨大な、カニともエビとも区別のつかない甲殻類が、瓦礫を突き破って姿を現した。
いささか急な展開。しかし、現実はこういうものだ。これは、ゲームじゃない。こっちの状態がどうだろうと、話の途中だろうと、襲ってくるときには襲ってくるんだから。
「S級モンスターか。まさか、ここに巣を張っていたとはな」
背中の大剣に手を伸ばしながら、アウルは呟く。
「下がっていろ、チーム・アハツェン。これは、お前たちの手に負えるものじゃない」
「アウル」
心配そうな声を出すセリカ。
「心配するな」
安心させるように微笑むアウル。その光景に、どうしようもない苛立ちを覚えて。
――おおきくなったら、ぼくがおねーちゃんをまもるんだ――
鼓動が、大きく波打った。
地を蹴る。加速する身体。前へ、前へ。ヴァイスを押しのけ、駆ける。
「お、おいっ、ユウ!!」
声は、はるか後ろ。
「我が纏うは誓いの翼」
口が、勝手に動く。
「真理と対する一つの形」
アウルを追い越して、僕は棒を抜く。
チンッという軽い音と共に、抜かれる刃。展開する鞘。僕はその鞘を地面に投げ捨て、瓦礫の上に跳んだ。
「それは、力」
全身に力が溜まっていく。
「強化術式、ワンサイド・ウィング。発動」
そうして、広がる片翼。神経を走る信号が活性化する。視界がクリアになる。身体が、力を纏う。
視界に隅に殺気が映る。僕は、跳んだ。
一瞬前まで僕がいた地点を、甲殻類の爪がなぎ払う。時間差で、僕の跳んだ地点に振るわれるもう片方の爪。身体に似合わないほどの高速で振るわれるそれを、僕は手に持った刀で受ける。
――佐々木の剣は、流す剣。
よく、父さんが言っていたことだ。
直線の力を、刃を角度を調節して受け流す。流され、あらぬ方向へと落ちる爪。僕はその殻を蹴って、甲殻類の眼前まで跳んだ。
柄を両手で持ち、一閃。硬い甲殻をまるで紙のように切り裂き、中の肉を断絶させる。
でも、まだだ。まだ、致命傷じゃない。
「はあああっ!!」
刀身が、青白い光に包まれる。ならば……!!
着地と同時に駆ける。瓦礫の倒壊によって崩れた道。しかし、そんな事は関係ない。
一気に、腹の下まで駆ける。甲殻類は、大抵は腹の甲殻が薄い。影で、一切の光が遮断される。でも、大丈夫。おおよその距離は掴んでいる。
近くの瓦礫に足を掛け、跳躍する。瓦礫から瓦礫へ。目指すは甲殻類の腹。
「燕……」
地面と水平に跳ぶ身体。体勢は気にするな。今は、この一撃に全てを。
「返し!!!」
全身の筋肉をフルに使って、空中で回転する。
三点同時斬撃。青白い光が、刃となって甲殻類の腹を突き破る。
崩れ落ちる甲殻類。着地と同時に、影の下から跳び出る。淡く光りながら、消滅していく甲殻類。
その光に包まれながら。僕の身体には、激痛が迸っていた。
「が……っ」
全身の筋肉という筋肉が悲鳴を上げる。身体が警報を鳴らす。これ以上は危険だと。これは、人の領域を超えていると。
霧散する片翼。刀を握る手に力が込めれない。
音を立てて断絶していく筋肉。あらゆる箇所から血が滲み、そうでなくとも内出血で肌は青黒い。
それもそうかと、僕は思った。
あの動きは、人間業じゃなかった。いくら運動に慣れてるとはいえ、あの運動量はそれをはるかに上回る。軽かった身体は鋼のように重く、活性化していた神経は活動をほぼ停止している。
――身分不相応の力を振るうと、必ずそのツケが回ってくる。
そう、誰かに聞いていた気がして。言っていたのは兄さんだと思い出して。これが、そのツケなんだろうと思った。
目の前に、その地面に何かが突き刺さる。それは、アウルとかいう男が持っていた大剣。かすかに巻き起こった砂塵が、頬をなでる。
「貴様、何者だ?」
静かに。アウルは、そう聞いてくる。
「そういう貴方は、誰なんですか」
息も絶え絶えに、そう呟く。
「聞いてなかったか? 俺は、アウル。アウル・アント……」
「違うっ!!」
何が違うのか。それは分からないけれど。この人がアウルだっていうのは、違うと思った。
「そうか」
ため息を吐き、男は剣を地面から引き抜く。
「なんにせよ、なかなかの腕前だ」
振り向きざまにそう呟いて。アウルは歩み去っていく。
