第七章 弾幕の魔術師
〜雪の少女の記憶〜

「わー、お姉ちゃんたち、つっよーい!!」
「「ん?」」
 僕達は声がした方へと向いた。
 そこには十歳前後、小学生らしき少女が立っていた。
 何故、こんなところに女の子が?
 と、僕は目を疑った。
 その少女は瞳をキラキラと輝かせながら、こう言った。
「百々もお姉ちゃんたちの強さにかんしーん。お姉ちゃんたちって、もしかして、もしかすると桜ヶ丘学園のひとー?」
 少女が言った桜ヶ丘学園という言葉に耳を疑う。
 もしかしてこの子も学園の生徒なんだろうか?
 だけど……。
 お姉ちゃんたちという事は、この少女には僕にまで“お姉ちゃん”と認識しているみたいだ。
 ま、女の子扱いには慣れたけど……。
 だけど、男としてのプライドが〜……。
「そうだよ。私の名前は朝霧雪菜。キミの名前は?」
 ユキが優しく少女に聞いた。
 きっとこの少女は小さくて可愛らしいので、ユキ好みのタイプなんだろう。
「百々の名前は百々って言うんだよー。んーと。さっき、シューティングスターを唱えたお姉ちゃんの名前はー?」
 やっぱりね……。
 僕はため息を付く。
 僕の隣でユキはクスクスと笑っていた。
「ふふっ……さっきシューティングスターを放ったのは、お姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんなんだよ? 名前は葉くんっていって、その隣に居るのが妹の双葉ちゃん、銃を持っているのが楓ちゃんです」
「ん〜? ええーー!! お姉ちゃんってお兄ちゃんだったんだー! 百々、びっくりしてお兄ちゃんのこと、もっとよく見てみるー」  百々はお〜と言いたそうな顔で僕の顔をじっと見つめている。
「でもってー、お兄ちゃんが出したシューティングスター、合計で五十一発も出てたー。お兄ちゃんってかなりの上級者ー? って百々、思ってみるー」
 僕含め四人は「えっ……」と声を漏らす。
 何故ならシューティングスターはかなりの高速で放っているため肉眼では全てが見えないはずだが……。この子は全て見えていた?
 そんなはずは……無いと思うけど。
「百々も、シューティングスター出せるよー。でもでも、百々は集中すると、合計で何発出るかわかんなーい。というわけで、お兄ちゃん見ててー♪ ……すぅ、聖光のシューティングスター!!」
 百々は手を広げて一気に詠唱を唱えた。
 大きな光の矢が森へと消えていく。
 すると、爆発したかのように森の奥で光が拡散した。
 その光の数、僕が放った時の三倍以上だ。
 それに一つ気になることが。
「嘘だろ……? シューティングスターが高速詠唱なんて……」
 在り得ない事だった。
 シューティングスターは上級魔法。
 それを高速詠唱することは出来ないのだ。
 もし、それを出来たとしても、魔力が高い人間が出来る技。
 この子にそんな力があるというのか?
「やっぱりこの子……。百々ちゃん、キミってどこの組織に所属してる?」
 何かを悟った双葉は、その事を百々に聞いてみた。
「んーと……。メリッサ。陰陽呪術組織メリッサかなー?」
 メリッサ。
 初めて聞く組織の名だ。
 メリッサの他にも、西洋魔術組織や魔獣討滅連盟などがあるが、両方も放って置いても別に関係ない組織だが……。この組織は……。
「あっ! そーだ、百々、ご主人様から命令があって、お姉ちゃんたちを倒して来いと言われてたんだー。百々、すっかり忘れてたー」
 百々は「てへっ♪」と笑いながら、空へと飛んだ。
 重力を簡単に操作するとは。
「兄さん、ここは私に任せてください。私一人で抑えてみますから♪ それに、小さな女の子に全員で攻撃するのも、卑怯と言うか、可愛そうですしね♪」
 双葉も百々に続き一緒に飛んだ。
 でも、双葉は自分の力に過信し過ぎている。
「百々ちゃんの強力な魔法も意味を無い事を教えてあげるよ」
「んー? 双葉お姉ちゃんは百々のPA知らないから、そんな事が言えるんだよー。ではでは、百々の華麗なるマジックショーをごらんあれー♪」
 百々は両手に力を込めている。
「百々の左手には流れ星ー♪」
 左手に黄色い光が輝き出す。
「百々の右手には熱い炎ー♪」
