序幕 夢のような夜
〜プロローグ〜

 この世界は魔術と科学が両方とも発達した世界。
 数十年前くらいまでは科学だけが進歩した世界だったが、ある出来事がきっかけで世界に魔術が誕生した。
 そして、魔術の誕生と共に生まれたのが魔獣の存在。
 その魔獣の話題で、一番多いのが肝試しの話。夜は本格的に魔獣が動き出すので、より現実的な肝試しになる。しかし、そういう肝試しは法で禁止されるようになった。死者が多数出てきてしまったからだ。

 そしてその夜。静かな山奥で爆音が響いた。その山奥では大変なことが起きていた。
 木々がなぎ倒され、焦げ臭い煙が立ち込めている。
 その煙の中に一つの人影があった。煙が立ちぬくとそこには、髪を乱して息が荒くしたブレザーの少女が立ち伏せていた。
 何が起きたのか分からない。だけど、爆発が起きたのは確か。こんな事になる位なら肝試しなんかやるんじゃなかったと、少女は後悔した。
それよりも、側に居たはずの友人がいない。辺りを見渡したが人影すら見えなかった。
「とにかく……逃げないと……」
 いつまでもここにいては危険すぎる。そう思い、立ち上がった。
 そして、ここまで来た道の方を見た。そこは並木道だったが、今は何も無かったかのように木々がなくなっていた。辺りを警戒し、安全を確かめ一気に走り出す。友人達のことも気になったが、この騒動でみんな逃げたのだろうと思った。
 足に何かが当たり、その拍子に少女は転んでしまった。すぐに立ち上がり、膝を抑えながら足に当たった『何か』を見た。
「え……? なによ……これ……?」
 髪の毛であるような物が、サッカーボールぐらいの大きさの物を覆っているように見えた。今まで慌てていたので気付かなかったのだが、今自分がいる道は血の匂いがしていることに気付いた。そしてその『何か』の正体が何であるか分かってしまった。だけどそんな事は考えたくはなかった。だけど、自分の手は『何か』を触れようとしている。抑えたくても手が勝手に動いてしまうのだ。恐る恐る髪の毛のような物を除けた。
「―――っ!?」
 それは紛れもなく予想していた友人の首だった。ここから早く逃げたいのだが、恐怖で足が震えてすぐには立ち上がれない。冷静を少し取り戻し、立ち上がった。
 そのときだ。後ろの方から獣の叫びが響いた。咄嗟に後ろを振り向き、そこに立っていたのは熊に鋭く長い爪が特化されたような魔獣だった。その鋭い爪の先には、人であっただろうという大きさの物体がぶら下がっていた。
 少女は驚くよりも先に走り逃げようとした。その少女の行動に魔獣は興奮したのか、大きな咆哮をあげた。
 その咆哮と共に辺りが爆発し、少女は爆風に吹っ飛ばされ地面へと転んでしまった。すぐに立ち上がろうとするが、膝に力が入らなく地面へと転んでしまう。
「いや……いやだ……まだ死にたくない……。……死にたくない!」
 立ち上がろうとして、足首と膝に痛みが走り転んでしまうが、それでも少女はふたたび立ち上がろうとする。
そして、足を引き摺りながら懸命に逃げた。それでも、魔獣の攻撃は止むことなく、少女の逃げ道を爆破した。
その爆発により、木々がなぎ倒され退路を防がれてしまった。
「あ……」
 逃げれない、と立ち止まると同時に少女の背中に激痛が走る。魔獣の長く鋭い爪が少女の背中を裂かれてしまったのだ。当然、少女の身体は衝撃でなぎ払われてしまい、地面に叩きつけられた。少女は頑張って起きようとするが、もう力が出ず立つことさえも出来なかった。
 死にたくない。死にたくない、と思いつつも何も出来ない自分が悔しかった。どうして、この肝試しを止めさせなかったのだろうかと。どうして自分は、命を賭けてまで肝試しをやってしまったのだろうと。今まで自分がやってきた事を悔やんでも、死は近づいて来ている事には代わりはなかった。
 魔獣がこっちに近づいて、その鋭い爪を振りかざそうとしていた。
『死ぬ』、と思った瞬間、
 ―――爆発した。

 目を開けた。
 周囲を見渡すと、今までいたはずの魔獣が存在していなかった。
「何が……起きたの……?」
 今聞こえるのは、風の音だけ。
 さっきまでの、魔獣の咆哮は一切聞こえなかった。
 そして一つの影を少女は見つけた。
 それは長髪とスカートをなびかせた女性の影。
 女性の顔をよく見ると、自分と同い年ではないかという顔立ち。そして女性の左手には大きな鎌のようなものを提げていた。
 昔、噂で聞いた話をふと脳裏によぎる、―――日本のどこかに魔術師を育てる学園がいくつか存在しているという事を。
「もう大丈夫です。魔獣は倒しましたよ」
 大鎌を提げた少女は笑顔を見せた。だけど、その大鎌の鋭い刃を見て思わず後ろに下がってしまった。
「双葉が大鎌を持っているから、その子、恐がってるじゃないか。馬鹿かお前は?」
 背後から声が聞こえた。振り向くと、そこには大鎌を提げた少女に瓜二つの人が立っていた。もしかしたら、双子なのかもしれない。
「兄さん? 後から来た割には、私によく侮辱できますね〜?」
 そして双葉は、その大鎌を一瞬にして目の前から消した。これでいいんでしょ、と呟きながら手を差し出してきた。
「立てますか? ……って、大怪我してるじゃないですか!? ちょっと待って下さいね。今、応急処置をしますから」
 双葉は少女の背中に何やら円を描き出した。そして、その円が描き終わると少女は背中に温かさを感じた。すると、痛みはなくなり、傷もすでに消えていた。
「―――よく頑張ったね」
 手が伸びてきて、頭を撫でられた。軟らかく温かい手先の感触がある。
 これは夢なのかな、とそのとき少女は思った。
 死にかけの所を自分と同じ位の女の子に助けられ、その上に傷も癒してもらい……―――奇跡?
 ふと、身体中の力が抜けた。
 いけない、そうは思うも、目の前の景色が遠くなるのが分かった。
 これが夢でもいい……ちゃんと言葉で……
『ありがとう』
 と、言いたかった。