必死で掴んでいた意識はするりと手の平をすり抜けて。首に、違和感を感じた瞬間だった。振り向くことも出来ず、崩れ落ちる。地面に横たわる際の衝撃は全身を貫いて。
「治療してやってくれ。鍛えれば、もしかするかもしれない」
視界がぼやける。前にいたはずのアウルの声は、何故か後ろから。
駆け寄ってくるブーツは、ミリアのものだろうか。
「何が真実か。全てを知るがいいさ、チーム・アハツェンのセイバー」
そうして、僕の意識は消えていった。
目を覚ますと、そこは異様な空間だった。
見上げる空は無く、かと言って天井も無く。あるのは、覆い被さるようにして僕を覗き込む二人と一匹の顔。顔。顔。
反応が出来ない。頭が混乱している。
「……退いてやったらどうだ」
遠くから声が聞える。
「そうね。ほらヴァイス、さっさと退きなさいよ」
「てめぇが人のこと言えんのかよっ!」
ミリアがヴァイスの首根っこを掴み、その身体を引きずるようにして移動する。
「……お前もだ、ガブ」
「う〜」
不満げな声を残して、ベッドの上から喋る黒猫が飛び降りる。入れ違いにして、その飼い主である少年が近くまで来た。
「……無茶をする奴だな。S級モンスターを強化術式だけで倒すとは」
「えっと……」
そんなことを言われても、いまいち実感が湧かない。あの時の僕は僕が僕じゃないような、そんな感覚が身体を支配していて。
「……そういえば、自己紹介がまだだったな」
「うん。そうだね〜」
いつの間にか、黒猫は少年の肩に飛び乗っている。
「……今日からは同じチームだ。名前を知らないと不便だろう?」
「同じ、チーム?」
「……そうだ。ここは、今日、正確には昨日結成された聖騎士団八番隊、通称チーム・アハツェンの部屋だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
驚き。身体が反射的に起き上がろうとし、痛みで結局寝転ぶ。
「……どうやってこの世界に来たのかは知らない。が、来てしまったものは仕方が無い。詳しくは明日、正確には今日にでも説明があるだろう。これは、仕方の無いことだ」
「仕方が無いって……」
「……受け入れろ。時を待て。もしかすれば、元の世界に、日本に帰れるかもしれない。その時までの辛抱だと思えばいい」
諭すように少年は言葉を紡ぐ。顔は相変わらずの無表情だったけど。
でも、僕はその顔に、その言葉に信頼感を覚えていた。この少年の言うことは、信用できるって、そう思った。
「……分かった」
「……それはなによりだ」
軽く目を閉じ、頷く少年。
「……それじゃあ、遅くはなったが自己紹介をしようか。俺は、御影。御影涼。一年前にここに来た、元日本人だ」
「僕は、悠。佐々木悠。ちょっと前にここに来た、日本人だよ」
そうか、と呟く御影。その頬を、猫が小突いた。
「ねぇねぇ。ボクの紹介は〜?」
「……こいつは、ガブリエル。喋る」
「うっわ、簡潔だね〜」
御影の肩から飛び降りたガブリエルは、僕の頭の横に着地する。
「よろしくね、ユウ。ボクのことは、ガブでいいよ〜」
「そっか。よろしくね、ガブ」
まだ満足に動かない右手を使って、ガブの頭を撫でる。気持ちよさそうに喉を鳴らすガブ。
「自己紹介は終わったようね」
「だな」
笑みを浮かべて歩み寄ってくるミリアとヴァイス。
「一応、回復術式をかけておいたから。寝て起きたら、身体は回復してると思うわ」
気になったんだけど、さっきから台詞の端々に出てくる術式ってなんだろう。
「心配すんな。説明はしてやっから」
人懐っこい笑みを浮かべて、ヴァイスはそう言う。
「ま、なんにせよ俺たちはチームになったんだ。改めてよろしくな」
戦い方も経験もない僕をチームメイトだと言い、屈託の無い笑顔を見せてくるこの人たち。この世界の人たちは、結構おおらかなんだろうか。
それとも、もう仕方の無いことだから開き直っているんだろうか。
そんな事を考えているうちに段々と瞼が重くなっていって。気がつくと、僕の意識は完全に眠りの中に入っていた……。
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