 右手には紅い光が輝き出した。
「これをくっ付けると、何になるかなー?」
 そして、両手をぽんっとくっ付けると、そこには紅く光る矢が出来ていた。
「炎の化身イフリート、月の女神ルナよ――炎と月の結束によりて――この秩序無き大地に――烈火の光、今此処に降り注げ――」
 双葉は百々の詠唱を止めに行こうとはしない。
 詠唱が終わるまで待っていた。
 それは簡単なゲームを遊ぶかのように。
「怒涛のシューティングボム!!」
 炎を纏った光の矢が双葉に向かって放たれた。
 双葉は予想外の事に驚いている。
 無理も無い。
 百々が放ったシューティングボムというのは初めて聞く魔法だった。
 シューティングスターとは違い、弾数が一つのみ、弾速も肉眼で見えるほどの速度だ。
「遅い魔術……。これが切り札なのかな? 百々ちゃん?」
「むっ? シューティングボムを馬鹿にしたらいけないと思うー。そして百々はカウント取りたいから取るー♪ 3、2、1――」
『ゼロ、どかーん♪』と百々が言い放つと、炎を纏った光が空全体に拡散し、双葉に向かって無数の光が襲い掛かる。
 しかし、双葉は避ける暇もなく直撃。そのまま辺りは爆発した。
 その力は予想以上で、爆風は地面に捕まっていないと、今にも吹き飛ばされる勢いだった。
 そして場が煙に包まれる。
「わ、わ、わ〜〜〜〜!! 双葉先輩が〜。……うぅ〜先輩……私を置いて先に逝かないで下さいよぉ〜〜」
 楓は泣きながら叫ぶ。
「楓ちゃん……縁起悪いことを言わないでよ……。それにこんな事で双葉ちゃんは死なないから。ね?」
 ユキは困った顔で楓を泣き止ます。
「だって、だって〜〜。惜しい人を失ってしまったんですよ〜〜?」
「……ふーちゃん、私を勝手に殺さないで下さい」
 煙の中から人影が現れる。
 双葉だ。
 その顔は笑っているようにも見えたが、呆れているように見えた。
「ふむふむ。百々ちゃん、出来るね。……あまり力は使いたくないけど」
 双葉は手を天に揚げMUを具現化した。
 そこには蒼く輝く大鎌。
 双葉の服装は黒尽くめ。
 ――蒼い死神。
 これが、双葉の別名だ。
「うにゃ!? 双葉お姉ちゃんが立ってる!? って、百々は驚いてみる。でも百々は、加減はちょっとしてたけどー。と、思い考えてみる? それにお姉ちゃん、大きな鎌持っているから危険ー。って、警戒してみるー」
 百々は今の現状に混乱したのか、独り言を大声で喋っている。
 双葉はうるさい子だな……。と思ったのだろうか。
 いつの間にか呆れながら頭を抱えていた。
「はぁ……。それと、百々ちゃん? キミのPAは合成か結合する能力なんでしょう?」
「ピンポンピンポン大正解ー♪ 百々のPAは魔術を合成したり、分離したり出来るのだー。えっへん」
 敵ながら見事。
 まるで自分の弱点を言い放っているようだ。
 ……あの子の性格が素直過ぎるからだな。
 双葉はこのことを予想していただろう。
 だから、あえて言ったのであろう。
「そう……。それじゃあ、私のPAも言いますね♪ 全ての攻撃を防ぐ結界、絶対結界展開能力。百々ちゃんの攻撃も全て無効化されます♪ えっへん♪」
『えっへん』
 ……まさか双葉まで言うとは思わなかった。
 ま、もともと子供っぽいからか……。
 それを聞いた百々は、驚いたあまり言葉を失っていた。
 そして、ようやく出した言葉、
「ということはー、百々の魔法全部効かないってことー? と、百々は聞いてみるー」
「そういう事。百々ちゃんの負けは確定済み♪」
 にこっと笑いVサイン。
「うー、だけど百々は強いんだぞー。恐いんだぞー。って、百々は脅かしてみたりしてー」
 百々は両腕をぶんぶん振り回しているが、ちっとも恐くない。
 小さな子供が駄々をこねているようにしか見えないのだ。
 それに、そんな口調では全く恐くない。
 双葉たちも、その身振りを見て笑っていた。
「クスッ……そんな身振りして……ほんと、可愛いらしいな」
「うー、百々は怒ったんだぞー。究極魔術でお姉ちゃんも一撃だー。って、百々は嘘をついて攻撃したりしてー」
 百々は両手を掲げ、詠唱を唱えだした。
 ……そんな事どうでも良いが、自分で言った事をすぐに嘘と暴露するだろうか?
