彼女は、ずっと待っていた。この時が終わる、その時を。
誰かが、外殻の制御装置を破壊したのだろう。彼女を覆っていた鋼の甲殻が崩れ落ちてゆく。壁には無数の罅が入り、耐え切れなくなった瞬間に崩壊する。
彼女は、ずっと待っていた。
外殻が無くなろうと、彼女の永遠は無くならない。彼女自体を破壊しない限り、彼女に安息の時は無いのだから。
こうなってから、もうどれだけの時が過ぎたのだろうか。曖昧な時間の感覚。いや、もう既にそんなものは無いのかもしれない。
彼女に残されているのは、外からの情報を得るための聴覚と、それを整理するための脳だけ。他の全てを奪われた彼女は、もはやただのモノ。人間として扱われていた時があった、ただそれだけのモノ。皇帝によっていいように作り変えられた、機械。
それでも、残された脳で思考する。希薄になっていく記憶の中、彼女は彼を思い出していた。最後まで、最後の最後まで彼女がこうなる事に抗っていた彼。いつも、第一に彼女の事を考えていて。彼の事は二の次で。
ただの、ただの幼なじみという言葉では括れない、大切な存在。
彼は、どうなったのだろう。今となっては、分からない。でも、生きているのなら。
――悲しまないで――
そう、思った。そう、願った。
既にこの身はただのモノ。動く事すら出来ず、ただ崩壊を聴覚から与えられる情報のみで認識している。
外殻を保つものを破壊した者は、恐らくここに来るだろう。この、下らない戦争の元凶を、葬り去るために。
外殻を破壊しただけでは、彼女は止まらない。甲羅は、あくまで時間を稼ぐためだけのもの。甲羅を壊したところで、本体は傷付かない。
その先にあるのは、事象崩壊という名の世界の終り。そして、神と成り下がった皇帝が支配する新世界。
彼らは、聖騎士団はそれを許しはしないだろう。
あの甘い女王が統治する国の、『聖』を冠する騎士たちなのだ。
――余に刃を向けるか――
目の前で、皇帝が忌々しげに舌を打つ。皇帝がこの場にいる限り、彼女は永遠。
しかし、それでも彼女に出来る事は無い。
――・・・・・・――
今、この空間にいるのは二人。皇帝と、誰か。誰かは無言で、皇帝と対峙しているらしかった。
――まだ、諦めきれぬか。もう、人ではないというのに――
皇帝が、剣を抜く。誰かも、剣を抜く。そこで初めて、彼女は誰かの声を聞いた。
――俺は、あいつに地獄を歩かせたくない。それだけだ――
彼女は、愕然とした。誰かとは、即ち彼だったから。
崩壊に混ざる、剣戟の音。肉が裂け、骨が折れる音。皇帝と彼は、ほぼ互角だった。元々、彼は剣術の達人だったのだ。そのセンスは、圧倒的な力で皇帝となった現皇帝と同格。
――下郎がっ! 余が神と知って刃を向けるか!――
――あんたは神じゃないっ! その下らない幻想、俺が終りにしてやる!――
幾度もの剣戟。やがて、それはゾブリという音と共に終りを迎えた。
――余は・・・・・・神・・・・・・――
恐らく、胸部を貫かれたのだろう。ヒュウヒュウという空気音を洩らしながら、皇帝は倒れる。
――ぐっ・・・・・・! がはっ・・・・・・はぁ・・・・・・っ!――
彼は、苦しげな息を吐く。心拍音、脈拍、呼吸音。確実に、腹部を負傷している。それは、致命傷。
それでも彼は、足を引き摺りながら彼女の元へ歩いた。
――おおおおおぉぉぉぉっ!――
歪んでいた扉が破られ、神速ともいえる速度で誰かが走ってくる。身を切り裂くような殺気。
――・・・・・・心配するな。俺は、いつでも一緒だから――
声がする。殺気は瞬く間に接近して。その鋭い刃を、彼女に突き刺した。
永遠が、終わる。ずっと待ち望んでいた事。力の濁流は彼女を押し流し、暴走する。
白く染まる世界。その中で、彼女は愛しい人の顔を見た。
――うん。ずっと、一緒だよ・・・・・・――
そうして、永遠が終わる。
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