 とても面白い子だ。
 いや、もしかしたら正直者だからかもしれない。
「百々の左手には聖なる光ー♪」
 左手に白い光が輝き出す。
「百々の右手には邪なる闇ー♪」
 右手に黒い光が輝き出す。
 光と闇の魔法。
 それは確か、禁忌の魔法じゃ……。
 僕と同じ事を考えているのか、双葉も様子を疑っている。
「月の女神ルナ、闇の王レリウーリアよ――光と闇の禁呪よりて――禁忌の力呼び醒まさん――この堕落なる力の剣――死を持って後悔せよ――」
 百々は両手を合わせる。
「堕天のダークエンジェル!!」
 白と黒が混ざり合う。
 圧倒的な威圧感。
 逃げようとしても、足が動かない。そのまま立ち竦んでしまう。
 目の前の巨大な白黒は恐怖と同じ。
 完全に白と黒が混ざり合い、それは力と化した。
 百々は白黒を、全てを破壊するレーザーとして放つ。
 その巨大な力を見て双葉は、にっ、と笑みを浮かべ結界も発動せずに鎌を構えた。
 そして大きく振り被る。
「アルティメットブレイク!!」
 双葉が斬ると、真っ二つにレーザーが割れた。
 そして、レーザーが粉々に散った。
 僕達は唖然とした。
 あの禁忌の魔術を一振りで消し去ったのだから。
 百々も、口が塞がらないまま、茫然として双葉を見ていた。
「ふぅ……。絶対結界の力を加えた鎌の威力は最強にして災凶か〜。ま、こんなもんですね」
「なに? 何が起こったのー? 百々は大混乱ー」
 百々は頭を抱えながら、宙をくるくる舞う。
「ん? 知りたい?」
 百々はこくこくと頷いた。
「しょうがないな。んーと、理屈は簡単。私のPAをこの鎌に付加させただけです。これでどんなものも破壊完了♪」
 にこっと双葉は笑う。
「それにこれはどんな物も破壊してしまう最強の矛と、どんな攻撃でも壊れない最強の盾。一見、矛盾のように見えますが、実は違うんです。もしその性質が一つしかなければ矛盾は発生しません。絶対が二つ重なり合うことなんてありませんから♪」
「意味が分からないね。絶対が二つ重なり合わなくても、矛盾は発生するだろう?」
 僕がそう言うと双葉は、むっ、と拗ねた。
「例えばですよ? 炎は燃えますよね」
「ああ」
「じゃあ、炎に紙や木材などの物を加えるとどうなりますか?」
「よく燃える」
「じゃあ、炎に水を被せるとどうなりますか?」
「消える」
「考えが甘いですね。私は炎って言いましたが、何も熱が低い炎とは言ってませんよ?」
「……何が言いたいんだ?」
「もし、炎が太陽の熱と一緒とします。その場合、水を被せるとどうなりますか?」
「水は残らず蒸発するだろうな。炎も残っている」
「そうです。炎は残っています。この場合、この炎を絶対に消滅させてしまう力としましょう」
「……うん」
「そして、この炎は消火しきれますか?」
「……きっと消火することは無理だろう。太陽の熱が相手じゃ、消火する前に融けて蒸発してしまう」
「そうです。この炎を矛と盾に換えれば結論は同じでしょう?」
「……絶対に消滅出来る炎じゃないのか? 炎を加えたら、炎のままだが」
「全然分かってないですね……。絶対に消滅出来る炎Aは、絶対に消火する炎Bを消滅しました。だけど、炎Aの内部に炎Bは現に燃えてます。要するに炎はどうなりましたか?」
「結合したに決まっているだろう」
「だから、さっきから私は結合の話をしてるんです。矛と盾が同じ絶対を持った材質であれば、その絶対は結合され、同じ絶対になるのです。つまり、簡潔に言うと、矛と盾が入れ替え自由」
「反則じゃないか?」
「反則じゃないですよ!」
 気が付くと、百々は頭を抱え、蹲っていた。
 多分、僕達のやり取りが理解不能だったらしい。
 ……実は僕も意味が分からないけど。
「つまり、双葉お姉ちゃんは最強にして最凶ー?」
「何か言い方に腹が立つ気がしますが……。ま、そういうことですね。さてと、お縄を頂戴♪」
 双葉はそう言うと、予め用意していた結界を発動する。
 その結界は百々の両手を縛り、そして塞いだ。
「うにゃ!? 手が動かないー」
 百々はじだばだするが、一向に結界は解けない。
 双葉が解くまで結界は壊れないだろう。
 そして双葉は百々の正面に移動し、百々を抱いた。
「百々ちゃん、ゲットー♪」
「にゃー……」
 ……なんだろう。このぐだぐだ感は?
 これって、本当に戦いの後? というぐらいのぐだぐだ感。
「これから百々ちゃんにはたくさん聞きたいことがあるので……拉致したいと思います〜♪」
「「さんせーい♪」」
 ユキと楓は喜びながら手を上げた。
 ただ、百々を可愛がりたいだけだと思うけど……。
「にゃあ……。百々は囚われの姫になっちゃうのー? とため息をついてみたり……はぁ」
 百々、相手が悪かった。ゴメンと言うしかない……。
 ただ気になるのは百々の所属する組織。陰陽呪術組織メリッサ。
 これから……何を聞かされるのだろうか?